散開
広間がたちまち、悲鳴と戦いの音で埋め尽くされる。
「うぎゃああ! 頭だけはやめろおお!」
「囲め、囲んで殴っちまえ!」「頭を千切ってやるのよ!」
槍で刺されるゾンビや、複数で一人の隊員を囲んで殴打するゾンビ。仲間を逃がす為、魔物を廃滅する為、双方必死の形相で攻防戦を繰り広げ、死体と死体だったものが転がってゆくカタコンベは、たちまち戦場となる。
そんな中、命令を下し終えたアルミリアの手を、オットーが引こうとした。
「お嬢様、私があそこまで誘導いたします」
付き人としては当然の行いだ。仲間の身も案じるが、先ずはアルミリアを優先するのは、四十年近く付き人として勤めてきた彼の、本能に近い行いだった。
しかし、アルミリアは彼の手を静かに払い、勇猛さを湛えた瞳で彼を見つめ、言った。
「わらわに構う必要はない! オットー、お主は他の仲間達が無事に逃げ切れるよう誘導するのじゃ! もし難しければ、ここを捨て、国の外まで逃げられるよう手引きせよ!」
自らよりも仲間を優先し、自分の付き人に対してさえ、自分よりも仲間を守れと命令する。彼女は既に指導者として完成されていると言えたが、従者としては心配だ。
「しかしお嬢様、やつばらめは聖伐隊でございます! 一人では……」
邪悪なる聖伐隊が攻め込んできている時に、アルミリアを一人にするなど、オットーとしてはいくら命令だとしても考えられなかった。
だが、彼は一つだけ勘違いをしている。彼女は今、一人ではない。
「その心配はありません、私達が逃げ切れるよう護衛します」
アルミリアの後ろから出てきたエル、クレア、ルビーの三人が、護衛を名乗り出た。
既に何人かの隊員を倒しているようで、ルビーの手にはぐったりとして動かない隊員がいるし、クレアの足元には雑兵が転がっている。
彼女達はハーミスと共に、何度も聖伐隊と戦ってきた。自分がアルミリアを守れないのは心苦しいが、これ以上に信頼できる護衛役がいるだろうか。
少しだけ迷う仕草を見せたが、時間もないと気づき、オットーはエルの手を握った。
「エル様、他の皆様も……かたじけのうございます、お嬢様をお任せいたします!」
手を握られたエルが強く頷くと、オットーは聖伐隊に追われ、逃げあぐねている仲間達を救うべく、広間の奥に駆け出していった。ゾンビに襲いかかる隊員を回し蹴りで撃退する付き人の姿を見つめ、アルミリアは叫んだ。
「仲間達を頼んだぞ、オットーよ!」
「ほら、あんたも行くわよ、アルミリア! 『例の場所』まで案内してちょうだい!」
クレアにそう言われ、アルミリアは三人に囲まれるようにして走ってゆく。
命令を下してからは不動の姿勢を取っていたユーゴーだが、彼女達の動きだけは見逃さない様子で、じろりとカタコンベの奥へと消えゆく四人を睨みつける。
「そうはいかねえぜ、俺の頭を潰された恨みは忘れちゃねえからな……ッ!?」
彼女達を追うように足を踏み出したユーゴーの足元が、鋭い音と共に抉れた。
「てめぇらの相手は俺だろ、ユーゴーと……エミーで、いいんだよな?」
ユーゴーと、隣に立ち尽くす包帯人間の足元に魔力弾を撃ち込んだのは、ハーミスだ。
魔導拳銃を構えるハーミスにとって、ユーゴーは形が多少変わろうとも見覚えがあった。ところが、隣に立ち尽くす女性――だった人物、に関しては違和感を覚えた。
身長はハーミスよりも少し高めで、三年前は黒と青のツートンカラーのロングヘアーが特徴の、容姿が整た女性だったが、現在は体中に包帯が巻かれ、肌色が見えるのは真っ黒に澱んだ右目の周辺だけ。おまけに、ちっとも喋らない。
常にゆらゆらと動いており、首が座っていないかのように包帯の隙間から少しだけ覗く、目元以外の肌は焼け爛れているように見える。聖伐隊の隊服は、襟が耳まで届くほど長い点を除けば一般隊服と変わりないが、奇怪さは十分だ。
『ファーマー』の天啓を得た彼女は、幾分お喋りだったようにハーミスは覚えている。
「俺を殺した時は、今よりずっと饒舌だったと思うんだがな」
