斬鉄
門の崩壊。崩れ去る鉱山。破壊されゆく機械兵。
「……そんな、まさか! よくもやってくれたな、あいつら!」
その状況は、創造主であるカルロも気づいていた。
『黄金炉』の真上に架けられた広く大きな鉄橋の上を渡りながらも、カルロは周囲が激しく揺れ、パイプや壁が崩れ落ちてゆくのを苦々しく見つめていた。
ただ、これですべて終わりではない。ハーミス達に対しての執念はこびりついて残るが、『門』と『黄金炉』についての研究成果はしっかりと集まった。彼が両手に抱えているその紙の束を持ち帰るのが、今は最優先事項だ。
「だがいい、試験結果は十分に集まった! ローラ、聞こえるか、ローラ!」
カルロは耳に装着した通信機の向こうにいる者に、即ち聖女ローラに声をかける。遠いレギンリオルにいる彼女だが、こうして話くらいはできるのだ。
『聞こえているわ。『門』の資料を持って、レギンリオルまで戻ってきてちょうだい。『彼ら』を呼ぶには、それが必要なのよ』
「分かってる! あいつらにはいずれ必ず、復讐を――」
ぐつぐつと沸く黄金の液体だけが照らす大きな広間には、カルロの声が響くだけ。
一旦退いて、いつか大きな復讐を遂げると誓った彼の声だけ。
「――待てよ、カルロ。俺から大事なものを奪おうとしたんだ、覚悟はできてるよな」
では、なかった。カルロが足を止めた先には、ハーミスがいた。
血で服を濡らし、傷だらけで、肩で息をしているが、殺意の篭った視線で睨みつけている。硬直する彼に対し、通信機の向こう側のローラは比較的冷静だった。
『カルロ、挑発に乗らないで。大事なのは、『門』の方よ』
彼も分かっているつもりだった。だから、踵を返してさっさと逃げ出すつもりだった。
「おいおい、大見得切っておきながら逃げるのか? いいザマだな、負け犬がよ」
ハーミスが声高らかに、落ちゆく岩や瓦礫の音に掻き消されないくらいの煽りをしなければ。ぴたりと動きを止めたカルロの怒りに、火がつかなければ。
振り返り、ぎろりとハーミスを睨んだカルロの目は、怒りのあまり充血していた。
「……負け犬、だと? 俺がか、この俺が!?」
「負け犬以外の何者でもねえだろ。散々自分は凄いんだなんだって喚いといて、いざ危なくなったら尻尾巻いて逃げてるんだからよ。違うなら証明してみせろよ、カルロ!」
ここまで言われて黙っていられるほど、カルロは冷静でも、理知的でもなかった。
いや、きっと理知さはスキルや職業によって被せられていただけなのかもしれない。彼の本性は間違いなく、誰よりも血気盛んで、感情に身を委ねる暴虐だ。
「……上等だ、ハーミス! お前に復讐してやる、愛情を奪ったお前に!」
『待ちなさい、カルロ! ハーミスの罠よ、これは……』
「黙ってろ、ローラ! 俺の最高傑作を見せてやる……来い!」
通信機を耳から外して、カルロは炉の中に投げ落とした。そして、空いた左手を天井に向かって翳すと、壁が爆散するような音と共に、それはやってきた。
壁を壊し、鉄橋に向かって走ってきたのは、人間の体躯の何倍もある巨大な金色の二足歩行の兵器だった。鈍角的なフォルムの機体は、中央に人が入り込むスペースがあり、そこに接続するように、大木ほどもある太い腕とばねのような足が取り付けられている。
加えて前述した前腕には、五角形の、これまた金色の盾らしい装備。何十枚も普通の盾を重ねたような厚さのそれをぶつけ、打ち鳴らす兵器はカルロの後ろまで来ると、中央の半透明の板を開き、カルロを迎え入れた。
にやりと笑い、内部の椅子に搭乗したカルロが両側に生えたレバーを握ると、板は閉まった。そして、命が吹き込まれたかの如く、兵器は鉄橋の上で腕を振り回し始めた。そして、中に居るカルロの声が何倍にも拡声された、耳を劈く音が鳴り響いた。
「どうだ、この美麗なボディ! 百匹の魔物の突進に耐える鉄鋼外装甲と盾! ドラゴンを縊り殺せる魔力放出強化装置搭載型のビッグアーム! この俺の『カルロ・スペシャル』は最強無敵の兵器だ、お前の力なんて及ばないほどにな!」
