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没収


 サバイバル道具一式を四次元ポーチに押し込むのは、簡単だった。

 軽く押し込むだけで、ポーチの方にサバイバル道具が吸い込まれていき、たちまち消えてなくなる。エルフも、他の仲間も目を丸くしてその光景を見つめていた。バイクだけがその場に残った。

 じっと森の先を見つめるシャスティに、ハーミスは聞いた。


「……その屈辱ってのは、エルフの男とか、子供達がいないのに関係があるのか?」


 檻から出たハーミスは、既にエルフの里のおかしさ――人間的視点だが――に気付きつつあった。だから、シャスティに聞かずにはいられなかった。

 いずれの家屋も木で組み上げられ、床が高く、中央の広場を囲むように作られている。エルフ達は狩った獲物を調理したり、川から汲み上げてきた水を運んだりして生活しているが、いずれもシャスティと同年代か、少し年老いている者ばかり。

 純粋な疑問をぶつけるハーミスの口を慌てて塞いで、クレアは上辺の笑顔を見せた。


「ちょ、ちょっとハーミス、余計なこと聞かなくていいのよ! へへ、すいやせん、あたし達はこれからささっと去りますんで、お気になさらず……」


 しかし、シャスティは二人を見ずに、静かに答えた。


「……男は最初からいない。エルフ族は、森の最奥にある神の樹の中から生まれる。『生命翡翠』と呼ばれる森の生命エネルギーの結晶が、長らくエルフを生み出していたのだ」


「それ、ルビーも知ってる! ママから聞いた、森のエルフの生命の証!」


 ルビーがそう言うと、ようやくエルフは振り向いた。


「ドラゴン族も知っていたか。とにかく、生まれてくるエルフ族は女しかいない」


「だったら子供はどうなんだ、えっと……」


 右目を隠したエルフは、金色の髪をかき上げながら答えた。


「……シャスティだ。随分と好奇心旺盛だな、貴様は。殺されるかもしれないのに」


「ハーミス。ハーミス・タナー・プライムだ。こっちのうるさいチビはクレア・メリルダーク、こっちのドラゴンはルビーだ」


「誰がうるさいチビよ!」「よろしく、エルフさん!」


 二人を紹介したハーミスは、全ての荷物をポーチに直して、話し続ける。


「ついでに言うなら、殺されるならさっきやられてるさ。それにあんたも、他のエルフも、見たところ悪い奴ってわけじゃなさそうだしな」


 シャスティからしてみれば、ハーミスはおかしな人間だった。死を怯えているようにも見えないし、敵意も感じられない。まるで、空っぽな死人のようだと思っていた。

 他のエルフの面々も同じように思っていたからこそ、話しやすかったのかもしれない。


「……フン。聖伐隊がいなければ、我々も無為に人を捕えるようにはならなかった。それで、どうして子供達がいないか、だったな」


 シャスティが話を切り出そうとした途端、他のエルフが会話に割って入った。


「聖伐隊に連れて行かれたのよ、生命翡翠と一緒に」


 そのエルフは、さっきシャスティと一緒にハーミス達を尋問しようとしたエルフだった。どうやら事情をぶちまけたくてたまらなかったようだ。

 よく見ると、広場にやって来たハーミス達を、他のエルフ達が囲んでいた。彼らに怒りのたけをぶつけるかのような口ぶりに、ハーミスは困惑する。


「子供達を……どうして!?」


 するとクレアが、呆れた調子で言った。


「あんたねえ、ちょっと考えてみなさいよ。こんだけ美人がいて、しかも聖伐隊が怖いから抵抗できないのよ? てきとーに掻っ攫って、奴隷として売りさば……」


 言おうとしたが、髪を掠めた矢によって自分の末路を悟り、口を噤んだ。

 瞬時に弓を構えて、彼女に矢を放ったのは、これまたほかのエルフだ。的確に前髪を掠めたエルフの弓の技術と、話をするからといって、侮辱が許されるはずがないということを、クレアは同時に理解した。


