角錐
第二階層のとある大広間には、信じられない数のゾンビが集まっていた。
他の階と同じく、墓地、掘削したアイテムを集める施設、武器の貯蔵庫がある中で、今日最もゾンビ達の注目を集めていたのは、紛れもなく、何の変哲もないこの広間だ。
灯りの下、うようよ、わらわらと集まったゾンビ達。ここまで多いと、あまり気にならなかったはずの腐臭が、少しだけ鼻を突いてくる。
「物凄い数のゾンビが集まっていますね……」
ゾンビ達の視線が集中する、広間の奥に、例のアイテムがあるようだ。
「悪りい、通してくれ!」
あまりの数に呆気にとられる三人を置いて、ハーミスが間を縫うように近寄ってゆく。
がやがやと騒々しい群れを掻き分けて、ハーミスと仲間達が彼らの先頭に躍り出ると、そこには何人かのゾンビと、我を見よと言わんばかりに胸を張るアルミリアがいた。泥汚れが目立つ彼女も、ずっとアイテム探索に携わっていたのだろう。
「おお、ハーミス! 見よ、仲間達が見つけたあれこそ、楔ではないか!?」
しかし、配下の者を立てるところは、良いリーダーの証だ。
アルミリアが自分の真上を指差し、誘導されたハーミス達の視線の先には、逆さになった三角錐のような、銀色の何かが突き出していた。大きさは人間と同じくらいで、泥や砂の汚れはちっともついておらず、地下墓地で異端とも呼べる輝きを放っている。
「偶然引っかかってた武器を掘り落とそうとした時に、見つかったんだよ。ただ、ぶつかったツルハシはこうなっちまったけど……」
そう言って作業員ゾンビが突き出したのは、恐らくツルハシだった棒切れだ。先端の部分が焼け焦げ、砕けているように見える。あのアイテムに触れた影響だろうか。
金属が容易く破壊された現状を見て、辺りが騒めく。ハーミスは、そう上手くはいかないと思っていた。再び見上げた金属錐は静かに、奇怪な空気を醸し出している。
「……カルロが作ってたアイテムに似てるな。エル、どうだ?」
「強い魔力を感じます。内側からも外側からも……並ではありませんね、あれは」
「うん、ルビーも感じるよ。すっごく嫌な感じ、どろどろした魔力の臭いがする」
エルもルビーも、あの三角錐が障壁の発生源で間違いないと思っている。
「どろどろした魔力って、どんなのよ」
「様々な魔法やアイテムとしての機能を融合させた結果、歪な状態となっているのでしょう。効果はありますが、魔力としては非常に不安定なはずです」
「ならば、早速破壊しようぞ! 皆、ツルハシとスコップの準備じゃ!」
彼女のやる気に応えて、周囲のゾンビ達は破壊用の工具を集めようとしたが、慌ててハーミスが止めた。
「待て待て、あんなもんを普通にどうにかしようなんて、確実にヤバいだろ。掘り出した奴の話が正しけりゃ、恐らくだが……エル、ルビー、頼んだ」
そんな簡単に破壊できるような防御装置を、聖伐隊が設置するはずがないからだ。
ハーミスが二人を見ると、二人は小さく頷いた。そして、エルは桃色のオーラを手に集中させ、勢いよく遠い天井の三角錐に向けて放った。その隣で、ルビーも口の中に溜め込んだ炎を、勢いよく吐き出した。
周囲は騒然とし、ハーミスの仲間の力に驚いた。だが、二つの力が三角錐に命中する直前で、それらはまるで拒絶するかのように、触れる寸前で弾かれてしまった。
「弾かれた、じゃと!?」
エルのオーラはすぐに仕舞われたが、ルビーの炎はその後暫く吐き続けられた。錐を舐めるように、地下墓地を照らしながら放たれていた炎だが、やがてルビーが口を閉じると、炎も途絶えた。一方で、銀色のアイテムは無傷であった。
「それに、ルビー様の炎でも溶けないとは……堅牢ですな、あの楔は」
ふう、と口の中に残った炎を漏らしたルビーの頭を撫でながら、ハーミスが言った。
「内側から触れさせないようにする為だな。触れたのがツルハシでラッキーだったぜ。そうじゃないときっと、障壁に触れた時みたいに丸焦げになってただろうな」
「相当強力な防御魔法が施されていますね。どうしますか、ハーミス?」
パワー担当の二人の攻撃を以てしても、傷一つつかない謎のアイテム。あんな代物を破壊するとなると、やはり『通販』で購入する武器が必要だろう。
「……あの楔を、周囲の地面諸共吹っ飛ばす。アルミリア、皆をここから離してくれ」
「うむ! 聞いたな、皆! ハーミス達の後ろに下がれーいっ!」
アルミリアの命令に従い、掘削の担当者や他の業務についていたゾンビ、野次馬も含めて、大量のゾンビが後ろに下がった。仲間や支部長、オットーも例外ではない。
どうするのかと心配そうに眺めるゾンビ達の視線を背に受けながら、ハーミスは『注文器』を起動し、青いカタログ画面をスライドしてゆく。初めて見た光景と妙な道具を前にして、アルミリアがぐっと身を乗り出す。
「ハーミスよ。触れられぬものを吹き飛ばすとは、如何にするのだ?」
「言ったろ、ピンポイントで楔と地面を撃ち抜く。えっと、今朝カタログに載ってたので、ちょうどいいモンが……これだ、注文っと」
そうしてハーミスが注文ボタンを押すと、円を描く、虚空の闇が現れた。
「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
そこから出てきた、バイクに跨る白黒の女性。荷台に大きな商品の入った箱を乗せる通販スキルの配送人、キャリアーだ。
「う、うおお!?」「どこから来たんだ、こいつ!?」
「ほう、どこからともなく配下の者を呼び出すとは! 見事なり!」
驚くゾンビ達と、賞賛するアルミリアを他所に、配送人は荷物を降ろす。
「本日ご購入いただいた商品は、『掘削用魔導螺旋機雷発射装置』二台でございます。合計六万ウルは既に引き落とし済、ラーニングも完了いたしました。そして――」
「キャリアー、細かい話なら後にしてくれ。今は忙しいんだよ」
「……畏まりました、またのご利用をお待ちしております」
何かを伝えようとしたキャリアーだったが、箱を開け、武器の準備に取り掛かるハーミスにつんと撥ね退けられ、さっさと闇の中へと戻ってしまった。
「何それ、花火みたいなの?」
「そんなところだな。よし、準備完了……お前らも離れてろ、耳も塞いどけ!」
全てが真っ黒な筒と、それを支えるフレーム上の鉄材。そして筒の中にハーミスが押し込んだのは、箱の中に入っていた、六個の先端が尖った爆弾を、一纏めにしたもの。これらをセットし、ハーミスが叫ぶと、咄嗟に全員が耳を塞いだ。
しゅうしゅうと唸り、筒が紫に光る。皆が目を見開く中、そして。
「――発射!」
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