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 戦いは終わった。

 獣人街の時は死を悼み、飲めや歌えの大騒ぎが始まったが、今回は違う。次の戦いに向けての準備と負傷者の治療、陥落した要塞を利用するべく再建が優先された。

 モンテ要塞の跡地には、たちまち臨時用のテントが山ほど張られ、疑似的な居住区域となった。消費した武器の数や死者数の報告、死亡した人間の処理、自分達で破壊した要塞を立て直す計画の相談など、作業は山積みである。

 特に治療関連は、ことさら大変であった。

 軽い怪我を負っただけの者は包帯を巻かれ、三角巾で負傷部位を固定する。しかし、重傷者は居住区とは隔離されたテントで集中治療を受けていた。

 この怪我人達の中には、拷問されたクレア達も含まれていた。悲惨な怪我を負っていた三人だが、数日も経ち、テントから出てきた頃には、怪我もほぼ完治していた。


「……やっとテントから出てこれたな。怪我、大丈夫なのか?」


 亜人や魔物が忙しなく走り回る要塞跡地のテント前で、ハーミスは瓦礫に腰かけるクレア達に声をかけた。折れた腕や指、腫れた顔は元に戻っていたが、細かい傷の上にはまだガーゼが貼られたままだ。


「エルフ達の隔離治療のおかげで、今はこの通りよ。凄いわね、エルフの軟膏とか薬効とかって。虫を使った治療が滅茶苦茶痛い点以外は、最高よ」


 彼女はさらっと言ったが、虫を使ったエルフ族秘伝の治療法は相当痛かったようで、ルビーとエルは彼女の呻きを思い出し、くすりと笑う。


「クレア、痛い痛いってずっと言ってたもんね、ふふっ」


「夜までうなされていましたから、睡眠妨害もいいところです」


「うっさいわね、あんた達! ところでハーミス、あんた、右腕は……」


 ハーミスがクレア達を心配するのと同じように、逆も然り。

 赤いジャケットの袖から見える黒い義手は、そのままだった。『通販』(オーダー)スキルで購入できるアイテムで治療できるのではないかと思っていたが、彼は首を横に振った。


「これは……このままにしとくよ。覚えときたいんだ、俺の甘さでこうなったってのを」


 齎す能力も理由の一つであるが、ハーミスにとって、この義手は戒めだった。自らの弱さと、失ったものの重みをいつまでも忘れないようにする為に。


「……そっか」


 少しだけ重い空気が流れたが、それを掻き消すように、要塞跡地の方から彼らに向かってやってくる者がいた。


「怪我が治ったと聞きました、クレア様。仲間の皆さんも無事で何よりです」


 ベルフィを含む、『明星』の隊長達だ。


「ベルフィ、シャスティ! それにガズウィードも!」


 エルフの二人に続いてくるのは、彼女達よりずっと大きな巨人のガズウィード。一同も小さな傷や怪我はあるようだが、隊長として休んでもいられないようだ。

 ベルフィの顔を見て、エルはゆっくりと立ち上がり、彼女に礼を言った。


「ありがとうございます、ベルフィさん。敵の組織に属していた私にまで治療を……」


「大事なのは、今共に戦う同志であることです。それに、ハーミス様のお仲間であれば、助けない理由はありません」


 聖伐隊を、レギンリオルを強く憎む彼女であっても、ハーミスの仲間である点を差し引いても、来るものは拒まない精神の持ち主であるらしい。今、エルが生きているのは『明星』のおかげでもあると彼女は知り、有り難そうに微笑んだ。

 そして、隊長達が休養を取る余裕もないのは、別の理由もある。シャスティやガズウィード、亜人や魔物にとって、戦いはまだまだ続くのだ。


「私達も被害を被ったし、怪我人も多い。聖伐隊が報復に来る前に体制を再度整えて、モンテ要塞を中心に勢力を拡大していく。『明星』の外の部隊も、ここに集める予定だ」


「決戦だ、退路は自ら断った。巨人達は前に進む一族だからね」


 それも、最終決戦の時が、刻々と近づいている。

 ならば、破壊したモンテ要塞とはいえ無駄には出来ないというわけだ。『明星』の面々があくせくと働いて少しはましな形に戻そうとしているが、彼らだけでは到底、債権と呼べる形には戻せないだろう。

