終焉②
作戦自体は、いたって単純。作戦と呼べるかも怪しい。
大量の輸送機で輪に突撃し、ハーミスだけが闇へ潜り込む。そして中にいるはずのローラと戦い、倒す。単純明快ではあるが、ならば全員で暗黒空間に挑み、共に戦った方が良いのではないかと思うのは、当然だ。
「ハーミス一人で、ですか? 危険すぎます」
しかし、エルの疑問に、ハーミスは首を横に振った。
「いや、ローラとやれるのは俺だけだ。そんな気がするんだ」
「気がするって、あんたねぇ……」
呆れるクレアの隣で、ニコとリヴィオは彼の提案に同意した。
「ハーミスを信じよう。だが肝心なのは、輸送機で目的地に向かえなかった時だ」
「うむ、わしも考えとった。もしも敵に対策があったとして、地面からどうやって輪の中に向かう? かなりの距離があるぞ」
十分にあり得る事態に対して、ハーミスはサブプランを提示した。
「――その時は、塔を使う」
塔を使う。一同でなくとも、謎の残る――理解できないプランだ。
「塔? 噂の、聖女の塔のことですかな?」
オットーが聞くと、ハーミスは彼に目を配せながら、『注文器』を開いた。
カタログ画面を皆に見せるように開く。青いスクリーン画面には、鎧のようなアイテムと、背中から延びた銀色の巨大な筒が映し出されている。
これだけを見せても、きっとさっぱりだろう。ハーミスはカタログ画面を指差しながら、一同にアイテムがどのような機能を持っているかを説明した。
「そうだ。『装甲型大気圏外加速射出装置』……簡単に言うと、これは装着した人間を上に飛ばす装置だ。塔を発射台、つまり道に見立てて、俺がこれで空に行く」
こんな説明で、話が到底通じるはずがない。
「たいきけん? かそくそうち?」
ハーミスは自らが常にラーニングしているから、簡単な説明で理解できるが、他の面子は顔にクエスチョン・マークを浮かべている。ルビーの反応が、その最たる例だ。
「発射台とはさっぱりだが、要するにこれで空を飛べるんだな?」
だが、中にはシャスティのように、機能は理解できずとも、意味は理解できる者もいる。全員でなくとも、一部だけ分かっていれば十分だと思ったのか、カタログを仕舞った彼は、それ以上説明をしなかった。
「垂直にしか行けないけどな。問題もある……とんでもない数の敵がいる聖伐隊の本部まで辿り着いて、更に射出までの時間を稼いでもらわなきゃいけねえんだ」
死を恐れない、死を覚えない無数の従僕。グルーリーンであの数だったのだから、聖女の塔や聖伐隊本部ではもっとずっと、沢山の敵が待ち構えているはずだ。そんな奴らを蹴散らし、しかも空に向かう準備を完了させる間、時間稼ぎまでしてもらう。
聖伐隊を相手にするのとは次元が違うと言っても過言ではないほど、危険な戦い。そんな戦いに、ローラとの私怨を混ぜ込んで巻き込むのに、彼はまだ抵抗があった。
「……なるべくなら使いたくない。皆を犠牲にする、一番大きな要因だ――」
ああ言った矢先、撤回もできず、悶々としていたのだろう。
そんな彼の心境を察していた仲間達は、ベルフィを皮切りに、彼に言った。
「犠牲ではありません、ハーミス様。これは、わたくし達が選んだ道でございます」
困惑したような、驚いたような表情のハーミスに、仲間達は笑いかけた。
「わらわ達はみな、どのような理由であろうとお主に力を貸すぞ」
「世界の危機だ。義に生きるギャングが、手を貸さない理由がないだろう、ハーミス?」
ギャングの隣で狂ったように頭を縦に振るモルディとカナディの横にいるクレアが、ハーミスに一層微笑んだ。いつものからかった様子ではなく、優しい笑みを見せた。
