逆襲⑥
外から何かが刺さる音が聞こえてきたが、鋼の球体は攻撃を一つも通さない。
薄く見えても、ユーゴーの金属で作られたのであれば、相応以上の防御力があるのだろう。凄まじい防御力を誇るユーゴーの体を突き破れる攻撃でもなければ、きっと球体を打ち破れはしないだろう。
誰一人見物人のいない暗黒の処刑台で、ユーゴーはクレア達を見下ろす。
「さあて、処刑の時間だぜ! まずはてめぇからだ、来やがれ!」
そうしてクレアの首根っこを掴んで引っ張っていこうとしたが、アルミリアが彼の手を撥ね退けようとしがみつく。必死に抵抗をするも、彼女の腕力など知れている。
「離せ、クレアに手を出すでない、この……わぁッ!」
しかし、撥ね退けられたのは彼女の方だった。石壁にぶつかり、アルミリアが力なくずり落ちる。いかに地下墓地で鍛えていたとはいえ、元は十代の少女なのだ。
「邪魔すんじゃねえよ、こいつの後でちゃんと殺してやるからな」
「う、うぅ……」
抵抗する余力もないクレアになど目もくれず、ユーゴーは無力な指導者を嗤う。
「てめぇだけじゃねえ、連中全員だ。『明星』のカスも、てめぇのお仲間の腐れゾンビ共もな。ごっこ遊びの延長線で聖伐隊に喧嘩を売ったのを恨むんだな、ぎゃはは!」
ユーゴーにとって、この世界で自分より強い相手は今や存在しなかった。彼の発言は本気であり、その気になれば敵の全てを自らの手で消し去れる。
敵の能力を奪い、圧倒的な防御力で攻撃を無効化するスキル。最強無敵のユーゴー・プライムが誕生した今、自分を見る目は誰もが揃って畏怖するか、尊敬するかのどちらかしかないと思っていた。
ところが、高笑いしていたユーゴーは、気付いた。
「……なんだ、その目は? あァ?」
アルミリアの目は、凡そ欠片の怖れも抱いていなかった。
拷問を見せつけてやった時は怖がっていた。地下墓地で仲間達を立て続けに倒した時も怖れていた。たった今、護衛を始末した時も同じだ。
なのに、今だけは違うのだ。敵意でもない、憤怒でもない。どちらかと言えば哀憫に近い感情でも、瞳の中に燃え滾るのは、真意を見抜いた光だ。アルミリアは震える腕を抑え、自分がユーゴーの中に見つけた弱点を呟いた。
「――お主は臆病者じゃ」
ぴくりと、ユーゴーの瞼が動いた。
「……んだと?」
ぎろりと目を向ける彼の眼力に負けないように、アルミリアはまくしたてる。
「今分かったぞ。お主は他の者全てを見下しておるが、強い力を持っていても、お主の目はびくびくと怯えておる。いつ、自分よりも強い者が現れないか、そ奴に弱いとばれないかと恐れておる! じゃからこうして今、強さだけを誇示しておる!」
アルミリアがユーゴーに見出したのは、臆病者の片鱗であった。
弱者とは違う。強者を名乗っておきながら、自分よりも強い相手にいつもびくびくと怯え続け、己の弱さを見せないように必死に誤魔化し続ける愚か者。
最強を謳いながら邪魔者が入らないようにしたのも理由の一つだが、指導者であり続けたアルミリアの目は誤魔化せない。怒りに満ち満ちて、痙攣するユーゴーの目の中に泳ぎ続ける、惨めな男の無様な姿だけは。
「ごっこ遊びと言ったな、皆殺しにすると言ったな! ならばなぜ、こうして自分達だけの世界を作ったのじゃ! 分かっておるはず、ごっこ遊びにもお主は怯えて……」
「黙ってろよ、クソゴミがアァ!」
とうとう、ユーゴーの怒りが爆発した。
本心を見抜かれたからか、或いは強がりからか、ユーゴーはクレアを投げ捨てると、アルミリアの右腕を引っ張ると、勢いに任せて強引にもぎ取った。
「うああぁぁッ!」
ゾンビ故に、彼女の腕はいとも容易く千切り取られてしまった。片腕になれば黙るだろうとユーゴーは確信していたが、アルミリアは腕を回収しようともせず、怒鳴り続ける。