 そう、彼らだけでは。


「――その要塞の再建に一役買うのが、わらわ達ゾンビ軍団じゃ!」


 一同の後ろから大股で歩いてくるアルミリアと、付き人のオットー。

 彼女の命に従い、瓦礫を運び、ツルハシとショベルを振るうゾンビ軍団がいなければ。

 わいわいと騒がしく、かつ疲れを知らずに働き続けるゾンビ達や、資材を運ぶゾンビ魔物達がいれば、作業は段違いに早く進むはずだ。間違いなく戦いの前後における功労者なのだが、アルミリアは肝心の千切れた右腕を修復していなかった。


「アルミリア、オットー……右腕、そのままなんだな」


 マントで隠そうとすらしない、ひらひらと靡く袖を自慢げに見せつけ、彼女は言った。


「うむ、これは戦いで失った、いわば誉れである! それにわらわにはもう、立派な右腕がいる! オットーという、代えがたい右腕がな!」


「身に余る光栄でございます、お嬢様」


 深々と頭を下げるオットーの隣で、アルミリアはゾンビ軍団に発破をかける。


「あの『明星』の力になれるというのであれば、わらわ達はいくらでも力を貸そうぞ! のう、皆の者! 精魂込めて働くぞ!」


「「お――ッ!」」


 一層気合を込めた返事が聞こえる。ゾンビ達はずっと続けてきた土木工事の技術をいかんなく発揮し、時にはホビットやエルフに仕事のコツまで教えてゆく。

 冷たい体に似合わず情熱的で、一致団結して戦える者達。ベルフィはシャスティ、屈んだガズウィードと少しだけ相談をして、小さく頷いた。


「……ゾンビ軍団だなんて、よそよそしくはありませんか、アルミリア様」


 アルミリアが振り向くと、アルミリアにある提案を持ち掛けた。


「貴方達には、正式に『明星』の部隊となって頂きたいのです」


 一瞬、アルミリアはぽかんとして、呆けたような表情になった。

 だが、少しずつ、少しずつだが、現実を脳に浸透させていった。自分が何と言われたのか。憧れ、名前だけを借りていた『明星』の仲間にとスカウトされたのだ。


「……わ、わらわ達が? 『明星』の、一員に?」


「カタコンベ支部のお話をお聞きしました。貴方達の準備とここでの戦いは、素晴らしい功績です。皆様さえよければ、是非わたくし達と共に戦って欲しいと――」


「なります! いや、ならせてください! マジでファンです、ヤバいです!」


 ベルフィが話し終えるより先に、アルミリアは半ばつんのめりながら、輝いた目と裏返った声で提案を呑んだ。そこらの子供のような言葉遣いを耳にして、オットーはごほん、と小さく咳払いをした。


「お嬢様、礼節が欠けておりますよ」


「え、あ、す、すまぬ! まさかこんな嬉しいことを言ってもらえると思っておらんで、わらわはどうしたらよいものかと……」


「そう畏まらないでくださいな。わたくしと貴方達はもう、仲間なのですから」


 総隊長の後ろには、笑顔で腕を組むシャスティと頬杖をつくガズウィード。いつの間にやら集まっていた、『明星』の――仲間達。

 自分も、自分達も、これからはその一員だ。ぐっと覚悟を決めた調子で、アルミリアは歓喜の涙を堪えながら、ベルフィと強く握手を交わした。


「……う、うむ、よろしく頼むぞ、ベルフィ総隊長!」


「こちらこそ、アルミリア隊長」


 二人の手が繋がった時、ゾンビ軍団はあらん限りの歓声を響き渡らせた。


「「やったーっ! アルミリア様、『明星』、ばんざぁーいっ!」」


 作業すら止め、友の肩を叩き、はしゃぎ、笑いあう。

 ここに誕生した『明星』の新たな絆を眺めるクレアだったが、ふと、隣に座るハーミスの目がどこか物寂し気で、悲しげなのに気付いた。


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