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茶会


 王族が住まうかのような巨大な宮殿は、一行が見上げるほどの荘厳さを放っていた。

 おまけに、ただ宮殿があるだけではない。囲いで覆われた庭は芝生がきっちりと切り揃えられており、色とりどりの花が植えられている。毎日誰かが磨き上げているかのように、壁にも周囲にも汚れは一つも見当たらないが、使用人らしい人影はない。


「改めて近くで見ると、なかなかでかいわね」


 クレアが格子状の門を軽く押すと、抵抗はなく、あっさりと奥に開いた。門から中央の噴水、そして建物まで続く一本の砂利道の両端は、いずれも芝生の庭だ。

 そして、四人から見て右側から、妙な気配を感じる。視線を向けなくても、そちらにサンがいるというのは明白だった。


「庭も広いですし、罠がまだある可能性もあります。ハーミス、何か見えますか?」


 エルに言われて、ハーミスは瞳だけを動かし、隠れている何かを見つけ出そうとする。

 しかし、何も見えない。彼の目は、義手から流れ出る魔力を通じて不可視の存在をも燻り出す能力を得たが、それでも見えるのは、向かって右側の大きな白いテーブルと幾つかの椅子、そしてそこに腰かけている一人の女性だけだ。


「……見えねえな。俺の目には変なもんは映ってねえ。義手からの魔力を欺けてるのなら、相当警戒しなくちゃいけねえけどよ」


「いずれにしても、油断大敵です。行きましょう」


 エルの言う通り、進まなければ始まらない。一行は覚悟を決め、互いに頷き合うと、芝生の中へ足を踏み入れた。砂よりもよっぽど軽やかな感触を踏みしめながら、眼前の敵に向かって、一歩、また一歩と歩みを進めてゆく。

 そうして垣根に囲まれた、白い薔薇の咲き誇る庭の中央に辿り着いた時、カップに注がれた赤い飲み物を口に運び、椅子に腰かけた女性が口を開いた。


「待ってたよ、ハーミス。まずは紅茶でもいかが?」


 テーブルを挟んで彼らを待っていたのは、やはりサンだった。

 にこにこと微笑む、青緑色の髪の少女が手を優しく広げた先には、人数分の紅茶が入ったカップと、皿に盛りつけられた砂糖菓子。

 どうやらここで、紅茶を飲みながら話そうと言いたいらしい。


「……正気ですか? 敵が用意した飲み物を飲めと?」


「やっぱり、やっつけちゃった方が早いよ。ハーミス、ルビーがやっちゃうよ!」


 エルとルビーは、サンを睨みつける。敵意を剥き出しにされるよりも、こうしてあからさまに自分達を挑発されるような態度を取られる方が、他者を怒らせるには有効的だと知っての行為だろうか。

 クレアも同様の反応を見せていたが、ハーミスだけは違っていた。


「…………いや、いい」


 小さく頷いてから、彼は一番近くの椅子に腰かけた。


「ハーミス!?」


 当然、三人は驚く。最も聖伐隊への怒りと憎しみを秘めているはずの男が、よりによって『選ばれし者』の誘いを受け、紅茶を啜るとは思ってもみなかった。

 戸惑うクレア達に、ハーミスは首だけを動かし、振り返って言った。


「お前らも座れよ。せっかくのティータイムだ、貰えるもんは貰っとけ」


 こう言われれば、クレア達も従わざるを得ない。ハーミス一人を置いて戦うのも、逃げるのも、どちらも正しいとは思えない。

 何より、ハーミスには考えがあるはず。一同は顔を見合わせ、肩をすくめる。


「……知らないわよ、どうなっても……」


 諦めた調子で、クレアはハーミスの隣に、ルビーとエルは向かい側に座り、それぞれがサンを見つめた。三人は飲み物に口を付けようとしなかったが、やはりハーミスだけがもう一度紅茶を啜り、驚いた調子でカップを置いた。


「……美味いな」


 クレアは間の抜けた口ぶりにずっこけかけたが、サンはくすくすと笑った。


「でしょ? 街の皆が、賢者様に飲んでほしいって渡してくれたの。聖伐隊やローラの為に尽くしてくれる、素晴らしい人達だよ」


 しかし、直ぐに張り詰めた空気と嫌な感覚が、庭全体を埋め尽くした。

 ねっとりとした、不快な、不穏な声が、耳にこびりつくようだった。ずっと聞いていると、大通りに並んでいた人達の一部になってしまいそうで、クレアは耳を塞ぎたかった。

 だが、ハーミスやルビー、エルは耐えながらも耳を傾けている。そんな様子を見せられれば、とてもではないが自分一人だけ逃げるわけにはいかないと思い、クレアは変わらず嗤い続ける、人であって人でない何かの話を聞き続ける。


「といっても、最初は皆、聖伐隊の力を疑ってたんだけどね。私達の力を見てからは、誰も疑わなくなったんだ。それどころか、ローラにすっかり心酔しちゃって、今じゃ何を言っても信じてくれるくらい……ここに来るまでの光景も、見たでしょう?」


「ああ、見たよ。あんな狂信者連中を作る為に、何を犠牲にしたんだ?」


「勿論、邪魔な人とモノ――ローラに逆らう全ては排除したよ。裏側でばれないようにだけど、おかげで魔物を廃滅する私達を疑う人も、逆らう人もいなくなったの」


 単なる信仰の果てに、あんな悍ましい世界が出来上がるなど、ハーミスは微塵も考えていなかった。これまでの所業からして、恐ろしいことをしているはずだ。

 それこそ、サンの笑顔程度では覆せないほどの邪悪な行い。魔物を溶かし、亜人を嬲り、同じ人間ですら虐殺するほどの、人の醜さの集合体らしい蛮行を。

 ただ、その果てに待っている世界は、サンにとっては正しく美しい世界のようだ。


「でも、これが正しい世界の在り方なんだよ。本当ならレギンリオルが、その他の国だって、同じ形になるべきなの。ローラのやってることは全て正しくて、他の何もかもが正しくない。断言してもいいくらい、ローラは完璧な存在だから」


 会話の方向性がおかしくなっているのに、四人が一斉に勘付いた。

 特に、サンの顔を見ていたハーミスは、真っ先に異変に気付いた。

 恍惚の表情。愛する人を想うにしても、こんな奇怪な笑顔は浮かべられないだろう。どう見ても、これはハーミスの知っているサンではない。

 蕩けた顔も、狂気のみを湛えた瞳も、もう人間のそれではない。


「私はローラを愛してる。ローラも、私を愛してる。だから伝わるんだ、お互いに何を正しいと思ってるのか、何をしないといけないのか。どこにも正しさのない歪んだ世界を、ローラと私の手で導く。グルーリーンは、その第一歩だよ」


 朗らかな笑みが、憑りつかれたような顔へと変わってゆく。

 異様な表情を前にして、眉間にしわを寄せながら、クレアがハーミスに囁く。


「……会話になってないって、頭ブチ抜いて指摘してやった方がいい?」


「言わせとけ。気になってたことは、これで確かめられた」


 どうして彼女がここまで強気だったのか。策があるのか、力があるからか。

 答えは、そのどちらでもなかった。


「サンはイカれてる。強気になったってより、狂ったってわけだ」


 ローラの最大の信奉者となったサンは、最早正気ではなかった。

 単純に、思考能力が削がれていた。それだけの話だったのだ。

 事実に気付き、四人は恐怖よりも、嫌悪感を露にしていた。


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