山賊
「ん、んん、んんぼおおおぉぉぉ――ッ!?」
景色が同化し、見えなくなるほどの速度で、ハーミスは上昇していく。
茶色の髪がこれでもかと靡き、青い目がたちまち乾いてゆく。
この装置を使い、確かに谷底からは脱出できるだろう。だが、今度は谷を飛び越えて、空に届いてしまうか、或いは方向を少しでもずらせば岩壁に摩り下ろされて死亡だ。
それだけは避けなければ。幸い、ハーミスは不思議と、これの使い方を知っていた。
(顔が風圧ですげえことになってるけど、使い方はなんでか頭の中に入ってる! こいつは手足を向けた方向と逆に加速して、飛ぶ為の装置だ!)
キャリアーはラーニング完了、と言っていた。仮説だが、購入した時点で使い方や使用用途が頭の中に叩き込まれるのだろう。そうでなければ、ハーミスはここまで冷静ではなかったし、指を動かしたり、筒の向きを腕ごと変えようとしたりはしない。
(このままいけば脱出できるけど、その前にどっかに激突しちまう! 俺の頭の中にある使い方が正しければ、腕をこうして、こっちに向けて、手の握り具合で加速を調節できるから……)
指を乱暴に動かし、手を前後左右、上下に振って、ハーミスはどうにか制御を試みる。
拳を緩めれば、速度は落ちる。直立した姿勢で飛べば前進し、手足の方向で飛行する向きも変わる。放たれる炎の勢いが弱まり、割れ目の終わりが見えた時。
「――こうだッ!」
谷底から飛び出したハーミスは、すっかり『飛行装置』をコントロールしていた。
掌を広げ、足を直立させて炎を制御した彼は、宙を浮いていた。地に足が付かない状態は不思議で、自分が鳥になった気分だったが、何とも悪くない。
「ふう、これで激突死だけは免れたな……慣れてみると悪くねえな、これも。こんな便利なもんが買える『通販』って、もしかしてすげえスキルなんじゃねえか?」
右手の『注文器』を眺める彼にとって、『通販』の汎用性や強さは、予想を遥かに上回っていた。五百ウルで自由に空を飛べる装置が購入できるのだ、何倍も金をかければ、もっとすごいものが買えるのではないかと、彼は内心期待もしていた。
「とにかく、この調子で一旦ジュエイル村に向かわねえと……ん?」
とはいえ、目的は変わらない。ジュエイル村に向かい、三年が本当に経過したのかと、ローラ達があの後どうなったのかを確かめなければ。
炎の勢いを強め、谷の出口へと飛ぼうとしたハーミスだったが、彼の耳に、四人の男性と、一人の女性の声が聞こえてきた。
ハーミスが振り返ると、谷の出口と真逆の方向で、誰かが争っている。
「オイコラァ! よくも俺達の仲間から金を奪いやがったな!」
「舐めた真似しやがって、ふんじばって売り飛ばしてやる!」
「ひいぃ、お助け、お助けをおぉ……何でもはしませんけど、何でもしますから……!」
髭を蓄えた男達が、蹲った少女を囲んでいる。誰がどう見ても、襲われている。連中のような野蛮な格好をした者は、山賊と呼んで差し支えないだろう。
ただ、ハーミスにとって問題なのは、その状況よりも、山賊がいること自体だ。
(あの格好、間違いなく山賊だ。魔物が生息してるこの辺りでどうして山賊が?)
