霊体
ハーミス達が絆を確かめ合って、更に一日が経った。
「――どうだ、準備できたか?」
少し綺麗に、厚めになった赤いジャケットと灰色のズボンを着るハーミスは、出発の準備を整えながら、仲間達に声をかけた。
『通販』スキルを取り戻したハーミスは、金銭面の工面をベルフィ達に手伝ってもらいながら――金目の武器や防具を代金代わりにした――新しい服とバイクを購入した。
今回購入したバイクは、今までのものよりもカウルや気筒、車体が一回り大きく、サイドカーを含めて緑と黒のツートンカラーで纏められている。キャリアーの説明によると、シノビ、という車種らしい。
そして声をかけられたクレア達も、また新しい衣装をお披露目していた。
「ばっちりよ。新調した服もばっちりキマってるし……ってゆーか、エルはなんでわざわざ新しい服が買えるって時に、聖伐隊の隊服と似たようなのにしたのよ?」
クレアもルビーも、そう目立った衣服の変化はないが、全体的にポケットやホルスターが増え、ルビーのマントはカーテンではなく、ちゃんとした防塵素材の、カーキ色のマントとなっている。他は大体同じだが、新品そのものだ。
ただ、クレアの言う通り、エルだけは聖伐隊の隊服に似通った衣装をまだ着ている。違うところと言えば、無駄な装飾がない点くらい。おまけに、赤いバツマークをオプションとして追加してまで購入したのだ。ルビーやクレアが、驚かないはずがない。
「びっくりしたよね、わざわざバツマークまで描き入れたんだもん!」
「決意の証ですから。簡単に着替えるわけにはいきません」
呆れるクレアだが、、ハーミスは納得しているようだ。
「ま、本人が納得してるならそれが一番だ。俺も、オットーからもらった服をちょっとアレンジして着続けることにしたからな。これ、けっこう気に入ってるんだぜ」
彼の衣服は布地だけを購入し、オットーから地下墓地で貰った服を強化したものだ。それくらい、この服には愛着がわいていた。
こう言われると、仕える者としては光栄だろう。
「そう言っていただけると、嬉しい限りでございます」
「うむうむ、元気そうで何よりじゃぞ、ハーミス達よ!」
その証拠に、どこか嬉しそうなオットーと、にこにこと笑うアルミリアがやって来た。
「アルミリア、オットー!」
二人とも、昨日と変わらず作業を続けるゾンビ達と同様に、緑色のマントを羽織っている。紛れもなく、『明星』の仲間の証である。
「似合ってるわね、そのマント。ベルフィ達に貰ったの?」
「当然じゃ、わらわ達は『明星』の一員じゃからの! それにしても、もうここを発つのか? 随分と早いようじゃ、仲間達が名残惜しんでおったぞ」
彼女が親指で後ろをさすと、石を運ぶゾンビや、木材を持ち上げるゾンビ、食事の準備をするゾンビ達が、ちらちらとこちらを見ている。
「今のうちに握手してもらっとくか」「なあ、サイン貰っとこうぜ」
どうやら彼ら、彼女らは、地下墓地にいた頃と変わらず、ハーミス達を尊敬し続けているようだ。まだ、自分達のファンであるかのような態度を取り続ける一同を見て、困ったように笑いながら、右手を振ってハーミスは言った。
「俺達は有名人じゃねえんだ、それに二度と会えないわけでもねえ。戦いが終われば、またいつでも会いに行くって、約束するよ」
そう聞いて、アルミリアも、ゾンビ達もにっこりと笑顔を見せた。
「……うむ! 我らはいつでもお主達を歓迎するぞ!」
「今度は紅茶をご用意して、茶会を開くといたしましょう」
貴族のお茶会ともなれば、良い菓子や紅茶が並ぶだろうと思ったのか、ルビーは涎を垂らす。クレアが頭を軽く叩かなければ、マントが涎塗れになっていただろう。
「そりゃ楽しみだ。腹をすかして――」
だからハーミスも、お腹を空かせて戻ると、言おうとした。
「――元気そうだね、ハーミス」
背後から突如聞こえた、澄んだ声がなければ。
「ッ!?」
誰も、声の主がいるなどと気づかなかった。
ハーミスの背後には、ただの石畳。それ以外は何もなかったはずなのに、ここにいる全員が一斉に注目した視線の先には、一人の少女が後ろ手を組み、静かに佇んでいた。
「この様子だと、モンテ要塞は落ちて、ユーゴーも死んだんだね」
深い緑青色の髪と、柔らかで物憂げな顔つき。緑と紫のオッドアイ。か弱い女性を思わせる口ぶりで、やけに達観した様子で周囲を見回す彼女の衣服は、ロングスカートに改造されてはいるが、間違いなく聖伐隊の隊服。
つまり、彼女は敵の一員だ。
「聖伐隊!? こいつ、いつから!?」
慌てるクレアとルビーの後ろで、アルミリアは迅速に仲間へと命令を下す。
「オットー、幹部達に状況を報告せよ! 残りは戦闘態勢を取れ!」
言われた通りに動き出そうとしたゾンビや亜人達だが、ハーミスが制した。
「……いや、落ち着け。こいつは本体じゃねえ、恐らく霊体か何かの分身だ」
彼の目は、義手からの魔力の影響を受け、人には見えない何かが見えていた。
確かに、彼女はどこか透けているような、陽の光を浴びて輝いて見えるような気がする。少なくとも、人間や生き物の質量的な面は、よくよく見れば感じられない。
「こっちからの攻撃は通らねえ。相手からの干渉も受けねえと思うけどな」
彼の仮説を、エルが肯定する。
「分身……成程、ハーミスの言う通りですね。彼女からは魔力を感じますが、肉体としてのエネルギーを感じません。しかし、これだけはっきりとした姿を創り出すということは、相当な技術がなければできないはずです」
技術の面を言及するのであれば、その心配はない。
この手の魔法を使うのなら、バント達よりももっと優れた人物を、彼は知っている。
「技術なら十分にあるさ。こいつは『選ばれし者』、最後の一人」
ここで会うとも思っていなかったが、いずれは会うとも確信していた。
いや、会いたくなくともこちらから会いに行っていたはずだ。
必ず顔を向け合い、殺していた。
「賢者のサン。聖なる魔法のスペシャリストだ」
『選ばれし者』――サン。
勇者リオノーレの妹にして賢者でもある彼女は、透けた体で、優しい笑みを浮かべた。
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