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誕生①


「――その前に、一つだけ質問させて。ハーミスは、神様って信じる?」


 話のさわりは、随分と唐突な質問だった。

 神の実在と不実在、信仰がどのように関係するのか、ハーミスにはさっぱりだ。


「何の話だ?」


「天啓を与えて、スキルを会得させる、人間にとっての神様。いると思う?」


 少しだけ考えて、ハーミスは答えた。


「……いるんだろうな。人間に天啓を与えるってぐらいだから、どこかにはな」


 職業の天啓を教えてくれる占い師やどこぞの村の村長に聞いたことはないが、きっと天啓を与える超大な何かは、存在するのだろう。ハーミス達人間が認識できるかはともかく、人間にのみ力を与える何かは。

 ハーミスの返答を聞いて、サンは小さく頷いて、またも別の問いかけをする。


「じゃあ、他の神様は? 亜人や魔物とかじゃなくて――そう、この世界以外の」


「だから、何の話だってんだよ。くだらねえ宗教論とか、学者みてえな問答を聞きに来たんじゃねえぞ。イカれちまってるってなら、話は別だがな」


 苛立つ彼を無視するかのように――事実無視して、サンは言った。


「理解しようとしないなら、一方的に説明するね。ハーミス、この世界の更に上、空の上には、別の世界があるの。そこには人間も、魔物も、亜人も、この世界と同じ生き物はいないの。別の生き物と神様が住んでるんだよ」


 荒唐無稽どころの話ではなかった。

 この世界とは別の世界、遥か空の上に存在する世界。そんな夢物語を聞かされて、信じろと言われたところで、今時は子供ですら信じないだろう。

 ハーミスだって同様だ。てっきりサンが、まともな会話も見込めないほど狂ってしまったのかと思ったが、そうではないと彼は察した。


「…………本気で言ってるみてえだな。目だけは、マジじゃねえか」


 ぎょろりと目を輝かせたサンだが、瞳の奥は澱んでおらず、寧ろ輝きを放っていたのだ。ある意味では狂っているともとれるだろうが、ハーミスは彼女が正常に異常な話をしているのだと悟ったし、サンもそのつもりなのだ。


「ふふっ、やっとわかってくれたね。そうなの、別の世界は存在するんだよ」


 こつん、こつんと音を鳴らし、ハーミスに寄ってきたサンは、彼の周りを歩き出す。ハーミスはというと、ただ話に耳を傾け、瞳を閉じ、自らの復讐心を律している。


「別世界の神様……私とローラは『外神』って呼んでるけど、彼らは暗い闇の中にある自分達の世界から、明るい太陽があるこっちの世界に来たがってるの。でも、二つの世界には大きな隔たりがあるから、こっちには来られない」


 感情の制御は、御伽噺のようなサンの説明を必死に咀嚼するのにも大事だった。少しでも気を抜くと、無駄な話だと断じて、手が出そうだったのだ。

 『外神』。いい意味だとは到底思えないし、良い言葉にも聞こえない。自分達が住んでいる世界を狙っている悪魔のような存在だと聞かされているからか、猶更頭に浮かぶのは、邪悪な幻影のような姿だ。

 そんな彼らが、どうしてまだこちらの世界にやって来て、侵略行為を行っていないのか。ハーミスの疑問に、サンの説明が答えとなってくれた。


「それでもどうにかこっちの世界に介入して、混乱を巻き起こそうともしてたんだ。分かるかな? こちらの世界で起きる天災や災害は、全部彼らが引き起こしてたの。津波、地震、戦争……世界を滅ぼすようなものは、全て」


 答えは簡単だった。

 真っ当な状態では、彼らは来られないらしい。とんでもなく迷惑な話だが、どうやら、破壊と混乱を齎してこそ初めて、外神とやらは世界侵略ができるようだ。


「理屈は知らないけど、こちらの世界が荒び、混沌とすれば、向こうからも介入しやすくなるみたい。けど、彼らの目論見は上手くいかなかった……こっちの神様が、とある天啓を与えた者に外神を止める役割を与えたからね」