魔物がいる地域では、普通、山賊が寄ってこない。人を狙って襲う連中なのだから、人より強いうえに、倒しても何のうまみもない魔物が集まってくる地帯をうろつくメリットがないのだ。ハーミスがいた頃は、迷い込んできた山賊以外はほぼ見たことがなかった。
だが、現に、当たり前のようにのさばっている。そして、人を襲おうとしている。
「考えても仕方ねえな、見てみぬふりもできねえし……だったら!」
ならば、ハーミス・タナー・プライムの行動は一つ。
掌を後ろに翳し、加速する。連中が気づかないほどの速さで一気に飛び出し、そして。
「でりゃあ――ッ!」
渾身の飛び蹴りを、山賊Aの後頭部にお見舞いした。
助走をつけた程度の蹴りではない。普通では決してあり得ない、空中で加速した蹴りの威力は、屈強に鍛え上げた山賊にも確かなダメージを与えた。
「ふんぐっぼ!?」
禿げ頭の山賊Aは目玉が飛び出すほどの衝撃を頭に受け、吹っ飛んでいった。顔が地面に擦れ、意識を失った彼を見て、ようやく他の三人がハーミスを見た。
「誰だてめえ、何しやがぐぼっがああ!?」
だが、反応が遅い。今度は角の生えた帽子を被った山賊Bに回し蹴りを叩き込むと、彼はその場で一回転して、地面にこれまた顔を激突させ、血を吐いて昏倒する。
屈強な山の男二人が、瞬時にやられた。異常事態を前に、残った山賊は攻撃よりも、炎を纏って宙に浮くハーミスの異様さに怖れるのを優先した。
「な、なんだありゃあ!? ひ、人が浮いてるぞ!」
「翼もねえのにどうなってんだ……まさか、あいつ、魔物じゃねえのか!?」
人を魔物扱いか。
ハーミスは二人も蹴っ飛ばしてやろうかと思った。だが、ここは一つ乗ってやろうかと考えた彼は、接合痕だらけの腕を大袈裟に掲げ、にたりと笑って、言った。
「…………そうだぞ、魔物だぞ、ガオーっ」
ローラ達が見れば、馬鹿にしているのかと殴られかねない脅しだが、山賊達には効果覿面。
「に、逃げろおお! なんでまだ魔物なんかがいるんだよおぉ!?」
「『聖伐隊』は何やってんだ、この辺りの魔物は滅ぼしたって聞いたのによぉ!」
色々と気になる言葉を残しながらも、山賊達はどたばたと逃げ去っていった。
ご丁寧に仲間を回収して、谷の奥へと消えていった連中を眺めながら、ハーミスは炎を弱め、ようやく着陸した。人間として生きたはずなのに、久しく地面の感覚を忘れているように錯覚してしまった彼は、丸く蹲る少女に声をかけた。
「ふう、こっちの言い分を信じてくれる間抜けで助かった……おい、大丈夫か?」
ハーミスは努めて優しく声をかけたつもりだが、少女は大きく震え、仰け反った。
「うひゃあっ!? ご、ごめんなさいごめんなさい、魔物が住んでるなんて思いませんでしたもんで、さっさと出て行きますんでどうかお許しをぉ……」
歯をがたがたと鳴らしながら、両手をこれでもかと振り回す少女は、明らかにハーミスを魔物だと思い込んでいる。
そうでないにしても、このまま会話をするのは難儀だ。まずは、誤解を解かなくては。
「……いや、俺、人間だよ。魔物ってのはあいつらをビビらせる為の嘘で、な?」
筒の付いた腕を優しく翳しながら、ハーミスが申し訳なさそうに言うと、少女はようやく、しっかりと彼を見た。鈍色の筒と接合痕以外は、成程確かに、人間だ。
「……ほんとに? マジで人間?」
ハーミスが頷く。
少女の顔から恐れが消え、真顔になり、そして。
「――いやー、だったらもうちょっと早く助けに来てくれたらよかったのに! そしたらあたしもあいつらから金を掠め取って逃げられたのにさ! 間が悪いね、うん!」
急に立ち上がり、少女はこれ以上ないくらい鬱陶しい顔を見せつけながら、さも自分が助けてやったかのような態度でハーミスの肩を叩いた。
「…………」
あつかましい。その一言に尽きる。
たちまち無表情になったハーミスを他所に、少女はべらべらと喋り出すのであった。
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