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HERMES


 後に『レギンリオルの奇跡』と呼ばれる戦いがあった。

 軍事国家レギンリオルと癒着した宗教組織『聖伐隊』の大々的な企てによって、国内の人間が全て異形の存在に成り果てた、あまりにも凄惨な事件。

 あわや国外にまで怪物が乗り出し、恐るべき侵略が始まりかけた時、国の中心部で必死に彼らを食い止めたのは亜人や魔物達の連合軍だった。

 彼らは皆一様に、この世界では現状有り得ないほど高度な文明の武器や乗り物を持ち、しかも誰もが何者かに導かれてここに集まったのだと、口を揃えて言ったのだ。最大最悪の世界の危機を前にして終結した者達の戦いは、果たして勝利に終わった。


 多大な犠牲を払いながら、国を焦土としながらも、世界の危機は回避された。

 後に、レギンリオルは人どころか生命の住まわない土地として、暫くしてから人間同士が争って領土の覇権を争う土地となった。廃墟に点在する謎の武器を回収し、研究する人間もいたが、終ぞ技術的な成果は得られなかったという。

 聖伐隊の存在は、多くの国でタブーとなった。口にするのも憚られる破滅主義の危険集団として扱われ、この集団に対してのみ言論統制が敷かれる国も多かった。


 一方、戦争の立役者と呼ぶべき亜人達は、この土地に残らなかった。

 レジスタンス組織『明星』は解散し、各々かつて暮らしていた地域へと戻っていった。『獣人街』のギャングは家族と仲間が待つ街に戻った。

 ゾンビ達だけが、『忌物の墓』と呼ばれている地域へと帰り、生き残り達が互いの首を刎ね合い、ただの死体へと戻った。首魁であるアルミリアも同様に死体となった。きっと、付き人のオットーが動かなくなった時から、決意していたのだろう。


 こうして、たった一日限りの戦争は終わった。


 ただ、唯一の謎だけは、何年経っても解かれなかった。

 これだけの亜人達を率いて、謎の力を与えた者は誰だったのかと。

 誰もが口を揃えて、そういった人物がいたとは言った。しかし、誰も彼も、それがどんな人間だったのか、そもそも人間だったのか、覚えていないのだ。記憶の喪失ではなく、最初から何者かに対する記憶が欠落しているかのようだった。

 様々な憶測が巡り、仮説が立てられたが、結論は一つに固まった。


 ――どこからか現れた救世主が、虹の力を使い、侵略者を押しのけたのだ、と。

 武器や乗り物も彼が与えてくれたということになった。戦いが終わると空に虹がかかっていたというのも証拠として扱われた。あまりに荒唐無稽な話ではあるが、こうでも結論付けなければ、誰にも理解できない事象だったのだ。

 人々は納得した。無理矢理にでも納得させた、ともいえるが。

 そのおかげか、謎は伝説となり、ゆっくりと風化していった。


 だが、世間で言うところの事実に、納得をしない者達もいた。


 ◇◇◇◇◇◇


 『レギンリオルの奇跡』から一年が経った。

 未だ争い合うかつての軍事国家から遠く離れたとある街に、その三人はいた。

 一人は、盗賊を名乗る少女、クレア・メリルダーク。人間でありながら『レギンリオルの奇跡』に参加し、ただの盗賊にもかかわらず、最後まで生き延びた。一介の人間がどうしてそこにいたのか、一部の界隈では謎として囁かれていた。

 一人は、人の姿を象った竜、ルビー。多くのワイバーンを率いて戦場を駆け抜けた彼女だが、翼の片方を死闘でもがれ、現在は飛べなくなってしまっている。とはいえ、竜の威厳は未だ残っている。

 一人は、元レギンリオル所属の天才魔女、エル。物体に干渉する魔法を使い、仲間を守ってきた実力は折り紙付き。かつては瞳が六芒星の文様を得ていたが、決戦で多大な力を使った副作用か、今はただの桃色の瞳となっている。

