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誓約


「……浮かない顔してるわね、ハーミス」


 クレアが彼の顔を見ないまま声をかけると、僅かに間を開けて、ハーミスが返事した。


「……そうか?」


「あんたとどれだけ一緒にいると思ってんのよ。言いたいことがあるなら、今のうちに言っときなさい。機嫌の悪い日に話し出されたらたまったもんじゃないわ」


「……ごめん」


 少し困ったような表情を浮かべてから、ハーミスは心臓の上に重なったものを吐き出すように、閉ざしかねない口をどうにか開き、悲しげな顔の理由を話し始めた。


「地下墓地で、俺は皆を守れなかった。ユーゴーに負けて、ただ連れ去られる皆を見ることしかできなかった――心だって、折れかけた」


 それは、彼の中に初めて芽生えた、何かを奪われる恐怖だった。

 復讐者である自分にとって、奪う意志はあっても、奪われて困るものなどないと思っていた。仮にあったとしても、絶対に守り切って見せるとも思っていた。だから彼は、獣人街の戦いで、リオノーレに己の覚悟を叫んだのだ。

 恐怖心で動くなど、カルロやユーゴーと変わらないと気づいていても、止められなかった。圧倒的な力で隠し、誤魔化している様は、今思い返せばユーゴーに説教など出来る立場ではないと、ひしひしと痛感していた。

 自分はこんなに弱い。仲間を奪われ、スキルを奪われ、蹂躙されるだけの人間。過去のハーミス・タナーと何が違うのかとも問いかけていた。


「仲間を失うってのが、こんなに怖いなんて。弱っちい自分が許せなくて、俺は……」


 仄暗い闇に、自らを責め苦で囲い、分厚い門を閉ざしかけていた。

 彼一人なら、そのまま黒い泥の奥に沈み込んでいただろう。そうして、永遠に自分だけを責め続けていただろう。


「……何もできないってんなら、あたし達だって同じよ」


 彼女達が――仲間が、居なければ。

 肘で小突かれたハーミスが左に顔を向けると、仲間達は一様に、彼を見ていた。


「守れないってのもね。アルミリアを逃がせなかった、あんたに心配をかけた、ただ拷問されるだけだった。弱いのなんて、あたし達、誰でも同じじゃない」


 クレアは悔いていた。今度は逃げ出さないと大口を叩いておきながら、仲間と共に連れ去られ、あまつさえハーミスに心配さえかけてしまったのを。


「ハーミスだけが後悔しちゃダメだよ、ルビーだって怖かったんだ」


 ルビーは悲しんでいた。人を超えた存在であるはずのドラゴンがここまで無力で、モンテ要塞の戦いに貢献すらできなかったのに。


「貴方はこう、どうして自分一人で抱え込もうとするのでしょうね。自分から悲しい方へ、辛い方へと歩もうとするのでしょうか、理解できません」


 エルは苛立っていた。魔女として何一つ戦いに役立てなかったのも、自分が最も責められるべきなのに、誰もが己のせいだと抱え込もうとしているのに。

 ハーミスはようやく知った。悲しみ、苦しみ。そんな感情を抱いているのは、自分だけではないと。そして、最も大事なことにも気づいた。ユーゴーやカルロになくて、『選ばれし者達』になくて、ハーミスにだけあったもの。

 仲間が――自分だけが大切と思っているのではなく、その逆も然りなのだと。


「――分かち合えるでしょうが、強さも、弱さも」


 クレアの声が、震えていた。


「それでも心配だってんなら、誓いの一つでも立てればいいじゃない。絶対に離れ離れにならないとか、命がけで仲間を守るとか、何でも、何でも……」


 誓いを立てようと、クレアが振り絞るように言った。

 そこから先は、言葉にならなかった。

 誰が、ではなく四人同時に、抱き合った。家族の再会を喜ぶように、生き延びた戦友と生の実感を分かち合うように。気づいているのかいないのか、ぼろぼろと涙を流し、頬を濡らしながら、四人は目を閉じて仲間の温かさを肌で感じる。


「クレア、泣いてるね」


「うっさい、あんたも泣いてるでしょうが!」


「これくらいで涙を流すなんて、簡単な人達で羨ましいです」


「……エルも、泣いてんだろ……!」


 か細い泣き声が、わんわんと強く。抱きしめ合い、大きな嗚咽となる。

 そんな四人の様子を、『明星』の面々も誰もが、仕事を止め、微笑ましく見守る。中にはアルミリアのように、もらい泣きする者までいる。


「うぅ、仲睦まじき……これこそ真の友情じゃのう、オットーよ……!」


「私めも大変感極まる思いでございます、お嬢様」


「シャスティ、今一度思い知らされますね。彼と仲間達を、わたくし達も守らねばと」


「姫様には、別の想いもあるのでは?」


 心の内に秘めた恋慕を皮肉っぽく指摘されたベルフィは、口を尖らせた。


「……そういうのは、今は言わないでいいのですよ、シャスティ」


「はは、気を付けます、姫様」


 からからと笑うシャスティの視線の先で、ハーミス達はずっと抱き合っていた。

 二度と離すまいと、指が食い込むほどに強く、強く抱き合っていた。


【読者の皆様へ】


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