百連
その日は、モンテ要塞でも特別な日になるはずだった。
聖伐隊に何度も唾を吐いたハーミス一味の構成員を、大広場で大々的に処刑する日だ。
近隣に住む親聖伐隊派の民間人も呼び寄せ、一同の正義と強さ、そしてモンテ要塞を任されたユーゴーの権威を見せつける最高の機会。ついで程度だが、ゾンビ達の指導者である元反逆者、アルミリアも同じように処刑する予定である。
拷問に拷問を重ねた末の、惨めな死にざまを見せつける。聖伐隊に属する者達にとって、これ以上の娯楽は存在しない。だからこそ、隊員達はこの日を楽しみにしていた。
「――総員戦闘配置、戦闘配置!」
そのはずだった。
今や地平まで続くと錯覚する巨大なモンテ要塞は、誰もが狼狽する事態に陥っていた。
呑気に処刑を待っている隊員など一人もいない。ついさっきまで酒を煽っていたらしい者は山ほどいる。そんな連中ですら、武器を構え、城壁の通路を駆けずり回っている。
一部の隊員が、などではない。文字通り、ほぼ全員が、戦争の間際であるかのような慌てぶりである。親聖伐隊派の市民は隊員達以上に困惑し、中には泣き喚いてこの世の終わりであるかのように騒ぐ者もいるが、皆纏めて地下の隠し通路に押し込まれる。
「繰り返す、総員戦闘配置につけ! これは訓練ではない! 急げ!」
今日ばかりは防衛の仕事に就く必要などないだろうと高を括っていた聖伐隊にとって、城壁、塔の内部、城門から見える光景は、全くもって信じられなかった。
城壁の歩廊で思わず足を止めた隊員は、任務も忘れ、呆然と北の方角を眺めた。
「……何だ、あれは……あの数は……!?」
朝日を背に受け、地鳴りと共にやって来たのは、果たして荒れ地を埋め尽くすほどの砂埃と、凄まじい数の攻め立てる亜人と魔物の連合軍だった。
これまでの亜人による攻撃は、不意打ちや奇襲、潜入による破壊工作程度だった。だが、そういった類の敵はたいてい、こちらの物量で圧し潰せた。
ところが、今回は違う。敵は一切隠れる気がなく、これまでの聖伐隊のように、悍ましいほどの物量で正面から突進を仕掛けてきた。どこぞの国家侵略レベルの突撃を前にして、聖伐隊や正規軍ですら狼狽えるのは当然とも言える。
ぽかんと阿呆のように口を開いた隊員の隣で、若い隊員が、どうやら要塞守護部隊の一部隊隊長らしい、妙齢の男性に怒鳴られている。
「そんなふざけた話があるか! 間違いないのか、その報告は!?」
「間違いありません! 敵の総数は我々の総戦力とほぼ同等、構成員はエルフや巨人等の過激派団体『明星』と、『忌物の墓』の地下に封印したはずのゾンビです! しかも魔物までもがゾンビ化し、こちらに接近してきています!」
「『明星』が、ゾンビを仲間に引き入れたというのか……!?」
若い隊員が持ち位置につくべく走り去っていくのを見もせずに、隊長もまた、迫りくる土石流の如き怪物達を、幻覚であるかのように見つめることしかできない。
相応に魔物達との戦いで視線を潜り抜けてきた彼であっても、今ばかりは必死を覚悟せざるを得ない。そんな状況にあって尚、まだ塔の中からすら出てこないユーゴーはどこにいるのかと、隊長は右耳に挟んだ通信機で、彼を呼んでみた。
「ユーゴー様、ユーゴー様! 敵襲です、とんでもない数の魔物と亜人が……」
信じられない話だが、最初に返ってきたのは、大きな欠伸だった。どうやらユーゴーは、今この瞬間まで、自分の高貴な寝床で惰眠を貪っていたらしい。
「……ったく、そんなくだらねえことで一々俺様を叩き起こすんじゃねえよ」
「くだらないとは!? 侵略規模の襲撃です、いかにモンテ要塞がこれまで一度たりとて化物どもを寄せ付けなかったとしても……」
必死な声を、ユーゴーが遮る。
