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逆襲③


「……おい、なんだかさっきから、外が騒がしくねえか?」


「言われてみれば、確かにそうだな」


 連合軍による襲撃と、その地響きは、塔の地下にある牢にも聞こえてきていた。

 白い面を被った三人の拷問官は、昨日と同じようにクレア達を痛めつけるつもりであったが、今日は聖伐隊の監視員が早々に、誰かに呼ばれて地下を出て行ってしまった。

 おまけに帰っても来ないのだが、彼らにとってはさしたる問題ではない。


「監視員の奴も、正規軍の奴に呼ばれたまま帰って来ねえし……まあ、俺達はここで拷問をするのが仕事だ。気にしなくていいだろ」


 彼らの仕事は、目の前に転がる女達を、死の寸前まで拷問してやることだ。

 手足を縄で縛られたクレアは右腕が奇怪な方向に曲がり、轡を嵌められたルビーは両足にナイフが刺さったまま。エルは顔の腫れが引かず、惨い有様だ。これから首を刎ねられるというのに、まだ拷問を続けていいと言われた時には、彼らは喜んだものだ。


「処刑の寸前まで痛めつけてもいいなんて、ユーゴー様も懐が広いぜ、ぎひひ!」


 特に今日は、最終日というのもあって、特別な観客を連れてきている。


「どうだ、アルミリアちゃんよぉ? 今日は特別に近くであいつらの苦しむ様を見せてやってんだ、感謝してくれよなぁ?」


 アルミリアだ。これまでは別の牢に叩き込んでおき、仲間が苦しむ様だけを与えてやっていたが、今日は処刑日というわけで、拷問官は彼女も拷問部屋に連れてきていた。ただし、彼女には手を出さず、やはり他の者だけを痛めつけるやり方は変わらない。

 牢の隅に座り込むアルミリアの前に来た拷問官は、仮面の奥で舌なめずりをした。ゾンビ達の指導者はというと、ただただ恐れをなすばかりである。


「……うぅ……」


 このまま助けも来ず、昼に斬首されるまで拷問を見せつけられる。少なくとも、絶望しきっているアルミリアは思っていた。


「…………どう、思う?」


 クレアは、そうではなかった。

 冷たい床に転がる彼女は、この地響きの正体に察しがついていた。難攻不落のモンテ要塞が揺れ、騒ぐのであれば、理由など一つしか思い当たらない。

 クレアの掠れた声は、げらげらと笑う拷問官達には聞こえていなかった。聞き取れたのは、ルビーとエルだけで、彼女達は返答するくらいの体力は残っていた。


「どう、とは……」


「……来たわよ、あいつら、が……」


 虚ろになりつつあった二人の目に、生気が戻ってきた。

 あいつ、とクレアがここで呼ぶ相手など、一人しかいない。信じられないが、彼女の言葉には不思議な説得力があり、どちらも言い分を疑いなどしなかった。

 今ここで何をするべきか、三人はアイコンタクトだけで分かった。倒すべき敵は三人、監視員は帰ってこない。これまではアルミリアの危機やユーゴーの存在のせいで一切抵抗できなかったが、もう心配もない。作戦を始めるなら、今直ぐだ。


「うーぐ、ぐ、ぐぅーっ!」


 先ずはルビーが、轡を嵌められたままじたばたと暴れ始めた。

 当然、アルミリアをいびっていた三人の拷問官は、何事かと彼女を睨む。傷だらけのドラゴンが喚いているだけでも、彼らを苛立たせるには十分だ。


「チッ、黙ってろよ。今日こそ羽を斬り落としてやるからな――」


 ナイフを指でくるくると回しながら、翼に突き立てようと一人が近寄った時。


「――ごぎゅえッ」


 ルビーが足を跳ね上げて、拷問官の首を足の間に挟んでしまったかと思うと、そのまま勢いよく首を捻った。人間の力なら軽く捻じる程度だが、相手はドラゴンだ。

 拷問官の首がへし折れるのを、仲間達は呆然と見ていた。しかし、反撃されて黙っていられるかと言わんばかりに、一人が剣、もう一人が鋸を持ち出して、寝転がったままのルビーに向かって斬りかかってきた。

 ただし、彼は気づいていない。最初の一人が持っているナイフが、消えているのに。


「な、なんだぁ!? てめぇ、何やってやが、あれ?」


 どこに行ったのか。気づくより先に、鋸を持った拷問官の首筋が熱くなった。生温かい液体が流れる首筋に触れ、足を止める。仲間も思わず立ち止まり、彼を見る。

 彼の首筋に突き刺さっているのは、拷問官のナイフだった。誰がやったのか、答えは裸足にされた足先だけでナイフを掴み上げ、投げ飛ばしたクレアである。それに気づくのと同時に、拷問官は狂ったような声で叫び出した。


「あ、お、俺の首、首に、さ、刺さってるううぅ! 抜いて、抜いてええぇ!」


「反抗しやがったな、てめぇら! 監視員を呼んできてやる、ただじゃ済まさねえ……」


 ここまでは、一同の予定通り。後はてきとうに始末するつもりだった。


「――うおりゃああああッ!」


 これは予想外だった。アルミリアが重い枷を担いで、拷問官に突進してのけたのだ。


「なん、え、ぎゃああ!?」


 流石に成人男性といえども、不意打ちの突撃を鳩尾に受ければただでは済まない。もんどり打って仰向けに倒れ込んだ拷問官は、怒鳴り散らした。


「このクソチビ、何をやって……え?」


 自分に跨る、鉄製の枷を握り締めたアルミリアの顔を見るまでは。

 憤怒と憎悪で、あどけない少女の顔は修羅の如く豹変している。そんな相手が――散々精神的に追い詰めていた相手が、重しを持ち上げて何をしようとしているのかを察し、慌てて仮面を外し、汗だくの顔で説得を試みる。


「ま、待って、待てよ、な? 何する気だ、その枷で、おい?」


 無言のアルミリアに対し、拷問官は畳みかける。


「分かった、枷の鍵はくれてやる! けどな、俺を殺せばここから出られないぞ! 牢の鍵は監視員が持ってるんだ、俺を殺せばあいつらは鍵を渡さないぞ!」


 だが、この提案はまずかった。聞いていたクレアが、小さく口を開いた。


「……その必要、ないわよ……あたし、鍵開け、得意……だからね……」


「そ、そんな……!?」


 しまった、と顔を震わせる拷問官だが、どちらにしても関係はない。


「……わらわを子供と甘く見るな。人を殺す術ならオットーより教わった――特に、因縁のある者は確実に殺せともなあァッ!」


 絶叫と共に、アルミリアは枷を、拷問官の顔目掛けて振り下ろした。


「ひ、ひぎゃあああぼっびっぶぎゅるうッ!?」


 何度も、何度も。両手が血に染まり、敵の頭蓋骨が陥没しても、アルミリアは手を止めなかった。ようやく落ち着きを取り戻したのは、拷問官の頭部がほぼなくなっているのに気付いた時で、彼女は特に慄きもせず、ゆっくりと立ち上がる。

 死体の服の内側を漁り、鍵を奪い取ると、自分の枷を外す。がちゃり、と重しを外したアルミリアは、落ちていたナイフを拾い、クレア達を縛る縄を切り始めた。


「……やるじゃない、あんた……」


「こ、これくらいは当然じゃ! わらわは指導者なのだから……」


 アルミリアの目には、涙が浮かんでいた。


「……涙くらい、拭ってから……言いなさいよ……鍵、外すわね……」


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