二輪
「どういう意味だよ、ドラゴンが討伐って! 『聖伐隊』って誰だよ!?」
「あたしだって詳しく知らないわよ! けど、聞いた話じゃ、『聖伐隊』は一年前くらいから名前を聞き始めた組織よ……何でも、魔物を大陸から滅ぼすとかなんとかって」
詰め寄るハーミスに対して、クレアは面倒くさそうに答えた。
どうやら彼が眠っている三年間の間に、世界が大きく変わろうとしているようだ。大陸から魔物を滅ぼすと宣言した連中が、ここに来たことに、ハーミルは嫌な予感を覚えた。
「何が起きてるんだ……とりあえず、ジュエイル村に戻らねえと!」
真相を確かめるべく――村民と元・仲間の安否を確かめるべく、踵を返したハーミスだったが、彼女の後ろから、これまたクレアが困った調子の声をかけた。
「あ、ちょっと待って! あたしも連れてってよ!」
振り返ったハーミスの顔は、今度は冷たく、さっきのクレアのように面倒臭そうだ。
「……何でだよ。何も教えねえなら見ず知らずだろ、俺達」
「いいじゃない、いつさっき追い払った山賊連中が戻ってくるか分からないし! それに、あたしって結構役に立つのよ、ほら、このスキル!」
自分の有用性を示すように、彼女はステータスを表示し、職業とスキル欄を指差した。
「あたしのスキルは『直感』っていってね、物事の有利と不利を見極められるのよ。それに盗賊だから俊敏さにも自信があるし、交渉術だって……」
確かに彼女の言う通り、盗賊は俊敏さと手先の器用さに優れる職業だ。それに、『直感』が説明した通りのスキルであれば、何かと一緒にいて困る点はないはず。
だが、ハーミスが最も注目したのは、クレアが、彼が首を縦に振るまではずっと喚き散らかして、交渉を続けるだろうと思えるほどのしぶとさと狡賢さ。
このまま少女を引きずっていく気もなく、ため息をついてから、ハーミスは言った。
「……分かった、分かった。ジュエイル村までは案内してやる」
目に涙を潤ませていたクレアだったが、突然笑顔になった。嘘泣きだったのだろう。
「やった! あんた、気味悪い傷痕があるけどいい奴ね!」
「一言多いんだよ」
ジュエイル村で少し面倒を見てから放逐するつもりのハーミスだが、クレアには別の目的があった。彼女は盗賊らしく、打算的な一面があるのに、彼は気づいていない。
(こいつ、お人好しっぽいし、上手く言い包めればもっと使い道がありそうね!)
助けてくれた相手にこう思えるほどの強かさなら、一人でも生きていけるだろう。
「といっても、ジュエイル村までちょっと距離があるな。なるべく早く到着したいし……って、こういう時の為の『これ』か」
さて、と思い出したように、ハーミスは右腕に巻いた『注文器』を起動した。
キャリアーが教えてくれたように、『カタログ』が表示される。最初は驚いたものだが、ステータス表示と同じようなものだと思えば、違和感はない。
「……何してんの?」
クレアの言葉を無視して、ハーミスはカタログ画面を指でなぞって移動させながら、しかも他の機能も使って、商品の文字列と画像を、品定めするように見比べてゆく。
「検索機能ってのを使えばいいのか……ええと、移動に役立つ……二人乗り……使い捨てじゃない、高速、小柄……そんで、メンテナンス不要……よし、これだ!」
「これだって、何なのよ、どれなのよ」
「うーむ、思ったよりも値が張るな。けど、ずっと使えると思えば悪くないか……なあ、クレア、だっけか? お金、貸してくれねえか? 五千ウルほど」
ようやく何かが決まった様子のハーミスは、いきなりクレアに金銭を要求した。
「はぁ? 急に何言いだすかと思えば、五千ウルなんてどうすんのよ?」
五千ウルといえば、決して少なくない額だ。どう考えても、初対面の相手に要求する額でもない。自分のことを棚に上げて、クレアは彼を訝しんだ。