「言葉には気を付けなさい、頭を射抜かれたくないならね」


「…………ひゃい……」


 青ざめてがくがくと震えるクレアを置いて、シャスティは話を続けた。


「だが、この女の言い分は事実だ。奴らはつい最近、相当な数の人間を引き連れ、森の魔物を滅ぼしてこの里にも来た。我々も抵抗したが、多くの被害を出した……ただの雑兵なら相手もできるが、幹部が出てくれば、不利は明確だった」


「……幹部……」


 ハーミスが俯く。聖伐隊の幹部ならば、恐らく『選ばれし者達』。そしてハーミスの幼馴染であると思うと、どうにも複雑な気持ちになってしまう。


「このままじゃ私達まで連れて行かれるって時に……姫が、人質を名乗り出たの」


「姫?」「姫って? お姫様?」


 クレアとルビーが同時に問うと、エルフ達が答えた。


「そうよ、我らが里の長老の一人娘、ベルフィ様。彼女を守る為に私達は戦い続けたの、長老が連中に殺されても……けど……」


 エルフの一人が、少しだけどもった。

 三人は言いにくいことがあるのかと察したが、先にシャスティの感情が溢れ出した。


「――ベルフィ様は、自ら奴らの奴隷になると、幹部の奴隷になると言った!」


 唐突に大きな声を出したので、三人どころか、周囲のエルフも驚いた。

 つい先刻までは、シャスティは気こそ強いが、常に冷静さを保っているエルフだった。それがまさか、ここまで激昂するとは、ハーミス達は思ってもみなかったのだ。


「自分をどうしても良いから里には手を出すなと! ならば我々が流した血にはなんの意味があったのだ! 子供達を、翡翠を奪われ、あまつさえ戦う意味すら……」


 怒りのあまり言葉すら出なくなった彼女を、他のエルフが慰める。


「落ち着いて、シャスティ。とにかく、私達が聖伐隊を憎んでいるのは、そういうことよ……生命翡翠を奪われ、子供達を奪われて未来がなくなった。そしてベルフィ様は、彼女を気に入った幹部の奴隷になり、エルフ族は誇りすら失われたの」


「今や我々は、聖伐隊のお情けで生かされているだけの虫けら同然だ……!」


 ハーミスが今のシャスティの気持ちを理解するのは、きっと不可能だろう。子孫を残すことも、里を治めることも許されていない。聖伐隊の現状維持は、即ち滅びだ。

 散々な有様を見て、それでもここでの生活を享受するエルフ達に、クレアが言った。


「……よくもまあ、そこまでされて、あたし達を逃がそうなんてしてくれたわね。あ、いや、悪い意味じゃなくて、人間そのものを憎んでもおかしくないって……」


「全てを憎むわけにはいかないわ。何もかもを憎めば、聖伐隊と同じだもの」


 同じところまで堕ちたくない、というのが、彼女達の唯一の支えなのか。


「クレア、奴隷って……」


「ああ、ルビーは知らない方が良いわよ。金持ちに売られて、きつい仕事を死ぬまで強制されるか、口にするのも憚られるような奉仕をさせられるかのどっちかよ」


 クレアのざっくばらんな説明でも、奴隷の行く先など知れている。エルフ達の耳にも入り、一同が改めて現実に直面し、失意に呑まれかけた時、ハーミスが口を開いた。


「……シャスティ、そいつらはどこに?」


 エルフの仲間の手を離れ、シャスティは彼を見つめて答えた。


「……連中は森を抜けた先にある、ロアンナの街の駐屯所にいる。それがどうした?」


 彼の腹は、もう決まっていた。幹部の話を、聖伐隊の悪行を聞いた時から。


「――俺達が姫を助ける。エルフの子供も、生命翡翠も取り返してみせる」


 ハーミスの目的は、聖伐隊を滅ぼすこと。

 ならばエルフの村での横暴を、見逃す理由などないのだ。


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