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機会


 赤く腫れた頬に手を当てながら、瞳に光を取り戻したエルは、ハーミスを睨んだ。


「……私が、何から、逃げているんですか」


「全部だよ。自分に嘘ついて、背中向けて生き続けてきたんだろうが」


 ミンが死にかけていて、クレア達が空で戦っていると分かっていても、今、ハーミスは言わずにはいられなかった。ここでエルを傲慢なまま死なせるのは、彼の理性と感情、その双方が決して許さなかった。


「ここに戻ってくるのも逃げようとして、挙句の果てに死んで逃げるつもりか? 思い通りの現実にならねえからって、ガキみてえにごねるんじゃねえよ」


 子供みたいに。クレアにも言われた言葉。

 自分が成長していない。いつまでも何かを欠いた、幼い魔女。

 そう言われたような気がして、遂にエルも語気を強めた。


「――だったら、だったら生きてれば何とかなるんですか!? 私の罪を帳消しにできるようなことがあるんですか、可能性でもあるんですか……ぐッ!」


 喚き散らす彼女の胸倉を、ハーミスは掴んだ。触れたくもない聖伐隊の隊服であるのも構わず、六芒星の瞳に映った自分の形相にも構わず、ハーミスは自分の想いをぶつけた。


「知らねえよ、だから生きるんだろうが! 何が起きるか分からねえから生きるんだよ! 何でも起こせるから――自分の願い一つで変われるから、生きるんだよ!」


 彼には理解ができなかった。生きる道が残されているのに、死ぬのが。

 死ねば、何もかもが終わる。ハーミス・タナーは死んだから、復讐の機会すら与えられなかった。その時に気付いたのだ。死ねば終わる。ただし、可能性諸共。


「俺はな、天啓がなかった! 魔物を守るのがおかしいからって、仲間に殺された! それでも生き返って、あいつらに復讐してる! 聖伐隊に親を殺されたルビーも、一度は逃げ出したクレアも、味方になって戦ってる!」


 ハーミス・タナー・プライムとして生まれ変わった彼は、生きる為に足掻いている。何としてでも生きて、そうすれば未来が変わると知ったからだ。仲間を得て、スキルを得て、復讐の道を見出した。


「どうすればいいかじゃねえよ、どうしたいかで生きてみろ! 散々自分に自信持ってるフリして生きてきたんだろ、どうせやるなら最期まで貫き通しやがれ!」


 散々生きて、死ぬのはそれから。自分の道を貫いて、足掻いて見せろと。

 ハーミスは全てをぶつけて、ようやく息を吸った。肩の力を抜き、もう一度ハーミスが息を吐いたのを見て、涙を堪えながら、エルは聞いた。


「……どうして、そこまで言えるんですか。見ず知らずの、相手に」


「俺はお人好しだが、世間じゃ無礼な悪党だからな。これくらいは言ってやるさ」


 ようやく気付いたが、ハーミスの顔は彼の言う通り、どこか悪党のようだった。これまでずっとお節介を焼いてきた彼が悪党だなんて、思ってもみなかった。

 エルの目に生気が灯った時、ミンの声が防壁の中でこだました。


「……ありがとうね、ハーミス……この子のことを……見抜いて、たんだね」


「そんなもんじゃねえよ。ちょっとイラついただけだ」


 ミンの体は、もう精神だけで成り立っていた。体はきっと死んでいるのだと、節々から漏れ出す光で、ハーミスは察していた。

 そんな彼女が言ったのだ。ハーミスがエルの弱さを見抜き、それでいて強さに変えられると。母親の自分に為せないのは恥ではあるが、彼ならばと。


「……エル、機会ならやるよ」


 だからこそ、ミンは決めた。自らの命より、彼女の命の為に、ここで果てるべきだと。


「私はもうじき死ぬ……私の魔法力、生命力を全部、あんたにやるよ。一人の体に、二人分の力だ……望み通り、あんたは強くなれる」


 母親の肉体は、半分以上が消滅しかかっていた。防壁が軋むが、代わりに、桃色の光はエルの体に吸収されていった。まるで、エルと一つになるかのように。

 望んで止まなかった力は、今、齎される。分かり合えるはずだった未来を犠牲に。


「…………お母さん……」


「あんたが、願った力だ……どう使うかは、あんたが決め、な……」


 全てを言い終え、彼女は消えた。愛だけは、気恥ずかしくて告げなかった。


「ミンさん……!」


「……私の、力……どうしたいか、どう、生きるか……」


 残された二人の周りにある防壁が歪む。所有者がいなくなれば、壁はなくなってしまい、周囲の物量が二人を潰してしまうだろう。


「やばい、防壁が崩れる! 圧し潰されるぞ!」


 所有者がいなくなれば、の話だが。


「――その心配はありません、私がいます」


 静かに目を閉じ、開いたエル。そこにはもう、慢心だけの彼女はいない。


「私と、母がいます。今ここで成すべきことを為す為に……生きます!」


 両腕に、溢れんばかりのオーラを纏い、彼女の体は宙に浮いた。決意と覚悟、そして生きる為の勇気を得た彼女を見て、ハーミスは『注文器』(ショップ)を起動した。


「……俺もやってやるさ、とっておきでな!」


 使うのは大仰な兵器ではない。一つの武器と、ライセンス。

 カタログを開き、彼はあの二人と、遠い邪悪を討つべく、『通販』(オーダー)スキルを使った。


【読者の皆様へ】


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