半透明のカバーで防御はされているが、カルロの方からはハーミスが良く見える。どうやら、最終兵器の突然の登場に、言葉も出ないほど唖然としているようだ。
「驚いたようだな、こんな兵器が用意されていると思わなかったか? こいつはお前どころか、仲間も秒殺できるぜ! 鉱山が崩れ落ちる前に、皆殺しにしてやるよ!」
カルロはてっきり、『カルロ・スペシャル』の完成度の高さに驚いていると思った。
しかし、現実は違った。
「……いや、俺が驚いたのはネーミングセンスのなさだよ。お前、生き方だけじゃなくて名前の付け方までダサいのか? 流石に同情するぜ」
自分のネーミングセンスに自信などはなかったが、ハーミスはそれでも、カルロのあまりにくだらない、お粗末な、馬鹿馬鹿しさ極まる兵器の名前に呆れていただけだった。
そして、その真実を告げられたカルロの行動は決まっていた。
「――ブチ殺おおおおぉぉぉぉぉすうぅぅッ!」
狂ったように吼え猛り、複雑な機械で構成された三本爪の腕を振り回しながら、カルロと『カルロ・スペシャル』が物凄い金属音を掻き立てながら突進してきた。
山ほどの猪の猛撃にも似た突撃。普通の人間であれば、逃げるか、生きるのを諦める。
「だったら、こっちは己の肉体に頼るとするか。必要なのはこれと、これと……」
だが、ハーミスは違う。『通販』スキルを持つ彼は、静かに『注文器』を起動し、二つだけ項目をチェックして、商品購入ボタンを押す。
それだけで十分だ。眼前まで来たカルロと金色の兵器が、腕を振りかぶっていても。
「呑気してるんじゃねえぜ、ハーミス! 潰れちまええぇッ!」
怒りに支配されたカルロは、鉄橋が壊れるかもしれない可能性すら無視して、ありったけの力でハーミス目掛けて腕を振り下ろした。
辺りを炸裂音と埃が包み、地鳴りが響き渡る。みしみしと鉄橋が音を立てたが、カルロは構わず、もう一つの腕も振り下ろし、ハーミスを完全に砕き切るべく連撃を叩き込む。
二回、三回、もっと、もっと叩き込む。橋が揺れ、部品が炉に落ちるのも構わない。
「ハハハハハ! どうだ、骨までぐちゃぐちゃに……」
何回殴ったか数えられないほど三本爪を叩きつけ、煙が晴れた時、彼は気づいた。
カルロが殴っていたのは、ハーミスではない。ぐちゃぐちゃになった肉塊でも、ましてや原形を留めなくなった敵でもない。
彼の攻撃を全て受けていたのは、バイクに乗った女性だった。
「……え? あれ、お前、誰?」
いつものフルフェイスヘルメットを外し、いつもと同じ調子で、漆黒のスーツに身を包んだ、病的なまでに白い女性は、抑揚のない調子で自己紹介をした。
「――わたくし、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』の配送員、キャリアーと申します。お客様に商品をお届けに参りました」
「何を言ってる!? だいたいお前、なんでこの攻撃を受けて無傷なんだ!?」
「あらゆる次元的干渉を受け付けませんので。盾として利用されるのは想定外ですが、配達の役割は果たしました。またのご利用をお待ちしております」
そして、あっさりと虚空へと去っていた。
「……ああ、また使わせてもらうよ」
鋭い刃でカバーを貫き、カルロの髪と右耳を削ぎ落した、ハーミスを残して。
「な、お、俺の耳があああああッ!?」
灰色の髪と、膝に落ちた耳。白衣を濡らし、噴き出す血を抑えるのも忘れて絶叫するカルロの、残った耳と目が、ハーミスの得た力を焼きつけて離さなかった。
彼の耳元で書き換わるステータス。カバーから引き抜かれた、ハーミスの背たけほどもある剣、もとい『カタナ』。滑る血を、二の腕と前腕の間で拭う。
「鋼鉄でできた分厚い盾だろうが、今の俺に斬れねえもんはねえよ。ライセンスで得た職業『サムライ』とスキル『心眼』、そして――『対中型機動兵器斬鋼刀』ならな」
両手で構え、鷹の如き瞳で邪悪を見据える彼は。
「合計八万ウルでぶった斬るぜ、カルロ……てめぇと、てめぇの歪んだ野望をな!」
復讐者にして侍――ハーミス・タナー・プライムである。
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