道具
夜が明けた。
ハーミスや仲間達、エルフ達、魔物が森に戻ってきてから、一日が経った。
あまりにも長い一日は、仲間を歓迎する歓喜の涙と、子供達が帰ってきた喜びと、翡翠を取り返した喜びに満ち溢れ、一晩中笑顔が絶えない日となった。
その翌日、もうじき昼になるという時に、ハーミス一行は里の端で荷物を纏め、バイクの後部とサイドカーに押し込んでいた。せかせかと準備をする彼らを、皮のような色の三角巾で左腕を支えたシャスティが見つめている。
「……本当に今日、里を発つのか? そんなに急がなくてもいいだろう」
名残惜しそうなシャスティに、ジャケットを羽織りながら、ハーミスが言った。服もボロボロだったが、エルフ達に縫い直してもらったのだ。
「元々立ち寄る予定だってなかった場所だ。それに、半端に人間がいると、エルフの喜びって奴に水を差しちまうだろ」
「この里に、ハーミスや仲間をのけ者にする奴などいるものか。お前がいなければ、姫も戻ってこれなかった。翡翠も売り飛ばされていた……何より、未来を失っていた」
「俺が何かしたってわけじゃない。クレアとルビー、エルフの皆のおかげだよ」
笑いながら褒められた二人だったが、彼女達からすれば、評価は逆のようだ。
「ふーん、分かってるじゃない。でもね、謙遜しすぎなのよ、あんたは」
「ハーミスがエルフを助けたんだよ。ルビー、もっと胸を張ってもいいと思うな」
「……お前は良い奴だな、ルビー」
仲間に褒め返されたハーミスは、まるで照れ隠しのように、ルビーの頭を撫でた。
「ふにゃあ……うへへ……」
「ちょっと、あたしはどうなのよ……って、別に撫でてほしいってわけじゃないわよ!? いくらあたしが魅力的だからって、原則ノータッチなんだから!」
ドラゴンにあるまじき蕩けた表情になったルビーと、口ではそう言っておきながらどこか羨ましそうなクレア。そんな中、広場の方からエルフが三人やってきた。
「ハーミス様、それにお仲間の皆様」
今や里を治める立場となったベルフィと、従者のエルフが二人。
ぼろ切れ一枚を着せられていた時と違い、今はシャスティや他のエルフと同じ民族衣装の上から、深紅の布を纏っている。一日しか経っていないのに、髪も潤いを取り戻し、肌もまだ多少なり傷は残っているが、すっかり健康体となったらしい。
「ベルフィ姫! 怪我の調子は、もう大丈夫なのか?」
「エルフ族の秘薬のおかげです、まだ痛みはしますが、もうすっかり。それよりも、シャスティからもうじき出発するとお聞きしまして……」
少し寂しそうなベルフィの前で、作業を続けながら、ハーミスは同じ返答をする。
「ああ、荷物を纏めたら直ぐに獣人街へ向かう」
彼が言うと、ベルフィは一層表情を暗くした。後ろの従者二人も、里を救った英雄がこんなにあっさりと去ってしまうのか、と表情で言っている。
クレアとルビーの視線が、背後から突き刺さる。せめて少しだけでもいてやったらどうだ、と命令されているような気がして、諦めた調子で微笑んだ。
「――でもまあ、その前に、前と変わった里の様子でも眺めてからにするか。クレア、ルビー。準備を進めといてくれるか?」
「うん、分かった!」「しょうがないわね」
二人が了承して、ベルフィ達の顔が咲きたての花のように明るくなった。
「ええ、是非こちらへ!」
ベルフィに手を引かれ、ハーミスは里の方へと歩いていく。一番大きな広場で最も変わった風景と言えば、やはり、エルフ達と戯れる、一緒に逃げてきた魔物達だろう。
大人のエルフを背に乗せたり、広場で日向ぼっこをしたり。見た目では相当野蛮な獣のようだが、その実は温和で、エルフ達にはすっかり懐いているようだった。
「まさかエルフと魔物が共存するようになるとはな。森に帰す予定だったんだろ?」
頬を掻くシャスティがはにかみながら、不思議な共生の理由を話す。
「そのつもりだったんだが、すっかり我々に懐いてしまってな。子供達も気に入ったので、里で共に暮らすことにしたんだ」
「そんで、子供達は?」
「皆、戦闘訓練の真っ最中だ……ほら、あそこに」
シャスティは、広場から少し離れた訓練場を指差した。
そこにいるのは、救いだされた子供達。まだ一日しか経っていないのに、もう元気に弓を構え、木でできた鉈状の武器を振るっている。ハーミスとシャスティが決闘をした場所だが、ここにも妙な変化が起きていた。
「い、いぎ……」
「ぼ、ぼう、やべで……ぐぎいい……!」
太く長い木の杭に縛られた人間が二人、立っていた。それはジョゴと、バントだった。
二人とも服を剥がれ、両手足を紐で縫い付けられ、木に拘束されている。無理矢理立たされた二人の役割は何かと眺めていると、子供達の一人が、木の武器でバントを殴った。
体はひどく腫れあがり、鏃が刺さったまま残っていて、糞尿は下に掘られた穴に駄々洩れとなり、眼球と睾丸は片方潰れている。しかしまだ、二人は生きている。地獄のような苦しみを味わいながらも、死すら許されていない。
一人がバントを殴ると、今度は他の子供がジョゴを殴る。戦闘訓練という名の終わりない暴力を眺めるベルフィの目は、どこまでも冷たい。
「あの者達には訓練の相手となってもらっています。人への抵抗感をなくし、怒りを刷り込む為……と言うと良くないですが、罰としてはまだ足りないほどです」
「言えてるよ。おい、バント。元気してるか?」
ハーミスは近寄って声をかけると、ジョゴは無反応で、ただひたすら痛みに耐えていた。一方でバントは息も絶え絶えに、助けを請う。
「……はーみす、たすけて。ぼく、ぼく、こんなの、やだよ」
ユーゴーの時も、こうだったような。
彼の最期を思い返しながら、ハーミスは肩をすくめる。
「そう言われてもな。お前、玩具をいたぶるのが好きだったんだろ?」
バントはずっと、命を弄んでいた。ただ見下し、玩具として扱っていた。
ならば、自分にも返ってくるのが、世の道理だ。
「たまには暴力を受ける側の気持ちにもなっとけ。お前の言葉を借りるなら、そうだな――さしずめ、『道具』としてな」
道具の表情が、ありありと絶望に満ちていく。そんな中、ハーミスは子供達がじとっとこっちを見ているのに気付き、自分が訓練の邪魔をしていると知った。
「おっと、悪りい、訓練を続けてくれ」
ハーミスが笑いかけて、バントから離れると、彼女達はまた攻撃を始めた。
彼女達は、未来の里を守る戦士だ。力強く成長する礎となるのが、バントの運命だ。
「そ、そんな、あんまりいいいいッ! じぬ、じぬううううッ!」
死にはしない。死ぬ直前まで痛めつけられれば、休ませてもらえる。
彼が死ぬのは、耐え切れなくなって自ら舌を噛み切るか、人間としての限界値を超えてしまった時だろう。尤も、そのどちらも直ぐにはやって来ないだろうが。
「なんで、なんでえええ! ぼくは、ぼぐはごんなどごろでじぬにんげんじゃないのに! えらばれだものなのにいいいいい――……」
死ぬところなど、選べたものじゃないだろう。俺の死から、何も学んでないのか。
谷底で死を受けたハーミスは、そう思った。
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