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悪夢


 彼女、ティアンナのことは、よく覚えている。

 額を出した紫のロングヘアーはいつも引きずっていて、白目がないように見えるくらい黒い瞳が目立つ目にはいつも隈がある。眉はなく、肌は絵の具を塗ったように白い。

 ティアンナもまた、ローラ同様にジュエイル村で『選ばれし者達』としての天啓を受けた。人あらざるものと言っても過言ではない、常軌を逸したスキルを得た。

 ただ、彼女は他の者達と違って、何かとちやほやもされなかったし、彼女自身も常に称賛を浴びる功績を残そうとはしなかった。


 いつも彼女は、一人で村の隅にしゃがみ込んでいた。

 何をしているのかと言えば、彼女の『スキル』を使って、小さな動物を殺し合わせていた。『支配者』という、他に類を見ない天啓を受けた彼女が支配していたのは、自分より小さな命ばかりだった。

 親兄弟は当たり前、芋虫に鳥に挑むよう仕向けた時もある。食い散らかされる様だけを見て、ティアンナはにこにこと笑っていた。誰も、彼女を注意しなかった。


「やめなよ、ティアンナ」


 そんな彼女を唯一咎めたのは、幼いハーミスだけだった。

 彼女の行いを他の村人が止めなかったのは、気味悪がっていたからか、或いは制止を後悔するからか。ハーミスはいずれも予想していたが、今回は後者だった。


「……邪魔しないでよ」


 後ろからハーミスに声をかけられたティアンナは、黒く大きな瞳で彼を睨んだ。殺し合わせていたリスの親子は、母が子を食い散らかして終焉を迎えた。

 その様を見もせずに、彼女はいつものように立ち上がり、ハーミスを見据えた。


「『従え』」


 ティアンナの一言で、ハーミスは金縛りにあったかのように、動けなくなった。

 どす黒い光を放つ目から、視線を逸らせない。びりびりと内臓や肺に電流を流されたかのように、呼吸すら、彼女に支配された錯覚を覚える。今のハーミスに許されたのは、いつの間にか手にしている細い木の枝を、ゆっくり腕ごと持ち上げることだけ。

 木の枝はどこへ向かうのか。口が動かない彼が問いかけようと努力するよりも先に、両手で枝を握り締め、なんと自身の瞳へと先端を持っていく。

 自分で、自分の目を串刺しにする。直感し、彼は涙と汗を流し始める。

 ティアンナはただ微笑んでいる。邪魔者に制裁を加える優越感か、それともそんな感情すらないのか、漆黒の目に映るのはただただ虚空だけだ。

 刺さる。先端が瞼の隙間を縫い、瞬きすら許されない目の粘膜に触れて、そして――。


「――っやめろォ!」


 ハーミスは、跳び起きた。

 呼吸は異様に乱れていて、顔は汗だく。それでも、彼の目はそこにあった。首筋を触ればざらざらとした繋ぎ目があって、過去の自分ではないのだと実感できる。

 つまりは、夢だったのだ。歴戦の勇士でも飛び起きてしまいかねないほど嫌な夢を見た彼は、濃い青緑色のテントの中で、寝袋の上に寝そべって眠ったのだと思い出した。大袈裟なくらい大きなため息をついて、彼は頭を掻きながら、テントの外に出た。


「……どうしたのよ、急に?」


「大丈夫、ハーミス? 嫌な夢でも見たの? 汗びっしょりだよ」


 折り畳み椅子に腰かけ、朝食を取っていた仲間達が、驚いた顔でハーミスを見つめた。

 四方八方見回しても背の低い草ばかりが生える平原。

 そこにテントを張って、上から『超大型光学迷彩外套』を被せて透明にして、野宿をしていたのだとも、ハーミスは思い出した。酷い夢だとはいえ、我を忘れるほど狼狽えた自分を情けないとハーミスがため息をつくと、クレアが寄ってきた。


「ちょっと、本当に大丈夫? スープ、飲む?」


「……もらうよ」


 クレアから手渡された乳白色の甘いスープを飲みながら、ハーミスは言った。


「ルビーの言う通りだ、嫌な夢を見たんだ。悪りいな、リアクションを見るに、相当大きな声で叫んだんだろ」


「結構な大声でね。大方、昔の夢でも見たんでしょ」


「……よくわかったな」


「あんたが見る悪夢なんて、過去に勝るものがあると思えないしね。顔、拭きなさい」


 白いタオルをクレアから受け取り、ハーミスは顔を拭く。顔を上げると、ルビーが心配した様子で自分を見ているのに気付いたので、彼は力ない笑顔で大丈夫だと伝えた。


「落ち着いたら、テントを畳んで出発しましょ。予定通りなら、三日で獣人街に到着よ」


 ハーミスが小さく頷くと、クレアは満足した様子で再びスープに口を付けた。

 一行がテントを畳み、四次元ポーチに仕舞ってバイクを走らせるまでには、それほど時間はかからなかった。平原を横断するボンズ川に沿って、唸るバイクは疾走する。

 川の終焉、ルドビン湖――獣人街のある地域まで、あと三日である。


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