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配達


「よーし、到着!」


 仲間達が住民からの頼み事を引き受けている頃、ハーミスはバイクを走らせ、あっという間に目的地の屋敷に到着した。

 バイクならばあっという間だったが、確かにあの老体が歩いてくるとなると、パンも冷めてしまうだろう。改めて、自分が来て良かったとハーミスは思うのと同時に、目の前にそびえたつ、この街でも一、二を争うほど大きな屋敷に驚いていた。

 ここに来てから、大きなものをたくさん見てきた。赤煉瓦の家屋の中では、きっとこの中庭と噴水付きの屋敷こそが、大きなものに当たるだろう。


「それにしても、とんでもなくでけえ屋敷……ここについてからずっと言ってるな、俺」


 独り言を口にしながら、ハーミスは扉を二度ノックした。


「すいませーん、パンのお届けでーす」


 すると、大きな扉が乱暴に開き、中から獣人の男が出てきた。

 思わずハーミスが仰け反るほどの強面だ。頬に大きな傷があり、屋内なのにサングラスをかけていて、おまけに開けたシャツの内側には刺青がこれでもかと彫られている。

 さっきの親子を思い出していると、男が口を開いた。


「……なんじゃい」


 予想よりずっと低い声に少し慄きながらも、ハーミスは努めて平静に籠を突き出した。


「いや、パンのお届け。これ、広場の下のお婆ちゃんが届けてくれって」


「……あの婆ちゃんの? いつも冷えてるのに、今日は焼き立てじゃねえかコラァ!」


「うぇ!? な、なんかすんません!」


 怒るラインがさっぱり分からない。というより、怒った口調だが怒っていないのか。

 男はひったくるように、ハーミスから籠を奪い取ると、屋敷の中に向かって思い切り怒鳴り散らした。


「美味そうじゃねえかオラァ! お前ら、パンが届いたぞ!」


「「うっす、いただきます!」」


 やはり怒っているのに怒っていない言葉に対し、中から聞こえてきたのは、同じくらい乱暴な声。なのに、どこか敵意だとか悪意とかを感じない、不思議な声。


「手ェ洗えよコラァ! 兄ちゃん、助かったわ。婆ちゃんにお代、渡しとけや」


 最早どうリアクションしていいか分からず混乱するハーミスに、男はポケットから貨幣を取り出すと、ハーミスの手にぐっと握らせた。ごつごつした手には、生傷が幾つもあって、まるで戦争に参加していたかのようだ。


「あ、ど、ども……」


 委縮しながらも立ち去ろうとしたハーミスに、男が思い出した調子で声をかけた。


「そういや見かけねえ顔だな。おめえが噂の人間かオラァ」


「あ、ああ。ハーミス・タナー・プライムだ」


「……そうか。獣人街を満喫して行ってくれや、じゃあな」


 少しだけ間を開けた返事を最後に、男は勢いよく扉を閉めた。向こう側からはまだ大きな声が聞こえてきたが、いずれも美味しいパンに対する賞賛のように聞こえた。

 バイクに跨りながら、ハーミスはふと思う。もしかすると、あれがギャングなのかと。

 だとすれば、随分と印象と違う相手だ。


「…………なんか、いい人だったな」


 一人で、くすりと笑い、ハーミスは宿の方へ戻った。

 その一方で、彼の仲間は人助けや住民のお願いを聞いていた。

 例えば、ルビーは屋根に上ってしまったが下りられなくなり、怖くて声も出せなかった女の子を見つけ出した。空を飛ぶ彼女は、少女と母親からとても感謝された。


「大丈夫? 怪我はない?」


「ぐすっ、ママ、ごわがっだよぉ……」


「本当にありがとうございます、まさか屋根の上で動けなくなっているなんて……」


 例えば、エルは大量に切り揃えた材木を運ぶのを手伝っていた。獣人が運べば何往復もしてしまう必要のある数でも、エルが魔法を使って運べば、たった二、三回で済む。


「全く、自分で運べない量の伐採をするなんて良識を疑います」


「いやあ、これだけの材木を街の下まで運べるなんてすげえなあ、魔女ってのは!」


「ま、まあ、当然です。魔女の中でも私は特に優れていますから」


 例えば、クレアは街の商人が大枚はたいて買った芸術品の真贋を見抜いていた。偽物を何度も見てきた――若しくは作ってきたクレアにとっては、明らかにおかしな彫刻品が贋作であると見抜くのは朝飯前だ。


「こんなの、どう見ても偽者じゃないの! よーく見てみなさい、ここに継ぎ目があるでしょ? あんた達、その行商人に騙されたのよ」


「ほ、ほんとだ……お嬢さん、若いのに大したもんだな」


「ふふーん、そうでしょそうでしょ! もっと崇めなさい称えなさい敬いなさい!」


 そんな三者三葉の人助けを眺めるハーミスは、どこか嬉しそうだった。

 何の気なしに言ってみたが、獣人街に馴染むにはこれが最も早い近道だったようだ。クレアには、人助けが好きすぎるお前は狂っていると言われていたが、こうやって良い方向に転ぶのであれば、イカれていると言われるのも悪くない。


「皆、楽しくやってるみてえだな」


 バイクから降りて、皆の近くに歩いて行くと、三人は彼に気付いた。楽しそうなルビー、まんざらでもないエルはともかく、クレアはやはり怒鳴ってきた。


「あー、ハーミス! あんたのせいで散々手伝いだのなんだのさせられちゃったじゃないの、どうしてくれんのよーっ!」


「引き受けると言ったのはクレアの方でしょうに」


「うっさい! 大体ね、あんた達はいっつも厄介事を……」


 ぎゃあぎゃあとハーミスやエルを叱りつけるクレア。

 周りの獣人達が楽しそうに、時折ちょっぴり心配そうに眺めるその光景を、家屋や木の陰からこっそりと眺める、不穏な影が二つ。

 二か所に二つ。つまり、四人。


「――ボスに伝えろ。あの人間を引き入れた方が、抗争に勝つと」


 一組は家屋の影から、ハーミス達の実力に目を付けていた。


「――頭に伝えてこい。四人とも仲間にすれば、連中に負けはせんとな」


 一組は公園の木の陰から、ハーミス達の妙な人望に目を付けていた。

 いずれにしても、結論――目的は同じだ。彼ら四人を、仲間に引き入れる。

 悪意か、それとも善意か。

 謎の視線を感じすらせず、ハーミス達四人は住民との交流で一日を終えた。


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