終焉⑦
目が覚めた。
ハーミス・タナー・プライムは、立っていた。
瞳を開いたハーミスは、ただ闇が世界に広がっているとばかり思っていたが、違った。
「……あれ?」
白い世界だ。
どこまで見ても真っ白な世界の中心に、消え去った右手の義手以外はいつもの格好で棒立ちしている。彼は、自分の状況がまるで理解できなかった。
ハーミスの記憶ははっきりとしている。門をくぐって暗黒空間に入り、巨大なローラと戦った。そして、あまりにも呆気なく死んでしまった。凄まじい力の片鱗だけで焼き尽くされたのに、顔を触っても火傷の痕はない。怪我もない。
「俺、さっき確かにローラにやられたはずだろ? どうなって……?」
頭の中に延々と疑問だけが浮かび続ける彼に、背後から声をかける者がいた。
「お世話になっております、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
振り向いたハーミスから少し離れたところに立っているのは、通販アイテムを四次元空間から運んできてくれる運び屋、キャリアーだ。
いつもの真っ黒なスーツを身に纏った彼女は、ヘルメットを着用していないし、バイクにも跨っていない。いつもの無表情で、人形のように直立している。
「キャリアー!? どうなってんだよ、これはいったい!?」
驚いた調子で問うハーミスに、キャリアーは淡々と答えた。
「これまでのご利用ありがとうございます。お客様が死亡されましたので、お客様のみに与えられる最後の特典についてお伝えしにまいりました」
「最後の……特典? というか俺、やっぱり死んだのか?」
「はい、死亡されました。肉体は完全に消滅している為、本来ならば『通販』等のアイテムを使用しても再生はできません」
もしかするとまだ生きているのではないかと、淡い希望を抱いていたハーミスだったが、キャリアーの真顔の返答でそれはあっさりと砕かれた。
期待はしてみたが、やはりそんなものだ。第一、外神と融合したローラが、ハーミスを見逃すほど甘いとも思えない。自分が死んだと認識してから、世界の命運や地上で戦っている仲間達のことが、頭にフラッシュバックしてきた。
きっと今も、外神のしもべと戦っているのだろう。ローラが暗黒空間の向こうで、地表を焼き払うほどのエネルギーを溜めていると知らずに。地上での戦いなど、聖女からすればちょっとした遊びに過ぎないと知らずに。
神妙な面持ちになったハーミスは、キャリアーの話を聞くことにした。
「……そんな奴に与える最後の特典って、何だよ」
キャリアーはこれまた淡々と、彼に与えられた最後の資格を教えた。
「お客様はゴールドシップに到達し、且つこの世界において英雄と称されるほどの偉大な存在となりました。その魂を代金として、商品の購入が可能でございます。加えて、僅かではありますが元の世界に戻ることも可能です」
つまり、最後のチャンスを。あの世界に戻り、ローラを倒すチャンスを。
確かに、『通販』スキルのシステムには、価値のある金品等を商品代金として充てられる。アイテムの貴重性を重視して、ハーミスはなかなか使ってこなかったシステムだが、こんな時になって役に立つとは。
「魂を代金にって、物じゃねえのに出来るのか!? いや、物で支払うのもそんなにしてこなかったけどよ……まあ、いいか」
色々と気になる点は多いが、今のハーミスにとって大事なのは一つだけ。
「『おまかせ購入』、使えるか? ローラを倒して、外神の侵略を止めるものがあるか?」
ローラを止める手段を、最後の『通販』で購入するだけだ。
自分が選ぶよりも、これまで必ず効果のあったキャリアーのお任せ購入に頼った方が良いだろうと彼は思った。キャリアーはこれまた無言で頷いた。
「ございます。ただし、注意事項を先にお伝えさせていただきます」
冷たい声だったが、いつもと違う調子に聞こえた。
「先ず、魂を代金として購入された場合、この世界や別の世界への、生まれ変わりなどの恩恵にはあずかれません。生命も魂も、永遠に『ラーク・ティーン四次元通販サービス』によって管理されます。それでも――」
もしかすると、ハーミスの身を案じていたのかもしれない。これまで感情など一切ないように思っていたが、ずっと心配してくれていたのだろうか。
ハーミスは有難く思いながらも、結論を変えるつもりはなかった。
「何だ、それだけかよ。構わねえよ、皆を守れるならな」
「……畏まりました。商品購入、完了です」
にっと微笑んだハーミスの前で、キャリアーは初めて、口角をほんの少しだけ吊り上げた。そしてズボンのポケットから、虹色に輝く一枚のライセンスカードを取り出した。
まるで、最初からハーミスの選択と希望を知っていたかのように、彼女はゆっくりとハーミスに近づくと、彼の左手にライセンスを握らせた。
「では、こちらを。本来販売されない最後のライセンス、『創世者』でございます」
彼はほんの僅かな間、ライセンスカードを見つめていたが、掌の中で握り潰した。
いつものようなステータスの書き換えは行われなかった。代わりに、ハーミスの体中を七色の光が包み、彼の内側に湧き出るような力を漲らせた。
『創世者』がどんな力を持っているのかを、彼は今理解した。人知を超越した力はこれまで何度も得てきたが、最後の買い物だけあって、この職業に与えられたスキルは、人間の域を遥かに飛び越え、神の力を彼に託していた。
残された左手の掌で、光の粒となって消えてゆくカードを見つめていると、キャリアーの足元に視線が向いた。彼が顔を上げると、彼女は足元から消えかかっていた。
「またお会いしましょう。お客様としてでなく、同業者として――」
彼女は機械のような声に初めて人間らしさを混ぜて、何かを言おうとした。しかし、全てを言い終えるよりも先に、キャリアーの姿は消えてしまった。
ハーミスには、彼女が何と言おうとしているのか、真意に気付いていた。
「ああ、きっとな」
彼女がいなくなるのにつれて、白い世界が黒く染まってゆく。最後の機会として、ローラがいる暗黒空間に、ハーミスを戻してくれているのだろう。
決意は決まっていた。
残されたほんの僅かな時間を全て捧げ、ハーミスは復讐を終わらせる。
仲間に残す言葉も考えず、黒く消えゆく世界に身を委ね、彼は瞳を閉じた。
肌に触れる空気の感触が変わった。併せて、この世の闇の一切合切を凝縮したような気配が彼の前にそそり立つ。目を開かずとも、誰がいるか、どこにいるか、何もかもが理解できる。『創世者』となった恩恵か、それとも。
いずれにせよ、ハーミスが瞳を開いた先にあるのは、さっきと変わらない世界。
七色に染まった両目をぱっと開き、ハーミスは言った。
「――待たせたな、ローラ。帰ってきたぜ」
目の前に広がる巨大な闇と、真ん中で蠢く外神・ローラに向かって。
エネルギーを未だに溜め込んでいた彼女は、どろりと濁った眼の奥に、微かな驚愕を抱いているようだった。
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