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棺桶


 頬を伝う砂の感触。泥ではない、乾いた土の肌触り。

 さらさらと流れてくるそれに起こされるかのように、ハーミスは目を覚ました。

 覚ましたはずなのに、ちっとも瞳が開いていないように思えた。体の節々が痛み、ゆっくりと起き上がれたのに、まだ何も見えない。


「……痛でで……」


 揺れる頭を擦りながら立ち上がるハーミスは、ようやく自分の瞳が開いていないのではなく、辺り一面が暗闇に覆われているのだと気づいた。それこそ、一寸先の自分の掌すら見えないくらいに。

 少し時間を置けば目が慣れてくるだろうが、そんな余裕はない。


「暗くて何にも見えねえ……えっと、懐中電灯は、っと……」


 ポーチをがさごそと漁り、彼が取り出したのは『魔力貯蓄型懐中電灯』。太陽光を魔力に変換して前方を照らす筒状のアイテム。三千ウル。

 かちり、とスライド式のスイッチを押すと、ハーミスの前方が灯りによって照らされた。彼の前に転がっていたのは仲間達と、少し離れたところで、ひしゃげておかしな形になってしまったバイク。ハーミスが真っ先に駆け寄ったのは、仲間達の方だ。


「クレア、クレア! ルビー、エルも無事か!?」


 土汚れに塗れた仲間達を揺すると、幸い、直ぐに目を覚ました。


「……う……あたし、生きてる……?」


「どうやら、生きているようですね……」


 呻きながらも起き上がった三人を見て、ほっと胸を撫で下ろしながら、ハーミスは灯りを上に向けた。天井がある、と何となく認識していた彼だったが、四人の上に広がっているのはただただぽっかりと開いた穴。

 光が差し込んでこないところから、相当高いところから落ちてしまったか、何かしらの手段で塞がれてしまったのか。いずれにしても、灯りが届かないほど高いところから落下したのは間違いなさそうだ。

「相当高いところから落ちたみたいだ。助かったのは、この土のおかげみたいだな」

 ハーミスがそう言いながら、足元に懐中電灯の明かりを向ける。

 彼らの足元は、ふかふかの土の山だった。これとバイクがクッションの役目を果たしたようだが、肝心のバイクの方はというと土の山から投げ出され、素人目に見ても使い物にならなくなっているのは明らかだ。


「といっても、バイクの方はダメみたいだ。ここまでぶっ壊れちまったなら、新しく買いなおした方が早いかもしれねえな」


 早くもお亡くなりになったバイクを見て、ルビーが縮こまりながら謝った。


「ごめんね、皆。ルビー、飛んで外に出ようとしたんだけど、何かにぶつかって出られなかったの。透明の壁みたいなのに……」


「謝らなくていいわよ、あたし達も見てたわ。それにしても……ここ、どこなのかしら」


 助けてくれた彼女をフォローしながら、目が闇に慣れてきたクレアが、周囲をきょろきょろと見回しながら言った。

 四人が落ちたのは、とんでもなく大きな広間だ。ロアンナの町に聖伐隊の駐屯所があったが、あの一階の広間など比べ物にならないくらい広い。闇の中が見えてきたというのに、奥が遠く見えないほどまだ広い。


「あの浅黒い土の真下ってのは間違いないにしても、こんな広間があるだなんて」


 エルも起き上がりながら、視界の果てに目を凝らす。

 四人とも、マントは使い物にならないほどぼろぼろになってしまっている。土の山の上に全員がそれを投げ捨てて、身軽になった体を慣らすように動かす。


「出口らしい出口も見当たりませんね。ですが、自然にできた空間とは思えません」


「どうしてそう思うの?」


「目が慣れてきたので見えるようになったのですが、あれを見てください。天然の洞窟なら、あんなものはないでしょう」


 彼女が指差した先にあるのは、手前から奥まで並べられた、長方形の石材。

 ハーミス達の左右に鎮座し、そこからずっと、ずっと等間隔で置かれている。同じ形、同じ大きさのそれの数は、どう数えても百個を上回っている。


「……なんだ、こりゃ」


 土の山から下りながら、ハーミスは石造りのそれに近づいた。不思議なことに土埃を被っていないその何かを見つめていると、ハーミスはこの広間自体が、天然で作り上げられたものではないと完全に悟った。

 広間を支える巨大な柱が、壁に沿って建てられているからだ。堅牢に削り出され、傷一つない石色の石柱は、自然が作ったとは到底思えない。明らかに、人の手が加えられている空間だ。

 こんなものを例えるとするならば、遺跡か、或いは。


「確かにこんなもん、自然にはできそうにねえな……すげえな、奥までずっと同じのがずらっと並んでやがる。これじゃ広間とか洞窟ってより、墓場だぜ」


 そう、墓場。

 墓場というのなら、納得できる。この石材は棺桶の類であり、ここは所謂地下墓地――カタコンベ。人間が忌み嫌っているのも、大袈裟ではあるが頷ける。

 ルビーとエルはなるほどと納得したが、クレアが髪とアホ毛を総毛立てた。


「は、墓場ぁ!?」


「だってさ、これってほら、棺みたいじゃねえか。地下墓地ってなら納得できるだろ」


「や、やや、やめなさいよもう!」


 震えながら、ハーミスにくっつくように駆け寄ったクレアを見て、ルビーが聞いた。


「あれ? クレア、もしかして怖がってる?」


 同じように彼について行くルビーとエルに向かって、クレアが吼えた。


「こ、こ、怖いわけないじゃない! ほんとよ、怖くないわよ、マジで!」


 この様子だと、きっと怖がっているのだろう。


「……冗談だよ」


 少し茶化すような様子で、ハーミスは棺らしい何かに近づいてゆく。彼は口にはしなかったが、この石材は箱と蓋に分かれているというのが、不自然な割れ目で分かった。


「クレアの反応はともかく、ハーミスの言い分には一理ありますね。墓場と言われれば納得できる広さと置物です。どうしてこんなところにあるのかは、ともかく」


「今はもう、使われてないのかもな。多分、棺桶の中にも何も――」


 左手をクレアに掴まれながら――触らない方が良い、放っておいた方が良いと呟く彼女の警告を無視しながら、ハーミスは片手で蓋を動かした。

 思いの外、蓋は簡単に動いた。軽石を押したような感覚だ。

 ハーミスはきっと、ここは相当昔に使われなくなった墓で、亡骸など風化していると思っていた。だから、情報を集めるべく、遠慮なく棺を開いたのだ。

 そんなことはあり得ないと知っていれば。自分の無知を知っていれば。

 棺の中を見たハーミスは、思わず息を呑んだ。


「――冗談だろ」


 土気色の、瞳を閉じた顔。

 人間の――男性の死体が、両手を交差させて、棺の中に眠っていた。


「ひっ!」


 中身に気付いたクレアとルビーが金切り声を上げて飛び退き、流石のエルも眉間にしわを寄せる。瞳を閉じた死体は血の気がすっかり消え失せていて、頬もややこけている。生気のないその顔は、紛れもなく死体だ。

 亡骸なら何度も見てきたし、作ってもきたが、埋葬された相手となると話は別だ。自分達は今、半ば墓を荒らしたのだと直感させられたからだ。


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