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隔絶


 一方、廊下をひた走るハーミスは、ぎりりと歯ぎしりをしてしまった。


「あいつら、マジで死んだらただじゃおかねえぞ……!」


 仲間達を危険な敵の前に置いてきてしまったことも理由だが、お膳立てされなけれれば復讐に漕ぎつけられない自分の甘さにもだ。自分一人で敵を殲滅できたとしても、力は温存しておけと仲間に身を案じられる弱さだ。

 もっと、もっと強くいられれば。半ば後悔にも似た感情を渦巻かせながら、それでもハーミスは、無限にも感じられる廊下を疾走していく。

 誰もいないし、誰も来ない。

 正面に見える、純白と黄金の、ツートンカラーの扉以外は、何も近づかない。

 そしてハーミスは、義手に思い切り力を込める。呑気に扉を押し開けはしない。ぐっと指を内側に押し入れ、右腕をこれでもかと引き絞り、彼は思い切り扉を殴りつけた。

 凄まじい音を立てて、扉は吹き飛ぶ。豪快に二、三度跳ねて砕け散った扉の先にあったのは、どこまでも白い床と、四方の壁に輝くステンドグラス。奥には巨大なローラの像があるが、逆に言えば、それだけしかない部屋。

 その奥で、サンが聖女の像の前に傅き、祈りを捧げていた。

 ハーミスの存在に気付いていないのか、ひたすら背を向けていた彼女だが、ハーミスが苛立った調子で床を踏むと、ゆっくりと振り返った。


「……やっと来たね、ハーミス」


「決着をつけるぞ、サン」


 彼女に近づこうとするハーミスだったが、サンがそれを制するように言った。


「……ううん、戦う必要はないよ。ここにハーミスが来てくれた時点で、私の目的はもう達成したようなものなの」


 戦う必要はない。目的を達した。


「どういう意味――」


 意味不明なサンの発言の意図を問い質そうとするより先に、サンが両手を広げた。


「――こういう意味だよ。『隔絶』(アイソレーション)、解除」


 サンが静かに言い放った次の瞬間、ハーミスは体中が震動する感覚に襲われた。


「な、なんだあぁッ!?」


 いや、体ではない。この『賢者の間』そのものが強く揺れているのだ。

 立っていられなくなるほどではないが、ハーミスですら視界がぶれるほどの揺れ。そんな中でも、サンだけはにこにこと微笑みながら、ただハーミスを見据えている。

 そんな震動は、暫くすると収まった。

 もしや知らないうちに攻撃されたのかと思ったが、怪我はない。


「怪我は、して、ねえ……サン、何をしやがった!?」


 ハーミスが問うと、サンはこともなげに、自分の行いを白状した。


「ハーミスには何もしてないよ。単に『賢者の間』を、元ある場所に戻しただけ。分かりやすく言うとね、この空間ごと、聖女の塔に戻したんだ」


 戻した。

 ただそれだけだと言ったが、とても、ただそれだけで済む行為ではない。彼女の言葉をそのまま脳に叩き込むと、『賢者の間』は元々聖女の塔の一部で、それを聖宮殿に空間を超越して設置した。狂人の言い分にしか聞こえない。


「……戻した、だと……!?」


 だが、サンの目はいたって真剣で、ここばかりは狂っているようにも見えない。驚愕するハーミスを納得させるかのように、サンは話を続ける。


「私のスキルは『聖術』(ホーリースペル)と『隔絶』。聖なる魔法と、触れたもの全てを自由に切り離し、再び置き直すスキル。物でも、魔力でも、空間でもね」


 サンにそんなスキルがあるなど、当然ハーミスは知らなかった。

 いや、きっと元々はそんなスキルはなかったはずだ。三年前に施行を遡れば、彼女が使っていたのは聖なる魔法だけで、空間を転移する協力無比なスキルがあれば、その時からローラに見せびらかしていただろう。


「元々ここは聖女の塔の一部だったの。それを、私がローラからもらったスキル、『隔絶』で切り離して聖宮殿の中に置いたんだ。だから、今のはただ能力を解除しただけ……元に戻して、ハーミスを聖女の塔に連れてきただけだよ」


 やはり、彼女の新たな力は、ローラからもらったものだった。スキルを人に分け与える聖女とは、最早ハーミスの『通販』に近しい性能すら覚えてしまう。


「ここは聖女の塔、聖伐隊の本拠地。嘘だと思うなら、窓の外から景色を見てみるといいよ。丁度今、隊員達が整列してるから」


 話を聞き終わり、ハーミスは彼女の言う通り、ステンドグラスの隣の窓から、外の風景に目をやった。静かではあるが、窓の外には庭と、聖伐隊と戦う仲間の姿があるはずだ。

 そのどちらもなかった。

 あるのはただ、白い屋根の巨大な施設と、その正面に並び立つ聖伐隊の隊員達。しかも、百人、二百人では済まない。視界の半分以上を埋め尽くす、兵隊蟻のような隊員達は、グルーリーンの住人のように微動だにせず、整列していた。

 後ろを振り返り、自分が入ってきた扉の痕跡を見ても、さっきの白い廊下とは違う。明らかに、もっと荘厳で、別の廊下だと理解させられる。

 しかし、もしかすると、これらはサンが何かしらの手段で見せた幻覚かもしれない。ハーミスが拳を握ったのを見たサンが警告した。


「壁を壊そうなんて、考えない方が良いよ。壁と私達の間も、隔絶されてるから」


 そう聞いたハーミスは、赤い刃を義手からせり出すと、試しに窓に触れようとしてみた。ところが、窓に触れる直前で、刃は削り取られたかのように消滅した。

 窓から刃を離すと、それは再び元の形を取り戻す。ハーミスの義手の力でこうなのだから、彼が手で触れても同じか、或いは削り取られたままとなるだろう。彼はゆっくりと刃を消し去ると、サンと再度対峙した。


「魔力の刃も弾くとはな。賢者の使えるスキルじゃねえだろ、これ」


「ローラがくれた力だよ。それに、皆は私を賢者って呼んでくれてるけど、もうその域には収まらないの。賢者の聖なる魔法と『隔絶』のスキルを得た私は……さしずめ、聖女に付き従う『指導者』かな? どうかな?」


「ローラがくれたにしちゃ、随分としょぼくれたスキルだな」


「勿論、他にも使い道はあるけど、邪魔が入らないようにすることだけが目的だから、見せるのはこれだけ。もっと見せるとすれば、話が終わってからかな」


 彼女の言うところの話は、知っている。


「……モンテ要塞で言ってた、計画ってやつか」


 ハーミスがここに来た理由の一つ、ローラが抱く邪悪な計画の全貌だ。

 魔物の廃滅、国民の洗脳。これらは最終目的ではなく、あくまでサンとローラの企みの過程にすぎなかった。ハーミスの死の発端であり、彼は知りたいと思っていた。

 自分が復讐する原因を、数多の死と苦しみを作り上げた理由を。


「うん、これから死ぬハーミスには、知っててほしいの。どうして聖伐隊が生まれたか、どうしてローラが聖女になったか、どうして私達が『門』を作り、起動させようとしているのか。復讐者を名乗るハーミスは、知る権利があるって、ローラが言ってたの」


 誰の声も聞こえてこない、レギンリオルの中心部。

 向かい合う、ジュエイル村の数少ない生き残り。


「だから、教えてあげる。私達の、本当の目的を」


 サンの口元が、悪魔の如く吊り上がった。ハーミスの眉が、鬼の如く吊り上がった。

 相互理解の不可能を以って、話の幕は上がった。


【読者の皆様へ】


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