そんな彼女に、ハーミスはやや申し訳なさそうに、説得を重ねる。
「いいから。村に戻ったら絶対返すから」
ハーミスは善人には見えなかったが、金を返さないほど悪辣ではないとも、クレアには何となく思えた。だからこそ、自分の額を指で小突きながら、諦めた調子で大きな背嚢を下し、中の麻袋を取り出すと、そこから十枚の紙幣を抜き取り、ハーミスに突き出した。
「…………絶対返しなさいよ、はした金じゃないんだから」
「サンキュー。よし、じゃあ改めて、これを購入っと……!」
札束を受け取って、彼がカタログ上の赤い項目に指を触れた、ほぼ刹那。
「――『ラーク・ティーン四次元通販サービス』のご利用、ありがとうございます」
谷底で聞いた無機質な声と共に、クレアの後ろからキャリアーが現れた。
「きゃあっ!?」
驚いてハーミスの方に退いたクレアなど一切見えていないかのように、キャリアーはまた、あの不思議な乗り物に跨ってやってきた。谷底にいた時と違うのは、彼女の後ろには、その乗り物と似たようなものがくっついてきている点だ。
ハーミスの手から札束が消えたのを確認して、キャリアーはさっさと、何処かへと走り去っていった。そして、その先にできた暗い穴の中へと姿を消し去ってしまった。
「どっから出てきたのよ、何を持ってきたのよ、どこ行くのよ!」
背嚢を担ぎなおしながらも、状況を一つも把握できないクレアと違い、ハーミスはすっかり理解した調子で、残された乗り物に近づき、手を触れる。
「お、カタログ通りの乗り物だな」
冷たい鉄のような、全体に張り巡らされた鋭く青い外装。左右の取手らしい部位と、前後の黒い車輪。複雑な機械と、後部の銀色の筒。
触れた時点で、ハーミスには完全に理解できていた。これがどんな使い方をする乗り物か、どれほどの速度を出せるのか。別の世界には凄い乗り物があるのだと感心しつつも、ハーミスは黒く柔らかい部位に跨り、取手を掴み、思い切り捻った。
「ラーニングも完了……よし、クレア。後ろに乗れ」
彼がそう言うのと同時に、凄まじい轟音が響き、後部の筒から緑色の光が噴き出した。乗り物全体をエネルギーが循環するように唸り、リズムよく鼓動が刻まれる。
馬車でも、人力車でもないとんでもない何かを感じるクレアは、困惑するばかり。
「乗るって、何の乗り物なの、これ!? いやまあ、乗るけども!」
しかし、指差された通り、彼の後ろに乗るクレア。環境への適応能力が高いらしい彼女に少しだけ驚きつつも、ハーミスは乗り物の原動力――エンジンとやらをふかす。
この世界には存在しないもの。しかし、ハーミスだけが買えるもの。
思い出すように、彼は足元の黒い板に足を乗せ、言った。
「えーと、確か名前は、『魔導核融合炉無限原動機搭載型二輪車』」
そして、思い切り取手――ハンドルを捻った。
「――またの名を、『モーターバイク』だってよ! よし、飛ばすぜーッ!」
瞬間、勢いよく『バイク』が頭を上にもたげたかと思うと、馬車など比較にならないほどの速さで、周囲の小石や砂を巻き上げながら、光を炎のように吐き出して疾走した。その速度は尋常ではなく、あっという間に谷を抜け、森の小さな道を駆け抜ける。
クレアは知らない。別世界ではバイクと呼ばれる乗り物を。
そしてこれは、無限の動力と自動メンテナンス機能、更には自動修復機能まで備えた、恐らくあらゆる次元に於いて最高級の技術が搭載された逸品であると。
「んぎゃああああぁぁぁ――……っ!」
ただ、今のクレアにとっては、脳と体を揺らすこの爆走が、ハーミスを自然と笑顔にするこの爆走が一瞬でも早く終わることだけが願いだった。
彼の腰に回した手が、今にも離れてどこかへ行ってしまいそうだった。
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