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出発

 朝日が、ジュエイル村に差し込んだ。

 戦いの後は、殆どがなくなっていた。聖伐隊の死体は全て、村はずれに穴を掘って埋められた。僅かな血の痕と、破壊された村の家屋や道を除けば、村は取り戻された。


「……なに、これ?」


 そんな村だった場所の門の前に、ハーミスとクレアはいた。

 昨日の汚れはそのままに、ルビーに着せたコートをもう一度羽織ったハーミス。弓と矢筒も背負っているが、『弓手』のライセンスはなくなっている。

 クレアはというと、初めて出会った時と同じ格好。てきとうな家屋の中で眠っていたためか、少しだけ寝癖が目立つ。

 二人の前には、ここまで来るのに役立ってくれたバイク。

 と、その右側に備え付けられた小さな舟のようなもの。単体では動かないように見えるが、下部にはきちんと車輪が取り付けられている。色は当然、バイクと同じ青色。

 顎に手を当て、じろじろと眺めるクレアに、ハーミスが言った。


「『サイドカー』だってさ。まだ三万ウルほど余ってたから、三千ウルで買ったんだ。バイクの隣に付けて、そこにクレアが座るって感じだ。ほら、座ってみて」


 どうやら、クレアがバイクに乗る為の座席のようだ。中にはシートもあって、彼女が入り込んでみると、存外快適な空間である。


「どれどれ……おー、イイ感じ! でもあんた、今度からちょっと遅めに走りなさいよ」


「そうだな、またゲロを吐かれても困るし……あれ、ルビーは?」


 ふとハーミスが聞くと、クレアはサイドカーの中から、森の方角を指差した。


「あそこ。あたし達と作った、お墓のとこよ」


 正確に言うと、森の前に建てた、村人達の墓の前だ。

 クレアを置いて、ハーミスは森の前まで歩いて行った。いくつか並んだ墓はいずれも、石を置いただけの粗雑なものだったが、それでも弔いの為には必要なものだった。その中でも特に大きな二つの石の前で、ルビーはしゃがみ込んでいた。

 ドラゴンの彼女に合う服がなかったので、他の家の箪笥に入っていた白のシャツと赤いサルエルパンツを着せ、カーキ色のカーテンをマント代わりに羽織っている。どちらも尻尾と翼の部位に穴を開け、隠すこともできる。翼を出して自由に動かし、飛べるようにもなっている。

 そんな彼女は、ただ石の前で座っていた。何かを、話しているようでもあった。


「……ルビー」


 別れを惜しんでいるようでもあったルビーに声をかけるのは、勇気が要る行いだった。だが、彼女はハーミスの方を振り向いて、小さく微笑んだ。


「……大丈夫だよ、ハーミス。話したいことは、全部話したから」


 きっと、もっと話したかっただろう。もっと傍にいたかっただろう。

 今の彼女には、これが限界だった。これ以上ここにいれば、二人に迷惑をかけるとも気づいていた。だから、ゆっくりと立ち上がった。


「……ママ、村長さん。ルビー、行ってくるよ。ハーミスと一緒に……!」


 そして、はっと、森の奥に何かを見た。


「どうした、ルビー? 森なんかじっと見て……!」


 ハーミスも同じだった。数多の視線を感じ取り、驚愕するハーミスを見ていたクレアが、サイドカーから降りてきて二人に駆け寄る。


「ほら、さっさと村を出るわよ。成り行きであたしまで指名手配されちゃったんだから、とりあえず逃げないと……どしたの?」


「クレア……あれ、見てくれ」


 ハーミスが指差す先を、クレアは見た。そして、我が目を疑った。

 森の奥から姿を現したのは、巨大な狼や猪、ゴブリン、オーク、ロックリザード、その他諸々。どう少なく見積もっても二十種類は下らない魔物達が――しかもその倍の数で、森からハーミス達に近寄ってきていたのだ。