暴力になど屈しない。屈し始めているのは、ユーゴーの方だ。
「力を振るえば黙ると思っているじゃろう、そうはいかんぞ! 人の力を奪うお主のスキルも正しく証拠じゃ! 何もない自分を否定したいから、うぐああぁ!」
「黙れっつってんだろうが! 雑魚がほざいてんじゃねえよ!」
激高したユーゴーが、アルミリアの顔に蹴りを叩き込む。
何度も、何度も。血を出さないゾンビでも、顔はへし曲がるし、傷は出来る。何より女性にとって命でもある顔を潰すかのように、ユーゴーは執拗に蹴り続ける。
まるで、現実を認めたがらないかのように。駄々っ子のように、彼はひたすらアルミリアを蹴りまくる。他の攻撃手段など、もう頭から吹き飛んでいる。
「俺様はッ! 最強だッ! 無敵のッ! 王者なんだよ! オラ、オラッ!」
喚き散らしながら暴力を振るい続けていた男だが、ぴたりと足を止めた。
ぐったりと項垂れたままのクレアが、くすりと笑ったのを聞き逃さなかったからだ。
「……今、笑いやがったな? なんで笑った?」
振り向き、鬼のような形相を見せるユーゴー。
クレアは顔を上げ、彼の脅しなど微塵も効いていない様子で、嘲笑した。
「……あたしの言いたいこと、全部……言ってくれたわねって、そんだけよ」
この瞬間、ユーゴーは切れた。
「……どいつもこいつも、俺様をナメやがって……ッ!」
アルミリアからまたもクレアに関心を移した彼は、クレアの首を締めあげた。
「ぐッ!」
そのまま小さな体を持ち上げ、ユーゴーは残った左腕を銀色の剣へと変貌させる。ぎらりと光煌めく刃は、クレアの首など簡単に斬り落としてしまうだろう。
呼吸すら苦しそうな彼女を血走った目で捉え、ユーゴーが叫び散らす。彼の怒りは、クレアに笑われ、アルミリアに心のうちを読まれ、頂点を超えていた。
アルミリアは動けない。クレアは藻掻くばかりで、抵抗にもならない。
待ち構えるのは、確実な死。
「もういい、予定通り処刑を執行してやる! 死ぬ前に言いやがれ、苦しまずに死にたくなけりゃ俺様を称えやがれ! ユーゴー様は――」
死を恐れ、ユーゴー様は最高であると言え、と言いたかった。
だが、言えなかった。
「――最低最悪の、クズ野郎だってか? だったら、俺が保証してやるよ」
声が聞こえたからだ。正確に言えば、声と共に、突き破られた球体の外側から、何者かがユーゴーの脇腹に渾身の右ストレートを叩き込んだからだ。
絶対に破られないはずの牢に、風穴が開いた。塔の最上階までどうやって来たのか。そもそも、自分の体がくの字に曲がるほどの攻撃を、どうやって繰り出したのか。
全ての謎が解ける前に、ユーゴーの口から汚い声が噴き出した。
「ぶ、が、おごごおおおぉぉぉぉッ!?」
それだけでは留まらない。目玉を飛び出させ、表情をこれでもかと醜く歪ませたユーゴーは、自らが作った球体を内部から突き破り、吹き飛ばされた。隣の塔を貫通し、更に奥の城壁にめり込み、彼はようやく止まった。
球体が維持されなくなり、どろどろに溶けて落ちてゆく。
誰が、どうやって。いずれの答えも、塔の最上階に悠然と立っていた。
深紅のジャケット。赤い光を放ち、唸る黒い義手。見慣れた銀髪と青い瞳。
隣には、紫の燕尾服を纏った付き人。
この二人を、クレアも、アルミリアも見間違うはずがない。
涙さえ潤みだす瞳が、見間違えるはずがない。
「悪りい、待たせたな」
「お待たせしました、お嬢様、クレア様」
ハーミスとオットーが、大切な者を守るべく、やって来た。
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