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豪商


 子供達はいずれもみすぼらしい格好をしていたが、目に見える怪我はないようだった。エルフの奴隷は美しさが要求されるので、顔には何もされていないようだ。

 ただ、恐怖はしっかりと植え付けられているようで、二人を見てたちまち慄いた。


「ひ、ひいい……」「誰、誰なの……?」


 この程度のリアクションは織り込み済みらしく、クレアがさっきと同じ説明をする。


「落ち着きなさい、あたし達はあんた達を助けに来たのよ。ここの二人が呼んできてくれたの、敵じゃないわ」


「……ほ、ほんとに……?」


 恐怖の内側に期待が差し込んだ彼女達に、奴隷の二人が追い打ちをかける。


「ほんとだよ、この人達、聖伐隊をやっつけたんだって! それにこの街に、シャスティさんも来てるんだって! 私達を助けに来てくれたんだ!」


 聖伐隊をやっつけた人が助けに来た。しかも、エルフの里で一番強いシャスティもこの街に来ている。そう聞いて、子供達の顔がぱっと明るくなった。


「シャスティさんが来たの?」「やった、助かるんだ!」


「そ、あんた達は絶対助ける。差し当たって、穴は崩れちゃったし、ここから……」


 だが、それも一瞬だけだった。

 乱暴な、石を削るような足音が聞こえてきて、子供達の顔にはありありと恐れが浮かび上がった。何事かと警戒するクレアとルビーに、子供の一人が警告した。


「……足音、ジョゴの足音だ! どうしよう!」


「落ち着きなさい、脱走したあんた達はこっちに来て、残りはこの辺りに集まって、いつも通りにしてて。いい、絶対に声を上げるんじゃないわよ」


 半ばパニックに陥る彼女達に、クレアは冷静に指示した。

 言われた通りに、脱走した二人はクレアのところに寄ってきて、ルビーが広げたマントに包まれた。四人はそのまま檻の端にしゃがみ込み、残った子供達は崩れた穴が見えないように、そこを塞ぐようにして集まった。

 それから直ぐに、地面を蹴るような足音と共に、檻の外から怒声が響いた。


「なんだなんだ、今の音は! 誰が騒いでるんだ!」


 これでもかと太った男は、やはり奴隷商人のジョゴだった。奴隷達を収容した檻に来るのにも護衛を従えている辺り、先程の一件がよほど効いているのだろう。

 奴隷の一人が、震える指で檻の向こう側を指差すと、ジョゴは納得した様子だった。


「フン、あいつらか……獣風情が、人間に逆らいおって! 逃げ出した亜人といい、どいつもこいつも舐めた真似をしてくれる!」


 薄暗い反対側の檻を、商人は思い切り蹴飛ばす。


「お前らもだ! いいか、逃げた二人を捕まえたら、屋敷の外にくし刺しで見せしめにするぞ! それから、聖伐隊に言いつけてエルフの里を焼き討ちさせてやる!」


 そして、唾が辺りに飛び散るほど怒鳴って、ずかずかと歩き去っていった。彼と、彼の護衛の足音が階段の奥に消えたのを確かめてから、クレアはマントを捲った。


「……行ったわね。いかにも成金のムカつく商人って感じ」


「ど、どうして私達、ばれなかったの……?」


 透明になった実感の湧かない子供の前で、クレアはマントをちらつかせた。


「このマントのおかげね。とにかくちゃっちゃと檻を出るわよ。ルビー、壊せる?」


「うん、やってみる」


 腕を鳴らしながら、ルビーは檻の前に立つ。

 勢いよく格子を握り締め、力を入れるがびくともしない。少しばかり驚いた様子のルビーに、奴隷の一人が忠告する。


「無理だよ、ジョゴが言ってた。この檻は滅多に取れない純黒鋼って素材を使った檻だって。魔物の突進でもびくともしないって言ってたの」


 要するに、とても硬い檻だが、だからといって諦める理由にはならない。


「さて、どうかしら。ルビー、あれの出番よ」


 クレアがそう言うと、ルビーは一旦格子から手を離し、にっこりと笑った。そして、両手を合わせてから向き直り、もう一度格子を握った。


「分かった……フウグルルル……ウグウルルアア……!」


 すると、今度は籠手の赤いラインが光り出した。しかも、ルビーの両手が赤い光に包まれ、『魔導式腕力増強装置』によって力が増幅されてゆく。

 ドラゴンの瞳が見開き、歯ぎしりが聞こえる。腕が震えるほど込められた力により、格子が軋み、安物の槍のように捻じ曲げられてゆく。カーテン製のマントがずり落ち、翼が勢いではためくのと同時に。


「ガアア、ウオガアアァァ!」


 二本の鋼の棒を、ルビーはすっかり曲げてしまった。後に残ったのは、檻の意味をなさず、人ひとりくらいは簡単に出られる、歪んだ穴だけだ。

 信じられないくらいの剛力を前にして、奴隷達は逃げ道ができたのに唖然としていた。


「……檻が、折れ曲がっちゃった……」


 マントを拾って、翼の外側から羽織りなおしながら、ルビーがはにかんだ。


「フー……ルビー、力持ちだから、これくらい簡単だよ! ほら、皆で逃げよう!」


 彼女の言葉を皮切りに、奴隷達は一人、また一人と檻の外に出た。まだ脱出は完遂していないのに、子供達の中には、抱き合い、目に涙を浮かべる者までいる。

 クレア達としては、ここからが問題だ。どうにかして、全員を無傷で逃がさないと。


「いったん檻の外に出て、騒がないようにね。あとはこの子達を守りながら……」


 行き当たりばったりの軍師が顎に指をあてがいながら、何か使えるものはないかと周囲を見回していると、向かい側の檻に目が向いた。

 ジョゴが蹴っていった檻だ。何の音もしなかったので、誰も何もいないのだと思っていたが、よく見ると違う。小さな唸り声が聞こえてくる。闇に眼が慣れてきて、何がいるかが分かった時、少しばかりクレアは息を呑んだ。

 だが、硬直はたちまち、笑みになった。


「クレア、どこを見てるの?」


 ルビーの問いに、クレアは檻の中を指差しながら答えた。


「あれ、使えそうね。ルビー、耳を貸しなさい」


 檻の中にいる彼らは、声を出さなかったのではない。

 出せなかったのだ。

 轡を噛まされ、両手足に重りの付いた枷を嵌められていたからだ。


「分かった、魔物と話してみるね」


「さあて、クレア・メリルダークの本領発揮ってとこね」


 大小さまざま、これまた二十は下らない数の魔物が、檻の中からクレアを見ていた。


【読者の皆様へ】


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[一言] 侵入口から出ない意味が分からない。 主人公他もそうだが有利な設定をまるで無視させて、キャラ達をワザとマヌケにさせて話を無理矢理進ませる手法は、読む側としてはかなりキツイ。 作者さんはきっと読…
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