 多くを失ったが、命を得た三人。彼女達は今、街から旅立とうとしていた。


「――本当に行くのですか、クレア?」


 目的はただ一つ。

 自分達と共に旅を続けていた誰か――救世主の正体を知ることだ。


「あたし、どうにも引っかかるのよ。皆は救世主が出てきて助けてくれたとかなんとか言って納得しようとしてるけど、あたしは納得いかない」


 クレアは覚えていた。名前も、姿かたちも思い出せないが、確かに誰かと一緒に旅を続け、レギンリオルまで来たのだと。人々は嘘っぱちだと、記憶の捏造だと笑ったが、クレアは真実だと信じて疑わなかった。


「大事なことを忘れてる、そんな気がする。いつでも一緒にいた誰かを忘れてるのよ」


「クレア、誰かって?」


「それを確かめに行くのよ。あんた達もここにいるってことは、しこりが残ってるんでしょ? その誰かと一緒に居たんだって、心のどこかで覚えてるんでしょ?」


 彼女が問うと、ルビーも、エルも頷いた。


「……貴女の言う通りですね。ええ、覚えています、誰かがいたのを」


「ルビーも覚えてるよ。思い出せないのが、なんだかつらいのも」


 彼女達も、一緒に旅をしていた。その誰かに、悲しみの淵から救ってもらったように覚えていた。虚しさの死を怒ってもらった記憶がある。なのに、その何者かが記憶から抜け落ちているのが、どうにも気にかかり、許せなかった。


「なら、話は決まりね。あたしが覚えている旅路を、もう一度戻ってみる。そこで話を聞いて、一つでも手掛かりを捕まえて、きっと必ず、そいつのことを思い出してみせる」


 だから、どうするかなど、決まっていた。

 永遠に続く旅路に、生涯を注ぐ。果てなき道の道、先の先に、答えを探す為に。


「終わりのない旅ですね。覚悟はあるのですか?」


 街と外を繋ぐ門の前で、クレアは笑って言った。


「ただの盗賊で死ぬ人生より、あたしはこの道を選ぶわ。ほら、行くわよ」


「うん、行こう!」


「仕方ありませんね、着いて行きますよ」


 二人はクレアについて行くように、門の外に出た。

 この旅の結果を、世界の誰も知らない。どこにも記されていない。

 そんな必要はない。


 これは彼女達が真実を知る為の旅――世界から忘れられた旅なのだから。


 ◇◇◇◇◇◇


 こんな噂話がある。

 人々に貶められ、辱められ、死の淵に辿り着いた者だけが得られる腕輪がある。

 それを嵌めた者は誰も知らないスキルを手に入れ、自らを終わりへと導いた者へと復讐する資格を得られる。未知の力を獲得し、望むなら世界を統べられる。


「…………何だろう、これ……」


 例えば、無能を理由に家族から森に置き捨てられ、ただ死を待つだけの少年。

 彼には資格が与えられた。だからこそ、目の前に黒い腕輪が転がっていた。何かの助けになればと思い、そっと手に取り、右腕に装着した。


「わっ!? な、なに!?」


 恐る恐る腕輪を嵌めた少年は、聞き慣れない音と突如現れた黒い闇、そして中から見たこともない乗り物に乗ってやって来た男に驚き、しりもちをついた。

 彼は、黒い衣服を身に纏って、銀色の髪を靡かせた。

 青い瞳で少年を見つめ、懐かしいものを見るような調子でにやりと笑って、言った。


「――まいど、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』だ」


 銀髪の青年。

 名をキャリアー。


 彼の過去は、誰も知らない。


【読者の皆様へ】


今回で最終回となります。

毎日更新を続け、二百話を越え、どうにか最終回を迎えることができました。

急ぎ足のクライマックスではありましたが、個人的には満足しています。


最強系主人公で売り出していたハーミスの最期については、物語を作り始めた頃から決めていました。彼は復讐者であり、そんな人間にハッピーエンドは絶対にやってこない、だからこそ死ななくてはならないというのが僕の考えとして定着していました。

ただ、執筆している間にどうにも愛着がわいてきて、結果として記憶から失わせました。最強なら死なねえだろとも思いましたが、やはり罰は受けるべきだとも思ったのです。

なので、最後のキャリアーが何者なのかは、ご想像にお任せします。


最後に、ここまでご愛読いただきましたこと。

本当に、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化されてないのが残念なくらい素晴らしい作品をありがとうございました。
[良い点] 完結お疲れ様でした!! 追ってきて良かった♪ 最高に面白かったです(*´∀`)♪
[一言] お疲れ様でした!とても面白いと思います。
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