変形
ハーミスとエミーが向かい合う一方、最早どの階層にいるかも分からなくなったクレア達とアルミリアは、追いかけてくる聖伐隊の隊員を撃退しながら、必死に走っていた。
「邪魔よ、この! どきなさいッ!」
槍を投げつけてくる敵に対して、クレアは時折足を止め、アサルトライフルを敵に向かって乱射する。紫色の魔力弾は、盾を簡単に貫通し、敵の体を弾き飛ばす。
敵がいなくなったのを確認してから、空になった弾倉を投げ捨ててリュックから新しいそれを取り出し、銃身の下部に取り付けるクレアを見て、アルミリアは目を輝かせる。
「なんじゃクレアよ、その武器は!? 初めて見たぞ!」
「アサルトライフルって言うのよ、ハーミスから借りたのをリュックに突っ込んどいて正解だったわ……近づいてんじゃないわよ!」
そう言って振り返り、別方向から迫り来る敵に銃を撃ち放つ彼女の姿は、戦闘力に乏しいと思われる指導者からすれば、歴戦の勇士と呼ぶに相応しい。マズルが光る度に死体が重なってゆくが、敵の攻撃を休むところを知らない。
「アルミリア、『例の場所』はまだですか! きりがありませんよ!」
「いくら皆を逃がす為でも、遠回りしてちゃ大変だよーっ!」
エルとルビーも奮戦するが、通路一つを通り抜ける間にここまで攻撃を受ければ、流石に延々とは逃げ切れない。クレアのライフルにも、弾数制限がある。
二度目の波を切り抜けて、第二階層よりも狭い広間に飛び出しながらも一向に走る足を緩めない彼女達に囲まれつつ、アルミリアは言った。
「もう少しの辛抱じゃ、敵の攻撃が落ち着いたら三つ目の『あの場所』に隠れ込む!」
「え、何個もあるの!?」
「このような事態を想定して何か所かに分けて作ったのじゃ! もしも一か所が敵にばれても、戦力を残せるように……わらわが使うのは、心苦しいが」
どうやら、彼女が準備していたのは、仲間達を避難させる為の区域のようだ。そしてそんなものを自分が使うというところに、アルミリアは抵抗感があるようだ。
そんな人物に心当たりがあるクレアは、茶色の髪を掻きながら笑った。
「なーにを遠慮することがあるのよ、あんたは指導者なんだから! ハーミスにもしょっちゅう言ってるけど、もうちょっと自分の命の価値ってもんを重視しなさい!」
「貴女は重視し過ぎて逃げ腰ですがね、クレア「うっさいっ!」」
エルが突っ込み、ルビーが笑う。
アルミリアは、この光景が今に限らず、いつもの会話の延長線なのだと知った。聖伐隊が追いかけてくる緊急事態でも人の身を案じ、仲間と笑うだけの余裕がある。ここに至るまでに、彼女達はどれだけの視線を潜り抜けたのだろうか。
羨ましい、そしてそうなりたいと、アルミリアは思った。かつてハーミスの存在を知った時よりもずっと、もっと強く、彼女は願うようになっていた。
「……ははは、良き仲間がおるのじゃな、ハーミスは。現状を打破してもらい、同胞を逃がすのを手伝ってもらい、世話になってばかりじゃ」
だが、願うばかりではいけないとも感じていた。
自分にできることを見定め、後ろを眺めているだけでなく、共に立ち並んで為すべきことを為せればと。囲まれ、守られる立場のままではいないと、彼女は逃げている途中だというのに覚悟を決めていた。
「うむ、決めた。地上に出られた暁には、わらわがお主らを助けよう――」
聖伐隊の襲撃を切り抜け、ゾンビ軍を率いた時には、必ず共に戦う。
彼女の決意を耳にして、三人もにっと微笑んだ。自分達に頼るだけでなく、一緒に戦うと言ってくれたのだから、こんなに心強い話はない。
そうだ、並び立ってレギンリオルの地に立とう。
ただ、一つだけ問題はある。
「――おいおい、俺様から逃げられると本気で思ってんのかァ?」
