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包囲


 翌日の朝も、四人は『鶏の歌亭』の玄関から出てきた。


「ハーミス、今日は人助けで時間を潰すのは許さないわよ!」


 昨日はトラブルと人助けで一日を浪費してしまったが、今日はそうはいかないと、クレアは意気込んでいた。


「分かってるって、必要なものを買いに行くんだろ? でも、『通販』(オーダー)で買えるのに、わざわざこっちで買う必要あるのか?」


「武器とか変なアイテムは通販でしか買えないけど、香辛料とか保存食とか、安いものがあればこっちで買うのよ。お金は有限、常にケチケチの精神でいかないとね」


 クレアの言い分は正しい。武器やアイテムにおいては、他では買えないものばかりが『通販』で購入できるが、日常的に使う消耗品などは、安く揃えられるならそれに越したことはない。そうでなくなるのは、一行が億万長者にでもなった時だ。


「それもそうだな。ま、買い物はクレアに任せるよ」


 ハーミスがそう言って、ポーチから少しお金を彼女に渡すと、残りの面々も同意した。


「正論です。余計なものを買わないという点では、確かに彼女が適任――」


「あ、魔女のおねーちゃんだ! 皆、昨日言ってた、天才の魔女だよ!」


 珍しくエルがクレアを褒めようとするのと、どこかの家の前から子供の集団が駆け寄ってくるのは、ほぼ同じタイミングだった。

 しかも男女混じって合わせて五人の子供達が、口を揃えてエルを天才だと言った。その時点で、彼女の関心は間抜けな盗賊ではなく、将来有望な子供へと移り変わった。


「……はい。天才に、何の用ですか」


「ねえねえ、物を浮かせる魔法をもっかい見せてよ! あのすっごいやつ!」


 三人は確かに見た。褒められた途端、エルの口元が異様に吊り上がったのを。


「……まあ、私にとっては造作もない魔法ですが、そうですか、凄いですか。半端に年を取った者よりも幼児の方が、物事の良し悪しを見抜くのでしょうね」


 さも、自分は褒められても嬉しくない、これくらいは当然だと大袈裟にアピールしたエルは、子供達に手を引かれながら、ハーミス達に告げた。


「すみませんが、少し魔法を披露してきます。あとで街市場で落ち合いましょう」


「はいはい、ゆっくりでいいわよ、ちょろい魔女さん」


 間抜けなくらいあっさりと引き抜かれたエルに呆れながら、三人が歩く。

 すると今度は、露店で金銀の細工を売る初老の男性が、クレアに声をかけてきた。


「よう、昨日のお嬢さん! この金細工、買ってかないかい! 安くしとくよ!」


「結構よ。あたしは余計なことと物には金を使わない主義――いやちょっと待ちなさい、こんないい物がこの値段って、嘘でしょ!?」


 まるでさっきのエルを見ているようだが、ケチケチの精神とやらはどこへ行ったのやら、クレアは男性が手にした、値札の付いた金細工に齧りつくように、露店の前に立った。その食いつきぶりを見て、店主はにやりと笑う。


「在庫限りだよ、どうするね?」


 彼女は少しだけ迷い、店主に背を向け、ぶつぶつと呟き始める。


「よその町で転売すれば一個につき三倍、ううん、四倍は稼げるわね……ハーミス、ルビー、ちょっぴり値切り交渉していくわ。先に市場に行ってなさい」


「うん、あとでねー!」


 そして、転売の為の値切りというあまりにもあんまりな作戦を企てて、二人と別れた。

 この二人で街市場に行ったところで何が買えるのかはさっぱりだが、予定通りにハーミスとルビーは坂を上っていく。するとここでも、またかとばかりに甘い罠。


「おや、ルビーちゃんじゃないか。さっき美味しい牛肉が入ったんだよ、食べてきな」


 肉屋の女店主が掲げているのは、脂ののった生肉。


「…………ハーミス……」


 涎を垂らして肉を眺めるルビーの、目を潤ませたおねだりに敵うはずがない。


「怒らねえよ、貰っとけ。俺はあそこの喫茶店で時間を潰しとくからさ」


「うん、ありがとー! おばさん、いただきまーすっ!」


 ハーミスが近くの喫茶店を指差してそう言うと、ルビーは一目散に肉屋に駆け出して行った。まるで餌付けのように肉にかぶりつくルビーを見ながら、彼は喫茶店に入った。

 中はとても静かで、ハーミス以外には二人くらいしか客がいない。この時間帯には人が集まらないのかと思いながら、彼はカウンター席に座り、狼のような耳を生やした灰毛の髪のマスターに、コーヒーを注文した。


「すいません、フンコーヒーを一つ、無糖で」


「少々お待ちください」


 豆を炒る音とコーヒーを啜る音だけが響く、静かな喫茶店。

 こういった空間も悪くない、買い物が終わったら喫茶店で昼食にでもしようかとハーミスが考えていると、扉が開き、鈴が鳴る音がした。

 誰かが入ってきた、と思った。


「――動くな」


 背中に、刃物を当てられるのと同時に。服越しにでも、冷たい切っ先が感じられた。

 背後に一人、左右に一人ずつ、誰かがいる。あまりに唐突だったので、流石のハーミスも驚きを隠せない様子だったが、一度だけ深呼吸をして、部屋の空気を裂くような声で聞いた。


「……三人から俺を分断したのはあんた達か? それとも偶然か?」


「あとで教えてやる。言うことを聞けば、悪いようにはしねえ」


「すでに悪いようにされてるって思うのは、俺の気のせいかな」


 少し茶化しながらポーチに手を突っ込むと、突き付けられた刃が食い込んだ。ハーミスの肌には触れていないが、お気に入りの服に切れ目が入る。


「動くなと言った。死にたくなければ、俺達についてこい」


 自分を殺すわけではない。そう気づいたハーミスは、椅子を回し、彼らに向き直った。

 ある程度予想していたが、男達は皆、屈強な体つきで、刃渡りの長いナイフを構えていた。胸元をはだけたシャツを着ていて、いずれも刺青を彫っている。この刺青は何かしらのグループの証なのかとも、ハーミスは推測した。

 いずれにしても、こんな暴漢に襲われる筋合いはない。


「ちょっとポーチを漁っただけだぜ、ビビるなよ。俺が武器を構えずにお前らを倒せるようになったわけでもあるまいし」


 振り返ったハーミスの右手には、割れたカードのような残骸。

 彼の顔の直ぐ真横に、数値が表示される。塗り潰しが消え、新たな彼の力に。


「……何だ、それは?」


 刃物でハーミスを脅す男達は、直ぐに気付くことになる。


「直ぐにわかるよ」


 にやりと笑った彼のステータスには、『魔法師』の三文字。

 彼は今、武器を構えずに悪漢を倒せる者となった。


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