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墓地


 ハーミスを含め、一行は思わず警戒を緩め、棒立ちになってしまった。

 当然だ。今まで敵意を剥き出しにして、ゾンビにすらせず殺すのだと明言した相手が、目を子供のように輝かせて、自分のファンと言うのだから。


「ファン、だって? おいおい、何言って……」


 困惑するハーミスだったが、変化は彼女と付き人に留まらなかった。


「おい、ハーミスって、あの?」「支部長の言う通りだ、あのハーミスだ!」


 なんと、彼らを取り囲んでいたゾンビ達すらも、同じように態度を変え、救国の英雄を見るかのような目で見つめ、わっと騒ぎ出したのだ。ゾンビがまさか呻き声以外で話せるとは思っていなかった四人は、今度こそ妙な顔になってしまった。


「誰か、灯りを付けてこい! 顔がちゃんと見えねえじゃねえか!」


 しかも、どこかのゾンビの一声で、墓中の柱の陰に隠れていた松明に明かりが灯った。どういうシステムになっているのか、そもそも灯りがあったのか。ぱっと照らされた地下墓地の光景を見る前に、一同は目を覆う。


「うわ、眩し……ってか、灯りがあるのかよ!?」


「侵入者が来たって支部長から連絡があったから、今まで消してただけだよ。というか、うわぁ、本当に新聞の人相書きと同じハーミスだ……伝説の英雄だぜ……!」


 再び目を開くと、より土気色が目立つゾンビ達が、ハーミスを囲んでいた。

 彼だけではない。ルビーとエルも、様々な性別、年齢のゾンビに囲まれている。生臭さというよりは土の臭いに囲まれ、二人とも困り顔だ。


「嘘だろ、じゃあ隣の、尻尾が生えてるのがドラゴンのルビー!? 『バルバ鉱山の戦い』で聖伐隊が作った悪の兵器を破壊した、伝説の赤い竜!?」


「間違いねえよ! よく見ろ、この人の聖伐隊の隊服、後ろに赤いバツマークがついてる! 特務隊唯一の生き残り、『獣人街の戦い』で聖伐隊の殲滅に貢献した桃色の天才魔女、エルだよ!」


「すっごーい! まさか本物のハーミスが見られるなんて! 感激よーっ!」


 ハーミスに寄ってきた、半分顔のない女性のゾンビに、ルビーが慌てて注意した。


「わ、噛んじゃダメだよ!」


 ところが、隣にいた右足と左手のない男のゾンビがルビーを諭す。


「噛みなんかしないよ、あんた達は俺達反聖伐隊派の希望だ! なあ、ドラゴンを見るのは初めてなんだ、よかったら握手してくれ!」


「あ、僕も僕も!」「ずるいよ、私も触りたい!」


 言われるがまま、ルビーはゾンビと握手をする。


「私はエルさんのサインを頼むよ、ほら、右腕のここに!」


 エルも同じく、左腕のないゾンビが突き出した右腕に、渡された針でサインする。

 嬉々として針を返してもらい、肌にサインを彫ってもらったゾンビがステップしながら去っていくのを見て、しかもエルはまだファンに四方を囲まれる。


「ど、どうなっているんですか……百八十度、対応が変わっていますよ?」


「まあいいじゃない、あたし達を味方と思ってくれてんだから!」


 三人とも戸惑っている状況の中で、クレアだけが明るい調子だった。

 寧ろ良い機会だとすら思っているあくどい表情の彼女は、リュックから紙を取り出し、ペンでてきとうに自分の名前を書き足すと、それを振り上げて大声で叫んだ。


「ねえねえ、ルビーとエルもいいけど、あたしを忘れてんじゃない? このクレア・メリルダーク様のサイン、一枚一万ウルで売ってやるわよーっ!」


 自分も一行の一員だから、サインはさぞ価値があり、売れると踏んだのだ。金銭が流通している環境かはさておき、確かにハーミスの仲間であれば高値で売れるだろう。


「……知ってる?」「さあ、ハーミスの従者とかじゃねえか?」


 ゾンビ一同が首を傾げるくらい、彼女の知名度が低くなければ。


「ちょっと待ちなさいよ、なんであたしだけ知らないのよ!?」


 思わず激怒した――エルは堪えきれず吹き出していた――クレアがずっこけると、アルミリアとオットーが一行に歩いてきた。はしゃぎ騒ぎ、小躍りすらしていたゾンビ達も、主達がやって来ると静かになり、ハーミス達を解放した。


