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貴族


 雰囲気だけで言うならば、あのアルミリアとやらには間違いなく威厳がある。

 問題なのは、その貴族とやらが、どうしてこんな薄暗い地下墓地にいるかだ。聖伐隊の下っ端ですら忌避するようなところに、貴族が好き好んで来るだろうか。


「だったらおかしいだろ、貴族がどうしてここに、あんな格好で?」


 ただでさえ謎は多いのに、エルの返事は、ハーミスの頭を一層混乱させた。


「ええ、間違いなく異様であると言えます。なんせ彼女は、一年前に処刑されています」


「……何だって?」


 エルは目の前の人間を死人だと言った。

 ハーミスを含めた、エルの後ろの三人は驚愕したが、説得力はある。ここにいるのがいずれも死人だとするなら、彼女と付き人が死んでいてもおかしくはない、はず。


「レギンリオルでちょうど聖伐隊が結成された頃です、穏健派と呼ばれる聖伐隊の反対派閥が軒並み処刑された、と私は聞いていました。付き人は誅殺、メイドの一人に至るまで処分されたと噂されていましたし、生きているとは……」


 彼女がここまで知っているのなら、恐らく処刑は事実としてあったのだろう。


「その者の言う通りじゃ。わらわはもう生きておらぬ」


 眼前のアルミリアも、エルを指差して彼女の話を肯定した。


「わらわや隣にいるオットー、このカタコンベに属する配下の者はみな、屍の身より蘇った、『ゾンビ』である。地に満ちた魔力の影響を受け、わらわ達は復活したのじゃ」


「ゾンビ……ルビー、知ってるよ! 人や死体を噛んで、仲間にしちゃうって!」


 声を上げたルビーと顔を合わせ、ハーミスも頷いた。

 彼も、書物を読んだ程度の知識ではあるが、『ゾンビ』の存在を知っていた。

 ただの死体ではなく、地に混じった魔力や外的要因で蘇った人間。眠らず、食べず生き続け、一部のゾンビは人を噛み、己の同族とする。非常に危険な魔物に分類され、一匹のゾンビを放置しただけで壊滅にまで追い込まれた街もあるらしい。

 そんな魔物が、どうして非人類廃滅主義を掲げる今のレギンリオルの地下に潜んでいるのか。謎が尽きない一行に、アルミリアが話を続ける。


「博識じゃのう、その通りじゃ。わらわはゾンビの主として、噛むことでしもべを得られる。わらわの力によってしもべとなった者のみが、この墓地で生きる資格を持つのじゃ」


「お嬢様、しもべではなく、仲間でございます」


 オットーがわざとらしく耳打ちをすると、彼女ははっと気づいた様子で訂正した。


「おお、そうじゃったな、訂正しようぞ。わらわの仲間だけじゃ」


 どうやら、ここのゾンビは彼女とオットーが配下にした存在らしい。彼女がボスだというのなら、二人だけ肌の色が違うのも、何となくではあるが頷ける。

 生きていると呼んでいいかはともかく、ここにいる為には、アルミリアによって噛まれるなどの手段を以って、ゾンビになるしかないらしい。当然、ハーミス達としてはごめん被る、というのが正直な意見だ。

 だから、ハーミスはそう言おうとした。自分達はゾンビになるつもりはないと。

 ところが、彼や彼の仲間が口を開くよりも前に、アルミリアは一行を一層強く指差すと、冷たい声で、カタコンベの主としての命を下した。


「じゃが、聖伐隊の居場所はここにはない。蘇らせる気もない。屍として眠るがよい」


 その途端、不動の姿勢を取っていたゾンビ達が一斉に動き出し、じりじりと一行に歩み寄ってきた。彼らの目は虚ろではなく、確かな命令に従う、人間とそう変わらない。

 ゾンビになる猶予すら与えずに、ノータイムで自分達を殺すと宣言したアルミリア。どういうわけかと理由を探っていると、えんじ色の丸い彼女の目が、エルの聖伐隊の隊服に向いているのに全員が気付いた。

