透明
「……透明? 灰色じゃない、それ」
「被ったら透明になるんだよ。結構高い商品だったから、一枚しか買えなかったんだけど、効果は抜群だと思うぜ。ほら、二人ともこれの中に入って」
灰色の見た目から、到底効果を期待できなさそうな視線を向けるクレアだったが、ハーミスに言われるがまま、ルビーと一緒にマントを被った。二人――しかも片方はドラゴン――が入っても余裕があるくらい大きな布は、彼女達をすっぽり覆った。
二人からは外の景色がやや暗く見えるくらいで、透明になったか否かはさっぱりだ。
「中からだと余計に分からないじゃない! 本当に透明になってるの!?」
クレアは不安げに、外側の二人に聞いた。
彼女の心配は杞憂だ。ハーミスとシャスティから見ると、二人の姿は完全に風景と同化していて、ちらりと見える足元以外は、すっかり透明になっていたからだ。
「すげえ、透明だ」「透明だな、驚いた」
二人が外で驚いているのを見て、ようやくクレアも、透明になったと自覚したようだ。
「あんた達がそう言うなら、透明になってるんでしょうけど……って、ちょっとルビー、はしゃがないでよ! ただでさえ狭いんだから、マントの中!」
「わーい、透明だ、ルビーお化けになっちゃったーっ!」
マントの中でルビーが喜ぶ度に、マントが翻って中身がちらりと見えるのを眺めながら、シャスティは大袈裟なため息をついた。
「……大丈夫か、この二人に任せて……」
「いきなりキレて矢を撃ち込むほど間抜けじゃないから、そこは安心しなさい」
「だからよせって、喧嘩腰になるのは。とにかく、俺とシャスティの後ろに付いて、聖伐隊の駐屯所に入るぞ。俺が隊員に話しかけるから、子供達の場所を聞き出せたら駐屯所を出て、行動してくれ……何かあったら、バイクの辺りで落ち合おう。そんじゃ、行くぞ」
「はいはい、やってやるわよ」
互いを睨み合う二人を仲裁しつつ、ハーミスを含めた四人は路地裏から大通りに出た。
てっきり大騒ぎになるかもしれないとハーミスは覚悟していたが、不思議と誰も、こちらを注視しなかったし、悲鳴も上げなかった。透明な二人が見えていないようで、且つ前方の二人がただの聖伐隊の隊員に見えているかのようだ。
近くを歩いている隊員も、一行を気にしていない。金髪、銀髪は目立つかと思ったが、隊員にもそんな髪色の者はいるし、そう珍しくないのだろうか。
すたすたと歩いて、四人はあっという間に駐屯所に着いた。高い格子と白い壁に覆われた大きな建物の門には、二人の見張りがいた。
「よう」「失礼する」
「ん、ああ」「戻ったか」
しかし、見張りの隊員はこれまたあっさりと彼らを通した。
努めて平静を装いながら、四人は駐屯所の中に入った。大きな螺旋階段は三階まで続いていて、赤い床と飾られた絵画、大きなシャンデリアを含めて、歩いているのが聖伐隊の隊員である点を除けば、まるで貴族の屋敷に潜入した気分だ。
「案外すんなり入れてくれるものだな。私の耳はちゃんと隠れているか?」
「ばっちりだよ。俺もちょっとだけ髪形を変えてみたんだが、ばれてねえか……おっと」
二人がうろうろと歩いていると、向こうから茶髪の男性が歩いてきた。当然、白い隊服を着ている彼は、見ず知らずの二人にやや怒っているようだった。
「おい、お前達! 町で騒ぎがあったというのに、どうして出動していないんだ?」
ただし、正体を知っているからではないようだ。
(マジでばれてねえよ。節穴すぎるだろ、聖伐隊)
ここぞとばかりにシャスティの前に出て、ハーミスは情報を聞き出した。
「いや、実はあの連中がエルフの子供を狙ってるって噂を聞いてな。先回りして奴らを一網打尽にできないかと……どこに収容しているか、忘れちまったんだ」
「何だ、そんなことか。バント様が言っていただろう、エルフは奴隷商人、ジョゴに預けていると。我々があの畜生共を狩って方々の奴隷商人に渡す、いつものやり方だぞ」
「あ、ああ、そうだったな。生命翡翠も同じところにあったっけか?」
「そうだ、もし連中が翡翠も一緒に狙っているなら、奴隷と一緒に屋敷の地下に隠してあるし、今日中に移動させないとな」
驚くほどあっさりと、情報は聞き出せた。やはりジョゴが、エルフの子供を監禁しているのだ。しかも生命翡翠も同じところにあるならば、屋敷の場所も聞けば、一石二鳥だ。
屋敷の場所を聞こうとしたハーミスより先に、隊員が面白げな調子で笑った。
「明日には富豪達が参加する競りで売り飛ばす予定だ。エルフ連中のおかげで我々は金に困らなくて助かるよ。エルフ様様だな、ははは」
自分の後ろで、シャスティが指の関節を鳴らす音が聞こえた。ここでもし、感情の赴くままに隊員を殴り殺せば、作戦は全てご破算になってしまう。
少なくとも屋敷の場所を話させて、透明な二人を移動させるまでは。
「落ち着けよ。今は駄目だ、クレア達が動けるくらい情報を集めてから……クレア?」
ただ、気づかれないよう小声で話すハーミスは、気づいてしまった。
自分達の後ろにいるはずのクレアの気配がなく、おまけに声をかけても返事がない。反応もないのを感じて、ハーミスの嫌な予感は、的中しつつあった。
「……まさか、もう行っちまったのか……?」
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