裂空
『忌物の墓』の黒い土がただの荒野となる境目に、聖伐隊の駐屯所がある。
といっても、町々に設置されるような規模の大きな建物ではない。
急ぎごしらえなのが丸見えの石造りの、白い屋根の家屋で、中にはテーブルや箪笥、ランタン等、生活と警備に必要最低限の設備と道具が揃っている。
「いやあ、ゾンビ達が地下にいるなんて、一時はどうなるかと思ったがなあ」
そんな小屋で、悠長にカードを用いたゲームをしながらテーブルを囲み、警備という名の談笑をしているのは、聖伐隊の隊員達だ。
ゾンビ騒動の一件の後、念の為監視員が必要だと判断され、志願した者がここに残ることとなった。ただし、後述するカルロの魔力障壁でゾンビを封じているし、『忌物の墓』には誰も何も近寄らないし、彼らとしては熱心に仕事をするつもりはない。
「カルロ様の『魔力障壁発生装置』をさっき投げ込んだし、もう大丈夫だろ。ゾンビの指導者や一部の反逆者もユーゴー様が捕まえたからな」
彼の言う通り、小屋にいる全員が、仕事をしているふりをしたいだけなのだ。
「発生装置は投げ込み忘れてたじゃねえか」「そうだったな、ははは」
怠惰な態度でも、誰も咎めない。危うくゾンビが出てくる危機に瀕していたのも気づかず、カードゲームに興じながら、一同はげらげらと笑う。
「とにかく、これでゾンビ共も『忌物の墓』に封印されて、俺達の仕事も減って……」
そのうち一人が頬杖をつきながら、曇り空を窓辺から眺めていたが、不意に口を無意識に開きながら目をこれでもかと開いた。
まるで信じられない怪現象を目の当たりにしたかのように、わなわなと体と顔、含めて全身を小刻みに震わす彼の異変を察した仲間の一人が、彼に声をかけた。
「おい、どうした?」
隊員は口をぱくぱくと、魚のように動かしながら振り向き、窓の外を指差した。
「あ、あ、あれは何だ!? 見ろ、空を裂いてる、あれ!」
「あれって言われても……お、おおぉ!?」
彼らも見た。空を斬り裂き、曇り空の間に晴天を覗かせた、赤い光を。
生まれてこの方見たこともない奇怪な現象の発生源など、言うまでもない。つい最近、ゾンビ軍団を封印して障壁を張りなおした地域だ。
あそこに設置していた楔はどうなったか、考えるまでもない。
「墓地の方だ、確かめに行くぞ!」「馬を出せ、急げ!」
こうなれば、聖伐隊としては確かめないわけにはいかないのだ。
まさか仕事をする羽目になるとは、などとぶつくさ呟きながら、彼らは隊服を羽織って外に出ると、不安そうな馬に跨り、黒い土で塗り潰された墓の方角へと駆け出した。
人間であるならば墓に踏み入るまでに少しだけ歩く必要があるのだが、馬の場合はあっという間に入り込める。普通の土であるはずなのに、どうにも溶けた鉛を踏みつけたような、沈み込む感覚が馬伝いにも染み渡って、一同は嫌な顔をする。
もとはと言えば、人間が入る地域ではないのだ。出来れば馬に乗ったまま、一度も足を降ろしたくないと思えるくらいには、人間にとってこの地は汚れているのである。何せ、反逆者や魔物、亜人の死体しかない、穢れた土地なのだから。
「ったく、ゾンビは制圧したってのに『忌物の墓』に入るなんて、最悪だぜ……」
不快さを隠そうともしない隊員を、誰も咎めない。欠伸をしている隊員も、さっきまで酒を飲んでいたらしい隊員も、恐らくはレギンリオルの全国民も同じ考えだからだ。
「ゾンビ如きにあんなことができると思えねえが、一体誰が……あっ!」
自分達の仕事を増やすゾンビが地上に出ていたなら、憂さ晴らしで切り刻んでやる。そんな考えを抱きながら馬を走らせていると、ほんの少し前方に、人影が見えた。
ただし、その影はゾンビなどではない。ともすればもっと厄介な相手になる可能性もあり、隊員達は聖伐隊らしく、気を引き締める。
「あの姿、間違いない! お前達、剣を構えろ! 取り囲め!」
ハーミス・タナーだ。
彼らが迅速に馬から降り、剣を腰の鞘から引き抜いて突き付けた相手は、ハーミスだ。
合わせて六人の聖伐隊が一人の人間を囲み、いつでも剣を喉に刺せるように突き付ける。黒い義手に違和感を覚えながらも、隊員の一人が脅すように叫んだ。
「動くな、反逆者ハーミス・タナー! お前、魔力障壁が張ってあったのに、どうやって墓の外に出た!?」
スキルがない男だが、やけに冷静で、隊員達など障害にすら思っていないようだ。
「ここを監視してる聖伐隊連中か。どうやって外に出たって、あの楔をぶっ壊して出たに決まってんだろ? さっきの光を見てなかったのか?」
「馬鹿な、お前はユーゴー様にスキルを奪われたはずなのに……!」
戸惑い、顔を見合わせる隊員達に、ハーミスは警告するように言った。
「それよりも、そこにいると危ねえぞ。聞こえるだろ、地鳴りが」
ハーミスの声に続いて、地面が上下にずん、と揺れた気がした。
地震ではない。もっと近くて、もっと大きい。まるで、墓そのものが震動し、何かを呼び寄せようとしているかのようだ。
「地鳴り?」「言われてみれば、確かに……?」
何が起きているのかと話し合う隊員達を見ながら、ハーミスはにっと笑った。
「あいつらの出入口が、多分この辺りなんだよ。ま、逃げてももう遅いけどな」
ハーミスの言葉に連れ従うように、地鳴りがどんどん大きくなる。
隊員達が立っていられないほどの震動となり、視界すらも揺れ始める。なのに、ハーミスは他の人間の如く這いつくばりもせず、ポケットに手を突っ込んで仁王立ちのままだ。
「いったい、どういう――」
どうにか顔を上げ、顎も瞼も揺れ続ける隊員の一人が問うと、ハーミスは答えた。
「――こういう意味だよ」
ただ、彼が口にするよりも先に、答えの方からやってきた。
震動が内臓を掻き乱すほどの地響きへと変わった瞬間、黒い土が山よりもずっと高く見えるほど高く盛り上がり、破裂した。それはハーミスの背後だけでなく、彼を取り囲むように、爆発的に発生したので、隊員達は思わず恐怖から縮み上がった。
「「わ、わわ、わあああぁぁッ!?」」
彼らが意図せず絶叫までもを加えてしまったのは、無意識にではない。
舞い上がる黒い土の中から出てきた大小合わせて数えきれないほどの魔物と、それに跨った無数のゾンビ軍団を目の当たりにしてしまったからだ。
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