「馬鹿が。何の為にカルロの野郎が、要塞を強化したと思ってんだ?」
隊長は、はっと思い出した。これまで魔物の大規模な侵入を許さなかった理由を。
「城門とその周辺、外壁全部に不可視の魔力障壁発生装置を搭載したのを忘れたのか? あれを破るには天災でも力不足なんだ、魔物如きが破れるわけがねえだろ」
ユーゴーの言う通り、このモンテ要塞には強力な魔力障壁が張り巡らされている。
『忌物の墓』の表面に設置したものをより強固にした障壁は、通り過ぎようとする魔物や亜人を消し炭にし、放たれた矢や投石を粉々にしてしまう。つい最近、『選ばれし者』によって搭載された兵器を、隊長はすっかり忘れていたのだ。
「で、ですが……」
「ボケが、それでも心配なら『ハンドレッド・カノン』を使え! 俺様はあいつらを処刑する身支度で忙しいんだよ、処刑の時間まで連絡すんじゃねえぞ!」
逆上したユーゴーのその言葉を最後に、通信は乱暴に切られてしまった。
だが、隊長にはそれだけで十分だった。ユーゴーと無駄な長話をするのではなく、ただ一つの許可さえあれば、敵を塵滅できるのだから。
「……『ハンドレッド・カノン』の使用許可が下りた! 準備出来次第、発射しろ!」
隊長が大声で命じると、命令はたちまち伝搬した。
聖伐隊の隊員達は、あっという間に狼狽えなくなった。どうすればいいのかが少しばかり不明瞭だったのが、ある一つの許可によって、行動指針が固まったのだ。
彼らは皆一様に、城壁の内側の歩廊に移動する。分厚い石壁に等間隔で開かれた、窓くらいの大きさの穴に、その隣に設置されている青い砲塔を押し込み、横部に取り付けられたレバーを一度引くと、砲塔が薄く光り輝いた。
これこそ、かつて技師のカルロが作り上げた防衛用砲塔、『ハンドレッド・カノン』。
一つにつき三発限定の使い切り魔導砲だが、その利点は数が百個もあること。規格外の敵に対してのみ使用される予定のこれを、ユーゴーが使ってもいいと言ったのであれば、その時点で問題の半分は解決したも同然だ。
やって来る怪物達に照準を定め、ずらりと並んだ砲塔に光が溜め込まれたのを確認し、最も近い隊員が駆け寄り、報告する。
「隊長、砲撃準備完了しました! いつでも撃てます!」
そう聞いた隊長は小さく息を吸い、雷の如き声で叫んだ。
「よし、斉射開始! あのゴミ連中を焼き払ってやれ!」
同時に、青い砲塔から、同じく真っ青で巨大な砲弾が放たれた。
一つだけなら、避けるなり、弾くなりといった対処法ができる。しかし、それが百個ともなると、直撃、爆散し、要塞に到着するまでに敵の半分は壊滅するだろう。
残りの半分は、要塞の障壁に触れて死ぬか、蹂躙されて死滅するのがおちだ。隊長や、射撃を済ませた隊員達は一安心した調子で、山ほどの砲弾が飛んでいく様子を、腕を組んで見つめていた。
「あ、あれが、聖伐隊の新たな兵器……!」
さて、砲弾は進軍する『明星』とゾンビ軍団、ハーミス達の目に入って来ていた。
連合軍の先陣を切るのはシャスティ達『明星』のエルフやその他の亜人達、次いで魔物を含めたゾンビ軍団。一番後ろに控えるのは、巨人や彼らに匹敵する大きさの牛や猪のゾンビ獣と、彼らに乗っているゾンビだ。砂埃を巻き起こす災害が、走ってきている。
そのいずれの瞳も、砲撃が目をくぎ付けにされていた。
一行の視界に飛来してくるのは、空を埋め尽くす光を放つ、魔力を伴った殺意の具現。こんな危険物は直撃せずとも、炸裂するだけで何十もの同胞を殺すだろう。
「……ぶち壊しがいがあるぜ」
彼らの中に、不敵に笑うハーミスがいなければ、だが。
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