 どうやら、いつも通りと言ってしまうと良くないが、エルを聖伐隊の一員であると思い込んでいるらしい。そして彼女達は、聖伐隊を敵と認識しているようだ。

 地下墓地中に犇めく、無数のゾンビ。ルビーやハーミスも応戦の構えを取るが、やはりどう考えても不利――というより、どう考えても勝ち目はない。


「あんたのその服、いっつもトラブルを呼び込んでるわね!」


 クレアがナイフを構えながら叫ぶが、エルに今直ぐ着替えてもらっても手遅れである。


「言っておきますが、別の服を着る気はありませんよ! アルミリア嬢、オットー氏も聞いてください! 私は聖伐隊の人間ではありません!」


「ほう、聖伐隊の隊服を纏っておきながら、隊員ではないと?」


 アルミリアは一蹴するが、ハーミスには定番の反論語彙がある。


「こいつが聖伐隊じゃないのは俺が保証するぞ、アルミリア! 俺達はその聖伐隊と幹部連中を倒す為にレギンリオルに来たんだ! 幹部だって何人も殺してきた、ハーミス・タナー・プライムとしての実績はある!」


 自分はハーミス・タナーである。聖伐隊の幹部を何人も殺した者である。

 方々で聞く自分の噂を、自分で言うのは恥ずかしかった。

 英雄である、とまでは流石に言えなかった。彼は自分を英雄だとは一度だって思ったことがないし、思いたくもなかった。ワイバーンにまで知ってもらえていた名前が、地下で通用するかどうかは賭けであったが、それでもハーミスは叫んだ。

 聖伐隊の敵だと気づいてくれたなら、攻撃を止めるだろうとハーミスは予想していた。アルミリアはというと、配下のゾンビを止めずに、腕に腰を当てて眉を吊り上げる。


「実績? 幹部を殺したじゃと、お主のような……」


 お前のような奴が、幹部を殺せるものか。

 ハーミスの話を到底信じていない様子のアルミリアだったが、ふと、彼と目を合わせた。ゾンビ達に触れられないように仲間と背を合わせてくっつくハーミスの顔をどこかで見たことがあるようで、彼女は口に指を当てながら、オットーに言った。


「……オットーよ、新聞を持ってまいれ」


「こちらに、お嬢様。ですがこのオットー、お嬢様のお考えの答えを持っております」


 燕尾服の内側からぼろぼろの新聞を取り出しながら、従者は答えた。


「この者、数週間前の新聞にあった聖伐隊への反逆者、『選ばれし者達』を殺した大罪人のハーミス・タナーとその一行で間違いありません」


「まことか!? どれ、ふむ、確かに人相書きと同じじゃな……」


 ばっと新聞を広げ、彼女はハーミスの顔と、紙面を何度も見比べる。

 その間に、ゾンビ達の動きは緩やかに止まった。手を伸ばして襲おうとした姿勢のまま、ちっとも動かなくなった土気色の薄汚れた魔物達を前にして、火を吹こうとしたルビーも、オーラを手に宿したエルも戸惑っている。

 ハーミスとクレアも同様で、二人がじっとアルミリアを見ていると、紙面で隠れた内側から妙な調子の声が聞こえてきた。


「ほうほう。そうか、まさかよもや、ここに来たのが――」


 少しだけ間を開けて、アルミリアは新聞からばっと顔を上げた。

 ゾンビ達の主君、地下墓地の主。

 悲劇の令嬢にして、聖伐隊を憎み、今まさに一行を殺そうとした者は。


「あの英雄、ハーミス・タナーとは! わらわはお主のファンじゃ、握手しておくれ!」


 信じられないくらい目を輝かせ、歓喜の表情を浮かべ、ハーミスに握手を頼んだ。


「「……は?」」


 四人とも、目が点になってしまった。


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