「恐らく、紙面にでかでかと乗っておらぬからじゃ。しかしわらわは知っておるぞ、クレアという救世主の右腕が、いつでも彼を支えてサポートしていると」


「いやはや、自分も驚いております。改めて、かのハーミス・タナーとは露知らず無礼を働いたこと、アルミリア様に代わり、このオットーがお詫び申し上げます」


 アルミリアは満面の笑みを浮かべ、ハーミスと強く握手をした。冷たい、血の通っていない感覚は、まるで氷像と握手をしているようだった。

 深く頭を下げるオットーに、ハーミスがまだ落ち着かない様子ではあるが、言った。


「いや、怒ってはねえよ。ただ、状況が呑み込めなくてだな……」


 手を離したアルミリアは、手を大きく広げ、仲間達を紹介する。


「お主はここにいる者達にとって、伝説の英雄にも等しいのじゃ。この墓に棄てられ、わらわによってゾンビとなった者の殆どは、わらわやオットーと同じ、反聖伐隊派……レギンリオルでは穏健派に属しておったのじゃ」


 やはり、彼女がゾンビの長で間違いない。自分の能力で、墓にいた死体をゾンビにして、これだけの巨大な地下の派閥を作り上げたのだ。穏健派、の再興だろうか。


「穏健派……聖伐隊の思想を良しとしない派閥ですね」


「ってことは、聖伐隊に処刑されたってのも?」


 笑顔に満ちていたアルミリアの、ひいては一同の表情に、曇りが差し込んだ。


「真実じゃ。ここにいるゾンビの半分以上は、強硬派と聖伐隊によって秘密裏に始末されたのじゃ……わらわやオットーのように貴族や付き人であった者もいれば、何の関係もなく、偶然居合わせたり、濡れ衣で殺されたりした者もおるのじゃ」


 聖伐隊の粛清は、人間に対しても相当なものだった。

 自分達を認めない相手は、人間であろうと皆殺してのけるのだ。魔物や亜人に対して情け容赦の一つも存在しないのは、自明の理だったのかもしれない。


「そんな、酷いよ!」


 ルビーが怒りを露にすると、アルミリアや他のゾンビが頷いた。


「うむ、それ故に恨み辛みも相当なものじゃった。ゾンビとなって生き返りはしたが、反抗心だけが積もる日々だったわらわ達じゃが、ある日投げ込まれた別の死体をゾンビとして蘇らせた時に、偶然新聞がポケットに入っておった」


 ハーミスは納得した。ゾンビ達がここで復活したとして、ルビーが出られない奇怪な現象に加え、ここはレギンリオル領土だ。仮に出られたとしてもどうにもならず、フラストレーションは溜まっていただろう。


「死体が投げ込まれるって、今もか?」


「今もでございます。疑わしき者は処刑され、ここに遺棄されるのです」


「とにかく、その新聞に載っていたのがお主達じゃ、ハーミスよ」


 そこに投げ込まれた死体と、ポケットに入っていた新聞。『バルバ鉱山』での戦いを知っていると仮定すれば、かなり新しい死体も遺棄されていると推測できる。

 そんな死体から回収した新聞の、ハーミスの武勇伝。ルビーの剛力、エルの魔法。クレアについてはあまり載っていないが、新聞には彼らがとんでもない悪党で、誰を、どこで倒したのか、どれほど邪悪な存在か、詳しく記載してあった。

 墓地に潜む者からすれば、どれほどの英雄譚になっているかも知らず。

 陰りを顔から捨て、にっこりと肩を叩き、アルミリアは告げた。


「たった四人で聖伐隊の幹部、『選ばれし者達』を薙ぎ倒し、悪行を暴き、亜人や魔物を解放した。お主らはわらわ達力なき者にとって、英雄そのものなのじゃ!」


 アルミリアがばっと手を高く掲げると、ゾンビ達も同様に手を掲げた。


「ハーミス、ばんざーい!」「ばんざーい!」


 そうして、ハーミスを称える声が地下墓地中に轟いた。


「……参ったな、こりゃ」


 起き上がったクレアを含め、一同はポリポリと頬を掻くしかなかった。


【読者の皆様へ】


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