聖伐隊、ならびに『選ばれし者達』から逃げられるという前提が、限りなく難しいことを、四人はすっかり失念していた。
広間を走る四人の前に、いつの間にかユーゴーが立っていた。しかも、彼女達の背後左右からは、まるでアルミリアをずっと追いかけていたかのように、聖伐隊の隊員がばたばたと集まってきたのだ。
その数、どう少なく見積もっても五十人。アルミリアを囲むように立ち、敵を睨むクレア達だったが、ユーゴーは四人の警戒を解くように、笑いながら言った。
「お前ら、手は出すなよ。こいつらは俺様の獲物だ」
ハーミスの真似のつもりだろうか、随分と余裕綽々といった調子だ。
「金髪豚野郎……!」
「ユーゴーだ! ふざけたニックネームで呼ぶんじゃねえ!」
彼と向かい合うように立つクレアの暴言で、一瞬でそれは崩されたが。
「『選ばれし者』め、わらわの首が目当てか!」
アルミリアの言葉を聞いて、ふん、と鼻を鳴らしながら、ユーゴーは首を横に振った。
「いいや、てめぇはついでだ。聖女から命令を受けたのはエミーの方だぜ、カタコンベを襲えってな。俺様が興味を持ってんのは、後ろの三人だ」
彼が指差したのは、クレア、ルビー、そしてエル。
「……あたし達?」
彼が三人を狙う理由など、一つしかありはしない。
「俺様はな、個人的な用事で来たんだよ! ハーミスの仲間を連れ返って、出来るだけ惨たらしく殺してやる為になァ!」
瞬間、凄まじい形相でユーゴーが吼えた。
鉄色の顔のせいか、もうその顔は人間のものではなかった。かといって他の生物とも思えない、悍ましい表情は、生物としてすら認識できない。
そんな怪物が、復讐を轟轟と叫び散らすのだ。アルミリアが慄くのも、仕方ない。
「知らねえうちに一人増えてるようだが、関係ねえな! 纏めて捕らえて、聖伐隊に仇名す反逆者として大々的に処刑してやるぜ! 安心しろよ、そこのゾンビ女もついでにブチ殺してやるからよォ!」
復活した彼の目的は、聖伐隊の目的などとはまるで関係がなかった。
ハーミスに殺された復讐。ルビーとクレアに邪魔された復讐。それら全てを、ハーミスが大事している仲間にぶつけてやろうとしているのだ。守ろうとしているものを一切合切壊す為、ただその為だけに『忌物の墓』へとやって来たのだ。
本人は復讐の権化だとでも思っているのだろうが、その実はまるで違う。悪行への報いに対して怒る、ただの逆恨みの権化に過ぎない。
「やれるもんならやってみなさいよ、クソがッ!」
クレアもそう知っているからこそ、間髪入れずにアサルトライフルをユーゴーに向け、引き金を引いた。
閃光と共に、紫色の銃弾がユーゴーに吸い込まれていく。聖伐隊の有象無象が動き出すより先に爆風が巻き起こり、敵の体に何発も命中した魔力弾が炸裂する。
人間どころか、機械兵や大型の魔物すら破壊してのける高威力のアサルトライフルだ。少なくとも、『聖騎士』程度では防げないとクレアは確信していた。
ただ、これまた、彼女達は失念していた。
もくもくと巻き上がる煙が晴れた時、そこにユーゴーはいた。
「……何よ、その腕……!?」
翳した右腕の掌を変形させ、盾のようにしたユーゴーが。
彼は無傷だった。それどころか、クレアが斉射したアサルトライフルの銃弾を全て盾で受け止めていた。スライムのような軟性を持つ鋼鉄の肌は、紫の光を灯したままの弾丸を握り締めるように掴んでいた。
明らかに人間の腕ではない、流動する鈍色の盾を揺らし、ユーゴーは笑んだ。
「そういや紹介してなかったな――俺様の新しいスキル、『変成』を」
息を呑む一同の反応を、心から愉しむかのように。
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