 そんな邪悪な者達を止める、聖なる存在。ハーミスには、見当がついた。


「……聖女と『選ばれし者』、ってわけか」


 聖女。そして、『選ばれし者達』。

 後者にその義務があったのかはともかく、前者にはあったのだろう。サンの頷きと、これまで聖女が須らく死んでいるという話から、ハーミスは察せた。


「うん、正解だよ。これまでの聖女が皆、世を平定に導くと言われていた理由は、外神の企みを食い止めていたからだよ。その代わり、皆その時に死んじゃうんだけど」


「じゃあ、ローラにもその役割が?」


 サンは、今度は首を横に振った。


「そのはずだったんだけどね。ローラの先代の聖女の死因は、こちらの世界に一部だけやって来た外神との戦いだった。聖女は勝ったけど、代償として彼女が死んだ時に、ちょっぴり外神に介入する機会を与えちゃったんだ――天啓のシステムそのものに、ね」


 天啓の通りに生きることは良いことだ。自分に適した道が待っているのだから。

 ただし、その天啓に異常が起きているとすれば、正しさなど存在しない。どこかの誰かが、生きる道を無理矢理整えているのなら、そうなるように仕組んでいるのなら、天啓どころか、これこそ洗脳に等しい。


「彼らは清らかで正しい者に聖女としての役割を与える天啓に、僅かにだけど修正を加えられた。能力はそのままに、聖女となる条件だけを変えたの」


 そんな狂ったシステムが、誰を選んだのか。

 世界を救う聖女を、自分達に限りなく都合の良い道具として、侵略を成就させる為の道具として選んだ者を、ハーミスは知っていた。


「――自他ともに、世界すら滅ぼしたいとただひたすら思い続ける、生まれ持っての破滅衝動を持つ者に……そして自分達に協力の意を示す者に、聖女の力を与えたんだ」


 ハーミスは、ゆっくりと目を開いた。

 彼の眼前で、悍ましい笑顔を浮かべるサンの表情に欠片も動じず、彼は言った。


「……ローラだな。そして、お前らだ」


 人間離れして奇怪な笑みを見せつけるサンは、首の骨がないかのように頷いた。


「半分正解、かな。ローラが真実を教えてくれたのは、私だけだよ。他の皆は単なる『選ばれし者』で、外神は選ばなかった。みんな自分勝手で、わがままで、ローラの目的を叶える為の道具にしかなれなかったの」


「お前は違うって、言い切れるのか? ローラに使われるだけじゃねえって?」


「そんなわけないよ。ローラはね、私にだけ教えてくれたんだ。外神の望みと、この世界全てを外神のものにしちゃう計画を」


「全員、外神とやらに使われてるだけじゃねえか。エミーが話そうとしてたのは、その外神ってやつだったんだな。何とか交渉しようとして、失敗しようとしたってとこか?」


 カタコンベを襲撃してきたエミーの、包帯塗れの顔を思い出す。

 ローラに騙されたと言っていた彼女だったが、きっと外神との会話を試みようとして、ああなったのだろう。ローラが何を話そうとしていたのかはともかく、失敗に終わったのは間違いない。

 ハーミスに計画を鼻で笑われたのが癪に障ったのか、サンの笑顔が歪む。


「……話そうとしたのは、私達と彼らを対等な関係にしようとしただけだよ」


「やっぱり格下扱いじゃねえか。協力なんて言いぶりの時点でお察しだがな」


「…………どっちでもいいよ。とにかく、私とローラは、外神の計画を聞いて、協力してあげることにしたの。彼女の願いを叶える為にね」


 明らかに機嫌が悪くなったサンは、ハーミスからゆっくりと離れた。


「他の皆は、その犠牲になってもらったの。私達が作る、二人だけの世界の犠牲に」


 聖女の像の隣で、サンはうっとりと、狂気の喜びを体現した。

 ハーミスはただただ、矛盾と自己性愛の具現に、吐き気すらもよおしていた。


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[一言] エミーが対話しようとしてたのって、よりによってクトゥルフ神話の邪神かよ!?
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