児戯
ハーミス達の地下墓地生活は、テントの中でゆっくりと過ごすだけではなかった。
先に行った通り、自分達にできることは何でもするとハーミスが告げると――クレア曰く、彼の悪い病気――誰もが大喜びし、あっという間に一行は四方八方へと引き剥がされ、様々な手伝いを頼まれた。
武闘派だと思われているハーミスには、武術や剣術を教えてほしいと、戦闘兵士の志願者が集まった。武闘家の天啓は持っていない彼だったが、ライセンスを使って剣士になり、聖伐隊を斬り伏せた剣術を教えた。
エルやルビーは、主に発掘作業の手伝いを行った。といっても、二人に与えられた役割は重い物の搬送や、崩れそうになっている個所の修復である。ドラゴンの怪力と魔女の繊細な魔法は、大いに彼らの作業に貢献し、一層注目を集めた。
存在を知られていなかったクレアだが、休憩時間や昼夜の憩いの時間は、彼女の独壇場だった。聖伐隊との戦いや自身の活躍を三割増しで話すと、英雄の戦いに喜び、哀悼の別れに悲しみ、魔物や亜人の開放譚を大いに喜んだ。
食事の必要がないゾンビにとっては、ハーミス達のテントや料理の光景も懐かしい、或いは珍しいようで、起きてから寝るまで、ずっと彼らは注目の的だった。
ルビーが緊張で眠れず、朝から不機嫌な調子を隠さなくなったのは、地下墓地生活が始まって四日目だった。訓練場の二つ隣の広間に張ったテントから、準備を済ませた一行が出てくると、四日間ちっとも変わらない光景が、大広間に広がっていた。
「支部長、一昨日は第四階層、昨日は第三階層を徹底的に調べ上げましたが、魔法関連のアイテムらしい物体は見つかりませんでした!」
「うむ、ならば今日は第二階層じゃ! 今日こそは見つけようぞ!」
「「おぉ――っ!」」
支部長アルミリアの激励と、それに応える大量のアイテム探索班ゾンビ達だ。
この光景を見るのも、もう三日目だ。障壁を張っているとされる魔法アイテムを探すべく、アルミリアが発破をかけ、ゾンビ達は疲れを知らない体で働き続ける。支部長も共に探し、ゾンビなのに夜は眠り、翌日の朝に作業を再開させる。
そんな様を四日も見せつけられ、ハーミスはその勤勉さと、ある意味では阿呆らしさに、ただただ大したものだと思わされるばかりだった。
「……第一階層から調べるのが、一番早いんじゃねえか?」
ばたばたと広間中を走り回り、ツルハシを持って元気に坂道を駆けあがっていくゾンビ達について行くように歩いていると、一行の後ろからオットーの声がした。
「階層は居住区ごとに分かれておりますので、第一階層が一番上とは限りません。第三階層でありながら地表に最も近いところもございます」
オットーの説明通りなら、この地下墓地は開拓に次ぐ開拓で、階層を変えずに高さまで変わっている。完全にアリの巣と化していると言っても過言ではない。
「ふーん……まあいいけど。毎日毎日、よくあのテンションが維持するもんよねえ」
「何と言うか、貴族ってイメージからはかけ離れてるよな。俺の偏見だけどよ、もうちょっとおしとやかってか、少なくともテロ組織のリーダーって感じじゃねえだろ」
ゾンビの間を掻き分け、坂道トンネルを歩いていくハーミスが言った。
確かにアルミリアは、種族は違えど同じ姫というポジションにあったエルフのベルフィと比べると、随分と雰囲気が違う。御姫様や貴族令嬢よりも、ガキ大将と呼んだ方が、大変失礼ではあるが、イメージとしては近いはず。
「転機さえあれば、人は変わるものでございます」
「転機ですか。ゾンビとして蘇ったことが、ですか?」
エルが聞くと、オットーは頷いた。
「それも含めて、二つございます。正確に言いますと、ゾンビになったことというよりは、不条理な死に追い込まれたことが、お嬢様を変えました」
歩きながら話す付き人は、アルミリアを幼い頃から知っていた。
ごくごく普通の、ありふれた貴族。穏健派と強硬派の長年にわたる因縁などちっとも知らず、聖伐隊の悪逆も、自分の下に刃が届くまでちっとも知らなかった。死の間際までも、どうして自分が死ぬのか理解していないほどの、所謂甘ったれであった。
「強硬派による粛清が始まるまでは、お嬢様は良くも悪くも令嬢、でございました。幼い頃から蝶よ花よと育てられ、世を知らず人を知らず……処刑されたのも、両親や他の貴族のついでのように、私には思えました」
「付き人が、そこまでボロカスに言っちゃっていいわけ?」
狐のような目を僅かに開き、オットーはクレアを見て、笑った。
「私が蘇った日、お嬢様に既にお話ししております。付き人の役目を降ろされる覚悟でお伝えいたしましたが、お嬢様はそれどころか、私にこうおっしゃりました――このままではいたくない、戦う術を、人を率いる術を教えて欲しいと」
死から蘇ったアルミリアの第一声は、文句でも愚痴でもなく、闘志の具現だった。
もしかすると、死んでいる間はほんの少しだったが、アルミリアはどこか別のところで、魂だけを生き永らえさせていたのかもしれない。その間ずっと、短い人生よりも長い期間の思案を重ねていたのかもしれない。
そうして、結論を出したのだろう。自分が無知の弱者であり、そのままでは焼き払われた両親、親族に顔向けできない。為すべきことを、為さねばならないと。
「復讐心が変えたってわけね、あの子を。あたしも知ってるわ、そういう奴」
意地悪い顔でクレアがハーミスを見ると、彼はばつの悪い顔をした。
「ただ、それだけではお嬢様は今のようにはなられなかったでしょう。どこまでいっても児戯の域を出ませんでしょう……ハーミス様、貴方の存在を知るまでは」
「……憧れたってのか、俺みたいなのに」
ちょっぴり眉を上げたオットーの表情が、答えだった。
どんな指導者になるのかはおぼろげだった。ゾンビ達の信頼や、忠心もまちまちだった。それが、ハーミスを新聞で見たその日から変わっていった。彼女の目指す目標が、偶像から、ハーミスへと変わったのだ。
開拓や仲間を増やすだけでは得られなかったアルミリアの意志は、果たしてハーミスの存在を知ることで、完成形へと近づいた。即ち、信じるべき指導者の形に。
「いつか貴方のようになりたい、それがお嬢様の望みでございます。児戯、ごっこ遊びを超え、レギンリオルに蔓延る邪悪を滅する、真のリーダーとして――」
付き人としてお嬢様の成長を嬉しそうに語るオットーだったが、話は遮られた。
「――おーい、第二階層で何か見つかったらしいぞーっ!」
伝搬するゾンビの大声が、広間や通路中に響いたからだ。
一行やオットーだけでなく、作業に勤しんでいたゾンビ達の手が、一斉に止まる。
「見つかったか!」「掘削用の道具を持ってこい、急げ!」
他の作業や訓練をしていたゾンビも、わらわらと集まり、第二階層へ続く通路を通ってゆく。ハーミス達も顔を見合わせ、予想外の事態に目を点にする。
だが、何となく気づいてもいた。彼女が率い、探し、諦めなければとも。
「……もう『持ってる』のかもな、アルミリアは。俺達も行こうぜ」
一同は笑って首を縦に振り、ゾンビの後ろについて走り出した。
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