融合
ルビーは凄くないなど、クレアにとってはあり得なかった。
人間が持ちえない力を持ち、いつでも仲間を思いやり、愛嬌たっぷりの笑顔を見せてくれる。クレア・メリルダークに、エルに、ハーミス・タナー・プライムにそんなことができるだろうか。決して簡単ではないのは、明白だ。
だからこそ、クレアは怒った。凄くないと、何もないと己を評価するルビーに。
「いい!? あんたはこの辛気臭い面子のムードメーカーで、何でもぶっ壊せる怪力の持ち主で、他の魔物よりずっと早く飛べて、誰よりも目が良くて、魔物と話せて……う、ぐす、あんたはね、凄いのよ、最高のドラゴンなのよ……!」
次いで、彼女の良いところをこれでもかと挙げていくクレアだが、途中で自分が泣いてしまっているのには気づけなかった。ルビーよりもずっと大きな涙の粒をこれでもかと流し、途中からは声すら出ていない。
人前で涙を流すことは、クレアはほぼなかった。なかったのだが、彼女にとってはもうどうでも良くて、ただルビーの悩みに気付けなかった自分の間抜けさと、ルビーが戻ってきた喜びが、涙腺をすっかり壊してしまったようだった。
エルもまた、普段は表情をあまり出さないはずなのだが、どうにも喜びを抑えきれないらしい。にこりと微笑む彼女は、それでもクレアへの皮肉を忘れない。
「……まったく、励ます側が泣いてしまってどうするんですか」
「う、うっさいわよ! 泣いてないわよ!」
「ですが、クレアの話を、私も全面的に肯定しましょう。いかに私が天賦の才を持つ魔女だとしても、貴女に敵わない点はいくらでもあります」
二人の言葉を聞いて頷いたハーミスは、じっとルビーを見た。
「……それが、お前の悩みだったんだな、ルビー」
気恥ずかしい様子で、彼女も小さく頷いた。
それが聞きたかった。嘘偽りない想いに、ハーミス達もまた、応えた。
「いいか、仮にお前がどうしようもないくらい弱くて、何もできなくたって、何度俺達の傍からいなくなったって――俺は、俺達は、お前の味方で仲間だ」
「ま、そういうことよ……ぐすっ」
「何度だって貴女を歓迎しますよ、ルビー」
三人にそう言われて、ルビーは心の中で、自分自身を導いてくれた彼に感謝した。
(ありがとう、トパーズ。ルビーの大事なもの、最初からここにあったよ)
そうして体をふわりと浮かせ、にっこりと笑顔を浮かべたルビーは、前を向く。ありがとう、と小さく口が動いたのを、誰も聞き逃さない。それで十分、十分以上。
人数は揃った。いつものメンバー、しかし新しいメンバー。
挑むは、遥か西の人間国家。魔物達を蹂躙する聖伐隊の本拠地。
「よーし、それじゃあ改めて……四人で行くぞ、レギンリオルに!」
「「お――っ!」」
爽やかな一陣の風と共に、ハーミス達を乗せたバイクと赤い竜は、どこまでも続く平原を駆け抜けていった。
◇◇◇◇◇◇
一方、彼らが目指すレギンリオルに聳え立つ、『聖女の塔』。
開発が進む町並みの中で、これは一層奇怪な存在感を放っている。
世界の救世主である聖女ローラを称え、聖伐隊の素晴らしさを世に知らしめる為に建てられた塔。巨大なそれの頂上には、白く輝く、『門』と同じ建造物が浮いている。
轟轟と渦巻くそれは、力を溜め込むように、赤い光を空に放ち続けている。異形極まりない光景だが、今のレギンリオルには、聖伐隊の行いに異を唱える者は存在しない。なんせ、彼女達は救世主で、人の世を正しい方向に導くのだから。
聖伐隊の本部と繋がる純白の塔の最上部に、ローラはいた。聖伐隊の隊服ではなく、着ているのは真っ白なローブ。白く荘厳な部屋の赤く大きな椅子に腰かけ、大きな窓から外の世界を眺めている。彼女の視線の先には、どこまでも続く青い空。
ただ、見つめる瞳は、凍えるほどに冷たい。
「……カルロは随分な間抜けをしてくれたわ。これで、『門』を開くにはさらに時間を要してしまうわね」
手にしたグラスも、注がれた赤い液体も、彼女の苛立ちに応じるかのように揺れている。全ては、カルロの失態のせいだ。
彼が『門』の資料を持ってきていれば、計画も実行できたかもしれないのに。
「それにハーミス達も、きっと『門』の存在を知ってしまったでしょう。『彼ら』についてまでは想像が及ばないでしょうが、ここに来るでしょうね、レギンリオルに」
計画は次々と遅れ、中には頓挫に追い込まれたものもある。こうなれば、手段は今まで以上に選んでいられない。聖なる名に反する、邪悪な行いに手を染めてでも。
魔物の廃滅、亜人の殲滅など序の口。正しきこの世界の未来の為の、脚掛けに過ぎない。
「もう猶予は残されていないわ、国外の魔物も纏めて、ここに連れて来させましょう。エミーにそう伝えてちょうだい、ハーミスが西から来ているとすれば、次に彼らと戦うのは彼女よ……貴方も、彼女と一緒に戦ってくれる?」
振り返らないまま話すローラに、彼女の後ろに立つ男は答える。
エミー、と呼ばれた『選ばれし者』ではない。
「勿論だ、愛しのローラ。俺はその為に蘇ったんだからな」
纏うのは聖伐隊の隊服。しかしスリーブのない腕は鈍色で、人の肌の色ではない。
影から姿を現した顔もまた、半分以上が鉄の色。縫合跡が体中を埋め尽くしているが、屈強な体つきと傲慢な目、刈り上げた金の短髪だけは変わらない。
「今の俺は人間を超越した存在、ハーミスなんて目じゃないぜ。だがまあ、あいつのネーミングセンスは悪くねえし、そうだな――」
彼は地の底より蘇りし存在。カルロによって復活した、金属と人間の融合体。
「ユーゴー・『プライム』。俺様のことは、そう呼べ」
名を、ユーゴー・プライム。
カルロによって蘇り、作り直された聖騎士は、金色の歯を見せて笑った。
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