 それだけではない。よく見ると、村を囲うように、色んなところからやってきていた。昨日の聖伐隊の数など目でもないくらいの大群を前に、思わずクレアは気圧された。


「魔物!? 嘘でしょ、滅ぼされたんじゃないの!?」


 一方、ハーミスとルビーは、敵意を感じていなかった。魔物達はどれも、目に憂いを溜め、こちらを見つめていた。そして、ハーミスは気づいた。


「……滅んでなんかなかったんだ、人のいるところから隠れて生きていた……聖伐隊が思ってるよりずっと、魔物は強く、根深く、この地に棲んでいるんだ」


 聖伐隊は凄まじい力で魔物達を押し込め、滅ぼしたと思っていたのだろう。

 現実には、そうではなかった。恐るべき力に屈しながらも、細々と、影の世界の中で、魔物達は生きていたのだ。そして、帰ってきたのだ。

 ドラゴンとの盟約の地に。人と触れず、しかし共に生きる地に。


「それで、聖伐隊がやられたから戻ってきたわけね。あんたの功績よ、ハーミス」


 冗談めいてハーミスを肘で小突いたクレアの言葉を、魔物達は聞いた。

 ジュエイル村には、もう人がいない。聖伐隊が魔物諸共滅ぼした。その連中を討ち、魔物に再び生きる土地を与えてくれた者の名を。


「…………み、す」


 一匹が声を上げた。二匹、三匹と、種族を問わず声を上げた。


「……はあぁ、み、す」


 ハーミス・タナー・プライムの名を。我らが救世主の名を。


「はああぁぁみす!」「はあぁみす!」「はあみす!」「はあみす!」


 大合唱。

 ジュエイル村を囲む魔物達が、一斉になってハーミスの名を仰いだ。暴力によって全てを奪った聖伐隊を倒した、まさしく魔物にとって救いとなる人間として。


「……凄いわね、まるで魔物の救世主よ」


「救世主なんて、そんな大それたもんじゃない。俺はただのハーミスだ――」


 クレアがそう言うと、ハーミスは小さくため息をついて、答えた。


「――そんでもって、ただの復讐者だ。行こう」


 そして、次第に鳴りやんでいく歓声の中、バイクの方へと歩き出した。

 後ろを一度も振り向かないハーミスを見て、ルビーとクレアは顔を見合わせた。優しい復讐者など、一人で歩かせるには心配な要素が多すぎる。


「カッコつけちゃって。はいはい、どこにでもついて行くわよ」


「うん、ルビーも、ハーミスについて行く! ずっと一緒にいるよ!」


 そうでなくても、一緒に旅を続けるのだと、もう決めていた。

 いつの間にか静かになった村に、バイクのエンジン音が響く。クレアがサイドカーに乗り込むと、ルビーは翼を大きくしてはためかせ、宙を舞う。

 多くの魔物達に見送られながら、ハーミスは生まれ育った地――ジュエイル村を去る。

 バイクを奔らせ、空を駆けるルビーと共に。サイドカーに乗るクレアと共に。

 天啓にして復讐の許可証、『通販』(オーダー)スキルと共に。


「ところで、次の目的地は?」


「さあな。強いて言うなら、村長から昔、谷を抜けて東に進んだ先に獣人だけの街があるって聞いた。そっちの方に、寄ってみようかなってくらいだ」


「ったく、計画性がなさすぎるわよ、あんたは」


「グオオォ! ガオオォォ――っ!」


「いちいち吼えないの、結構五月蠅いんだから!」


 あてのない、しかし進むべき道の決まった旅は、始まったばかりだ。


【読者の皆様へ】


これにて第一章、完結です。

続いて第二章、本日夜更新です!


広告の下側の評価欄に評価をいただけますと継続・連載への意欲が湧きます!

というかやる気がめっちゃ上がります!!

ブックマークもぜひよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] シンデレラボーイ聴きながらこれ読んでたんですけど、 めっちゃ良いとこで最高の場面来て感動した
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