「ああ、こいつはローラの命令で『あいつら』と話し続けてたんだよ。『ファーマー』の天啓を受けた奴は『対話』のスキルも得るし、その能力も強かったからな」
「『あいつら』?」
あいつら。
ファーマーのスキルとして、魔物や獣との会話を可能とするスキル『対話』があるのは、そう珍しい話ではない。問題なのは、エミーがこうなってしまうような相手と話させた点だ。ハーミスはどうにも、まともな相手と対話したとは思えなかった。
相手の怒りを買ってああなったわけではないと、ハーミスは察していた。単に会話をするだけでこうなってしまうような相手と話す――つまり、ローラはそんな相手と何かしらのコンタクトを取っているのだとも、彼は思った。
だからこそハーミスが聞き返すと、ユーゴーは不意に口を閉じてしまった。
「喋りすぎちまったな。あと、俺様はてめぇに用があってきたわけじゃねえんだよ」
話過ぎだけが理由ではない。彼の目的を、すっかり思い出したようだ。
「――用事があるのは、てめぇが奪われるのを一番恐れてるもんさ」
もっと早く気付くべきだった。ユーゴーの目が、自分を見ていないと。
喪失を恐れるものなど決まっていると言わんばかりに、ユーゴーがにやりと笑うと、彼の体が液体のように溶けてしまった。ハーミスは瞬きをしていないのに、彼は一瞬で溶け切って、その場からすっかりいなくなってしまったのだ。
鉄がどろどろに溶けてしまうかのように、なのに水のように軽やかに消えたのだ。
そして、勘の良いハーミスは理解していた。邪悪なユーゴーが、ハーミスではなく別に狙う相手を。彼が失いたくないと、彼を憎む相手が気づいている相手に。
彼の悪行を許すまいと、ハーミスは彼がどこに行ったのか、辺りを見回した。
「ユーゴー! この野郎、どこに……」
それがどうやら、エミーの中にある何かしらのスイッチを押してしまったようだった。
「ウーガアァッ!」
突然、包帯が巻かれた顔をぐねぐねと動かしながら、エミーが叫び出した。三年前の可愛らしい声など微塵も感じさせない。潰した喉を、無理矢理開いて発させたような声だ。
ハーミスがエミーを見ると、彼女の腕に巻かれた包帯が、もりもりと隆起した。
体をくの字に折り曲げながら捩るエミーの体、その包帯が剥がれた途端、内側から緑色の何かが飛び出してきた。
「何だこれ、植物……!?」
自分目掛けて突っ込んできたそれを勢い良くかわすと、正体が分かった。
それは間違いなく、植物。突き出したエミーの手を埋め尽くすほど異常な太さと、離れた距離を一瞬で詰めるほどの長さにまで成長した植物の蔓だ。彼女はこれでハーミスを圧し潰そうとしたようで、直撃した床が砕け、石が弾けとんだ。
「……もう一つ、スキルがあるみたいだな。さしずめ『成長』ってとこか、包帯の内側に植物の種を仕込んで、急激に成長させたんだろ?」
包帯女は無反応だ。正解かどうかも分からない。
「喋れねえなら木みてえに突っ立ってろ……俺の邪魔をすんじゃねえ、エミーッ!」
ならば無用だと言わんばかりに、彼はポーチから魔導式散弾銃、ショットガンを取り出した。化物にはショットガンだと、相場が決まっているのだ。
エミーは言葉では返さなかった代わりに、既に聖伐隊もゾンビもすっかりいなくなった広間の床に向かって、思い切り手を打ち付けた。すると、一体どれだけの成長をするのか分からないほどの緑色の蔓と葉が噴き出してきて、あっという間に広間を覆い尽くした。
ハーミスを逃がさない。命令されたことは、しっかり遂行するようだ。
彼としても、正面から攻撃してくるのであればありがたい。
両腕の包帯が剥がれ、植物の種を埋め込んだ、焼け焦げた肌が見える。一丁で足りないと判断し、ポーチから魔導式突撃銃、アサルトライフルを取り出す。
そして、襲い来る植物と二丁の銃は、激突した。
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