脅迫
森の半分を抜け、ジュエイル村に差し掛かった頃には、陽が暮れていた。
「すっかり夕方ね。まあ助け出そうとしたのが昼も過ぎてたし、当然か」
といっても、クレアの言う通り、ルビーを説得した頃には陽が傾きかけていた。少々時間はかかったが、夜のうちにさっさと村を出て行けば、任務は完了だ。
「村長達が待ってくれればいいんだが……」
「ルビー、村長さん知ってる。村人を見捨てる人じゃないよ」
「だな。もうじき村も見えてくるし、バイクを回収して、夜のうちに皆で――」
そう話しながら歩く三人だが、物事はそう上手く運ばないのだと、思い知らされた。
「――ドラゴンの娘ェ! さっさと出てきやがれェ!」
村の方角から聞こえてきた、野太い声と共に。
よくよく聞いてみれば、ルビーを呼ぶ声の後ろには、誰かがすすり泣く音や、整然とした足音、誰かを殴りつけ、怒鳴りつける音も聞こえてくる。
つまり、村に恐ろしい危機が迫っているということだ。
「……この声!」
そして、ハーミスにはこの声に聞き覚えがあった。まさか、と思う彼の肩を掴んだのは、同じく危機を感じ取り、村長達の身を案じるルビーだ。
「村の方から聞こえた、ハーミス!」
「分かってる、急ごう!」
「え、ちょ、ヤバいって分かってるのに村の方に行くわけ!?」
ハーミスとルビー、それから明らかに及び腰のクレアを含めた三人は、村の方に向かって走り出した。村はそう遠くなく、しかも隠れるのにうってつけの草むらもあったので、彼らはそこにさっと隠れ、直ぐ近くから村を観察した。
そこにいたのは、凄まじい数の聖伐隊の隊員だ。男女含めて、どう少なく見積もっても百人はいる。当然のごとく全員が武装し、三人を探して村中をうろついている。
「……聖伐隊の連中、こんなに早く来るもんなのかよ……!」
しかも彼らが取り囲み、広場に一列に並ばせているのは、殴打されて疲弊した村人達だ。特に真ん中の村長は、顔が腫れ上がり、鼻がへし折れた無惨な有様だ。
「村長さん、皆、捕まってるよ! ハーミス、早く助けないと!」
「助けたいのはやまやまだ。けど、いくら『弓手』で『無限生成矢筒』があっても、あんな数を相手取るなんてのは自殺行為だ」
ルビーが憤る気持ちは分かるが、ハーミスはまだ冷静だった。
『通販』スキルにも金銭という限度があるし、考えなしにあれだけの大群に突っ込むのは危険すぎる。人質もいるし、やるにしても何とか隙をつかなければ。
「ひ、ひいぃ……聖伐隊が山ほど、あれ、どう見ても百人は超えてるわよ! どうしてただの村一つにあそこまで人員を割けるのよ!?」
「自分の生まれた村に魔物が残ってるってのは、幹部連中としては示しが……ん?」
隠れながらも思案を巡らせるハーミスだったが、聖伐隊の群れの中から出てきた――純白の甲冑に身を包んだ男が、あたかも三人がいると知っているかのように叫んだ。
「近くにいるんだろ、ドラゴン! 偵察部隊で調べはついてんだ! ついでにそいつを逃がそうって手を貸した連中もいるんだってな、しかも先発隊を殺したのもな!」
さっきから叫んでいたのは、この男だ。
彼は怯える村人の前で、背負っていた巨大なハルバードを構え、そして――。
「よーく聞けよ、俺達の要求は簡単だ! 今直ぐ俺達の前に出てこい、そしたら犠牲は最低限で済む! さもなくば、こうだ!」
一番右端の村人の首を、容易く刎ねた。
ジュエイル村に、悲鳴が響いた。首を落とされた中年男性の体が痙攣し、直ぐに動かなくなったのをスリットの中から眺めながら、甲冑を着た男は首を掴み、掲げた。
「いいか、全員の首を刎ねられたくなけりゃ、さっさと出てこいや!」
そんな、人の命を軽んじた蛮行にとうとう耐えきれなかったのだろう。
「――やめて! 殺さないで!」
ルビーが草むらから躍り出てしまった。聖伐隊の隊員達が声と存在に気付き、こっちに向かって駆け寄ってくる。村長の絶望したような顔を見ても、ルビーはきっと、己の正義の為に、こうしなければならなかった。
さて、正義感は良いとして、問題は迫りくる敵をどう対処するかだ。
「ルビー!? クソ、こうなったらやるしかねえか、『通販』で……」
やるしかないと判断したハーミスは、『注文器』を起動させた。何を買えば良いのかはさっぱりだったので、キャリアーにおまかせで商品を買うつもりだった。
ところが、彼は気づいた。
「…………あれ?」
表示されたカタログの左端――手持ちの金額の項目が、〇ウルになっている。
そんなはずはない。さっき弓矢等一式を購入したが、合計しても二万ウル程度。クレアにまだお金は返していないので、八万ウルは残っているはずだ。
だとすると、他の誰かが、自分のお金に何か細工を施した可能性がある。
「あれ、あれ!? なんでだ、どうして金がないんだ!? クレア、お前何か……」
ハーミスは振り向き、クレアに声をかけたが、そこには誰もいなかった。
もぬけの殻、草むらしかない。まさかと思い、ポケットの中を漁ってみると、札束が見事になくなっていた。きっと、盗賊がこっそり引き抜いて逃げてしまったのだろう。
「……逃げたな、あの野郎……ぐッ!」
最悪の女だ、とハーミスが呆れるより先に、彼の体が引きずり出された。そして、冷たい足の裏で、背中を思い切り踏みつけられた。
鈍い痛みと共に、首筋にハルバードがあてがわれる。地べたに頬を寄せる羽目になったハーミスの真上から、甲冑の奥から、聞き慣れた声が耳に届く。
「おうおう、動いてくれるなよ。よくも聖伐隊に唾吐いてくれたなァ?」
その一方で、迂闊に飛び出したルビーも、十人近い聖伐隊の隊員によって捕縛されていた。見たこともない白い縄と枷で手足と翼を、轡で口を塞がれたルビーは、それでも誰かを捻り殺してやろうともがいていたが、這いつくばるのみだ。
「ドラゴン、捕縛成功しました!」
「ガアアウッ! グルルアアァッ!」
隊員に抑えつけられ、吼えるルビーを一瞥して、甲冑の男は兜を片手で脱いだ。
「おう、ご苦労。ドラゴンの娘が人型とは驚いたけどな。ジュエイル村の連中、よくも聖女と『選ばれし者達』に隠してくれてたもんだぜ……まあ、それはさておき、だ」
自分を見下ろすその声を、顔を、ハーミスは確かに覚えている。
ハルバードを背負いなおした彼は、あの時より背が高く、あの時より声が渋くなって、あの時より筋骨隆々となっているが、性根の悪そうな顔つきだけは変わらない。
兜を片手に抱えた男は、あのときのような目で、ハーミスを嘲笑った。
「久しぶりだなァ、ハーミス? 生きてるとは思わなかったぜ」
「ユーゴー……!」
「そうとも、『聖騎士』の天啓を受けた選ばれし者、ユーゴー様だ」
『選ばれし者達』のうち一人。聖伐隊の幹部にして職業、聖騎士。
ユーゴーが、そこにいた。
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