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剛腕


 想定外の事態でも、ティアンナの声は冷静だった。感情がないというよりは、遊ぶのをやめて、職務に忠実になったかのように、彼女は二人に命令を下した。


「――殺して、二人とも。目障りよ」


「死ぬのはてめぇだあぁッ!」


 マリオは並の聖伐隊とは比べ物にならないほどの速さで接近し、跳躍して剣を振り上げた。ヴィッツもまた、巨大な盾を背負っているのに、高速で近づいて殴打を仕掛けた。


「人間の速度を超えたスピードに、付いてこられるはずがないでしょう!?」


「そりゃどうだろうな、こっちも最高のサポートが付いてるんだよ!」


 しかし、今のハーミスの速度には遠く及ばない。

 両腕に城の如き重しを付けているにもかかわらず、ハーミスが振るった拳はいつもよりずっと早く、鋭く、左右から襲撃を仕掛けた二人の体を殴りつけた。

 鋼鉄の一撃を受け、彼らの体が軋んだ。骨が折れる音と、内臓が揺れる音を響かせながら、二人は真逆の方向へ吹っ飛び、地面を四度ほど擦って制止した。普通なら死んでいる一撃だが、洗脳された二人は腕や足が折れても、止まる様子を見せない。


「ハーミス、敵を視界に入れる必要はありません! 防御はこちらでしっかり行います、敵を攻撃することだけに集中してください!」


「ありがたいな、それは、っと!」


 そう言われたなら、ハーミスは攻撃に集中する。

 ヴィッツに狙いを定めると、掌を地面に擦らせながら疾走し、敵に迫る。彼は盾を構えなおし、ハーミスの正面に突き付けるが、剛腕の前では何の意味もない。

 ちなみに、スキルなら既に発動している。連撃を叩き込むのではなく、一発、一発を、時間を空けて放つことで威力を高める、それが『一撃入魂』(バルクスマッシュ)だ。


「そんなちっぽけな盾が、通用するかよッ!」


 スキルで強化されたハーミスの拳は、盾を凹ませ、後ろのヴィッツを破壊した。防御壁諸共体を地面に叩きつけられた彼の肉体は、関節とはほぼ真逆に反れ曲がった。

 後ろからマリオが追撃を仕掛け、剣で突き刺そうとしたが、エルのオーラが攻撃を受け止める。その隙をついて、ハーミスが顔面を叩き潰す。肉体が損壊した二人がどんな攻撃を繰り出そうとも、全てエルのオーラが防いで、反撃としてハーミスが殴る。

 これではらちが明かないと思ったのか、ティアンナは命令を変更した。


「だったら……魔女から先に殺すわね」


 彼女の指示に従い、二人は崩壊しつつある血塗れの体を酷使し、エルに向かおうとした。だが、今度はその二人が、矢のように動きを止めてしまったのだ。


「な……!?」


 エルの物質を操る魔法によって、六芒星に魅入られたかのように、マリオとヴィッツはぶるぶると震えるだけ。こんな隙だらけの状態でハーミスに背を向けると、どうなるか。


「だから言ったろ、死ぬのはてめぇらだって。人を操って、ボロボロになるまで使い潰して……こんなになるまで利用する奴に、これ以上何も奪わせてやるかよ!」


 ぐっと、右拳を握り締めて。


「うおおらああぁッ!」


 ハーミスは先ず、マリオを背中から殴り倒した。その場で三回転しながら、顔の皮が半分ほど剥がれたマリオは洗脳の限界を超え、血を吐いて動かなくなった。

 残されたのはヴィッツだけだが、ハーミスの目から見ても、彼はもう動けそうになかった。両ひざから骨が飛び出し、盾を握る掌は指がほぼ骨だけしか残っていない。頭蓋は抉れ、脳漿が少しはみ出ている。


「あと一人っても、もう動けねえだろ。体の限界と、ダメージでな」


 こんな相手を苛める趣味は、ハーミスにはない。

 一撃で仕留めてやるのが、せめてもの礼儀だろう。


「せめて綺麗に散らしてやるからな、安心しろ――空で、だけどよ」


 ただし、相手は聖伐隊。しっかりとぶちのめすのが、彼なりの礼儀だ。

 ハーミスは思い切り右腕を引き、煙が出るほど拳を握り締め、そして。


「ロケット・パアアアァァンチッ!」


 ヴィッツを背中から、渾身の力で殴り飛ばした。

 比喩ではない。ハーミスが装着していた巨大な拳が、ヴィッツを殴った勢いのまま、空に向かって思い切り飛んで行ってしまったのだ。

 勢いをどんどん加速させ、謎の動力で飛んでいく拳は、どんどん、どんどん空の彼方へと飛翔する。もしかしたら痛みで洗脳が解かれているかもしれない彼は、肉体が四散し、最後に残った胴体すら、最早意味はなく。

 遠く、遠く向こうの空で、拳はヴィッツを巻き込んで爆発した。

 こうして、戦いは終わった。

 失うものもあったが、聖伐隊を全て打ち倒した。

 敵がお星さまの仲間入りを果たしたのを見届けてから、ハーミスは左腕の装備も外した。あまりに大きい装備だからか、レンタル仕様だからか、拳は虚空に吸い込まれるようにして消えていった。


「…………腕が、空に飛んでった……」


 聖伐隊の成れの果てを眺めて呟くクレアに聞こえるように、エルが言った。


「……私達の、勝ちですね」


「おう、そうだな……クレア、ルビー、無事か?」


 二人が歩み寄ると、クレアも、ルビーも元気そうな様子を見せた。


「あー、何とかね。でも、背嚢は岩の底だし、あんたの銃はぶっ壊れちゃったわ」


「ルビーも大丈夫だよ、怪我が治るまでは時間がかかりそうだけど……それよりも、あの聖伐隊の人、まだ生きてるみたいだよ」


 ルビーに言われて振り返ると、ハーミスは初めて、マリオがまだ生きているのに気付いた。酷い有様だが、呼吸をしていて、治療次第では生き延びられそうだ。


「本当だな、完全にのびちゃいるが、まだ息がある。タフな野郎だぜ」


「どうしますか、尋問して幹部の居場所を吐かせますか?」


 エルの提案に、ハーミスは『注文器』(ショップ)を起動しながら、首を横に振った。


「いや、それよりいい手がある。今朝、カタログを眺めてる時に見つけたんだがな」


 青い画面を何度か指でスライドさせ、彼は目当ての商品を指差して、説明する。


「……これだ。こんなもんを使うとは思ってもみなかったが、まさか役に立ちそうなタイミングが来るなんて、世の中分からねえもんだぜ」


 画面に映る、それ。

 あまりに非人道的なアイテムに、流石の一同も顔を青くする。


「……聖伐隊が相手でなければ、使うのを躊躇われる道具ですね」


「同感。つーかあんた、気づいてる? 結構悪い顔してるわよ」


 唯一人、ハーミスを除いては、だが。


「復讐ができるんだ。今、悪い顔しないで、いつするんだよ」


 マリオを使った最悪の復讐計画。

 『選ばれし者達』の死にざまを思うと、彼はどうしても、笑みを隠せなかった。


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