「……とまあ、こういうこと。犠牲にもなってないのに、心配性よ、あんたは」
「問題ないよーっ!」
「大船に乗ったつもりでいてください。貴方という宝を、沈ませる気はありませんよ」
エルとルビーも、同じ気持ちのようだ。
「……ありがとう」
不安の様相を安堵に変えたハーミスの耳に、ゾンビ達の声が聞こえてきた。
「――おーい! 準備が整ったぞーっ!」
荷物が積み終わった。即ち、戦いの準備が整ったのだ。
黒い武器も、爆弾も、ラーニング装置も、防護服も空っぽ。一切合切を詰め込んで、残ったのは黒い箱だけ。中にはそれすら詰め込んだゾンビもいるようで、改めて、彼らの作業の早さと適格性に驚かされる。
魔物も巨人も、翼の付いた輸送機に押し込まれている。少し窮屈そうにも見えるが、いずれにしろ、ワイバーンを除く全員が搭乗したのだ。準備は整った。
ぐるりと囲んだ仲間達全員と目を合わせた後、ハーミスは叫んだ。
「……行こう。これが最後だ、あいつらと決着をつける!」
「「おぉッ!」」
互いに、己に喝を入れた幹部達は、各々の輸送機へと乗り込んでいった。
アルミリアとオットーはゾンビ部隊の先頭の、ベルフィ達『明星』の隊長は同胞達の先頭の、ニコとリヴィオはギャング達の先頭の輸送機に入ってゆく。ハーミス一行は、誰も乗っていない、残った輸送機に搭乗する。
今も、彼の周囲に浮いている『探知器』の目が動く。クレアはハーミスがコクピットの座席に座るのを見つつ、簡素な造りの座席に腰かけ、彼に聞いた。
「ハーミス、ここから飛んでいくつもり? 結構時間、かからない?」
ラーニングされた通り、計測器やレバーを確認しながら、ハーミスは答えた。
「いや、俺の中にある『転移』の残った力を全部使って、ワイバーンと輸送機を限界まで聖女の塔に近づかせる。直ぐ近くとまではいかねえが、かなり接近は出来るはずだ」
『転移』スキルをまだ使えるのか、と三人が驚くのは当然だった。というより、そんな説明をさっきは一度もしていなかったのが、随分な説明不足だ。
「そんなこと、できるの!?」
「そもそも、限界まで使えば、貴方の魔力が尽きますよ!?」
「計算は済んでる。やれる範囲で、きっちりやってやるさ」
こう言われると、信じると言った以上、反論の余地はないのだ。
顔を見合わせ、軽く鼻を鳴らして納得した三人にハーミスが内心感謝をしていると、『探知器』の目の動きが止まった。つまり、移動先が固定された。
「よし、座標固定! 総員、輸送機の浮遊魔力エンジン、起動! 五のカウントで、向こうにワープするぞ! 移動先は空だから、転移したら直ぐに前進させてくれ!」
手元にある通信機を掴み、ハーミスが命令すると、周囲全ての輸送機の背部と翼の下にある丸い部位から、紫色の魔力が放出される。風を下から受けているかのように、ゆっくり、ゆっくりと地面から離れていく。
魔物や巨人達だけの輸送機は、ハーミスが乗る輸送機で操縦しているので、他と同じ挙動を見せる。機械の動きに合わせて、ワイバーン達も翼をはためかせる。
いよいよ、輪の輝く暗黒の闇と永遠の曇り空に突入する。
クレアのみならず、他の輸送機に乗る幹部達も無意識に、唾を飲み込む。
「五……四……三……」
時空の歪みを、肌が、輸送機が感じ取る。
「二……一……」
そもそもこれが飛ぶのか、疑いすら生まれても、もう遅い。
「――『転移』、最大能力、発動!」
ハーミスの言葉と共に暗黒が周囲を包み、平野から完全に、彼らが消えた。
残されたのは、ただ何もなかったかのようにあり続ける、背の低い草だけだった。
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