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兵隊


「……う、ん……?」


 ゆっくりと、ルビーは目を覚ました。


「ここ、は……」


 見慣れない光景が、目の前に広がっていた。

 山の内側に掘られたかのような、広い、広い空間。灯りはどこにもないはずなのに、どこからか漏れ出す金色の光のおかげで、周囲は明るく保たれている。妙に暑く、轟轟と、何かが唸る音は聞こえているのに、何が叫んでいるのかは分からない。

 周囲には鉄製の廊下や階段がきっちりと整備されており、ぼろ切れを纏った者が忙しなく動き、つるはしで採掘をしたり、集めた不思議な色の石を運んだりしている。

 そんな光景を見つめる自分はというと、白銀の鎖で体中をがんじがらめにされ、絞首台のような鉄製の装置に吊られていた。どうしてこうなっているのかと戸惑った顔を浮かべていると、隣から、くぐもった声が聞こえてきた。


「目が覚めたか、王よ」


 はっと顔を向けると、同じように縛られ、項垂れるトパーズがいた。無傷の自分とは違い、相当長い間戦ったのか、体中傷だらけで、元からある顔の傷が分からないくらいだ。


「トパーズ! ルビー、どうしてこんなのに、縛られて……」


 一先ず、自分に何が起きたか、何をしていたかを思い返す。

 確か、ハーミスと共にバルバ鉱山の中に入って、敵を倒しながら前進していた。ところがハーミスが自分を庇って倒れ、トパーズも捕まってしまった。そこまで思い出したところで、彼女は今、自分がどういう状況かを理解した。

 自分もまた、捕まったのだ。

 隣で鎖に吊るされながら詫びる、トパーズのように。


「済まない、期待に応えられなかった。私がもう少し、持ち堪えられれば……」


 そんなことはない、自分がもっと計画を練るべきだったとルビーが言うよりも先に、やけに快活で、どこか人を小馬鹿にしたような声が、左側から聞こえてきた。


「――力はそれなりのようだけど、壊れなくて安心したよ。というより、俺が開発した『バインドチェイン』が強すぎるのかな?」


 ぼろ切れを纏った兵隊を連れて、鉄橋の上を歩いてきたのは、聖伐隊の隊服を身に纏った人間だ。つまり、自分の敵であり、バルバ鉱山を支配する者だ。


「初めまして、俺はカルロ。ご存じ『選ばれし者達』の一人だよ、以後お見知りおきを」


 カルロと名乗る青年は、吊るされた二匹の前で、手をひらひらと翳した。

 ユーゴーとは方向性の違う、卑屈そうなにやにや笑いを浮かべていて、顔は逆三角形そのもののような形をしていて、眉は糸のように細く、黒色の瞳は白目に比べて小さい。

 聖伐隊の隊服の上から泥と血で汚れた白衣を纏い、膝まである皮のブーツを履いている。髪型は灰色のミディアムショートだが、もみあげの部分だけが異様に長い。所々撥ねている点も含め、髪型にはどこかハーミスと近しい点を感じさせる。


「お前……!」


 ルビーがぎろりと彼を睨んでも、男はけらけらと笑うばかりだ。


「怖い怖い。そんなに睨まなくてもいいだろ。まあ、睨んでも動けないだろうけど」


「こんなの、ルビーが壊してやる! ふん、ぐ、ぐぐぐ……!」


 ならばとばかりに、ルビーが全身を縛る鎖を破壊する為、思い切り力を込めた。

 ところが、鎖は千切れるどころか、うんともすんとも言わない。力が篭っていないのかと、もう一度力を入れようとしたが、トパーズが彼女を制した。


「よしておけ、ドラゴンよ。どうやらこの人間の言う通り、私達魔物の力では破壊できない鎖のようだ。それに暴れれば、あの者共が襲い掛からんとも限らん」


「安心しなよ、彼らは俺の命令がないと動かないからね」


 彼の言葉を否定しながら、カルロは自分の後ろに並ぶしもべ達を紹介するように、手を翳した。赤い瞳を持つ無機質な存在は、全身が鋼色の骸骨のようだ。


「『機械兵』って言うんだ、俺のスキルで作り上げた傑作さ。ここで働かせていた魔物や亜人よりもずっと働き者だし、食事もいらないからね。労働力はこいつらで十分だよ」


 労働力が要らない。つまり、オーク達が言っていた、ここの奴隷達はどこに。


「ということは、魔物達は……」


「ああ、彼らか。彼らなら、君達の下だよ」


 カルロがそう言って下を指差した時、ようやくルビーは、灯りの根源に気付いた。

 彼女の真下にあったのは、広場の真下を覆い尽くすくらいの巨大な器。そしてその中に並々と注がれている、煮えたぎる金色の液体。暑さも、灯りもこれが原因だったのだ。

 これが一体、どう関係するのか。カルロは勿体ぶらず、あっさりと説明した。


「これこそが機械兵、そして俺の工房の動力源――『黄金炉』だ。魔物を溶かし、生命エネルギーを抽出し……まあ、説明しても分からないだろうからやめとくよ」


「溶かした、だと?」


「本当は他の動力でも動くんだけどね、一番都合がいいのが生命エネルギーなんだよ。幸いバルバ鉱山には労働力が多くいたからね、全員をエネルギーに還元すれば、ほら、これだけの巨大な施設を動かす力になるんだ!」


 カルロは大仰な態度で自らの行いを賞賛したが、それはつまり、魔物達を超高温で溶かして殺し、液体に変えてしまったということだ。何十匹どころか、下手をすれば百匹以上の魔物の命の凝縮体を見つめ、トパーズはその非人道ぶりに思わず唸った。


「命を何だと思っているのだ、お前は」


「合理的な判断さ。俺の機械兵なら、魔物達よりももっと効率よく働けるし、宝石の回収速度は事実上がっている。そして『黄金炉』がなければ、あの『輪』だって動かせなかったし、防衛装置としても機能しなかった。必要な犠牲だったのさ」


 つまり、カルロが作ったらしい『輪』も、機械兵も――恐らくはこのバルバ鉱山に存在する、彼が携わったものの全ての原動力が、この炉の中にあるのだ。

 どれだけの力が備わっているかまでは、カルロは説明しなかった。しかし、大量の機械兵を動かし、赤い光を輪から放ち、銀の筒にエネルギーを発射する機能を与えたのだ。きっと、凄まじい力を持っているのだろう。


「といっても、魔物達をエネルギーにする為だけにここを選んだんじゃない。もっと大事な理由があってね……っと、本題を忘れるところだったよ」


 こちらを睨むルビーとトパーズに向かって、彼はさらりと言い放った。


「ちょっとした戯れでね。選んでほしい。君達二人のうち、どちらかを炉に落とそうと思うんだ。我こそはと思う方が、名乗り出てくれ」


 双方は思わず、己の耳を疑った。

 そんな彼女達に、カルロは至極丁寧に、分かりやすく言ってやった。


「先に落ちると言った方を落とすからね。さあ、どうぞ」


 彼が口を閉じるのと同時に、ルビー達を吊り下げている装置の下の鉄板が、大きく開いた。待っているのは時折気泡を立たせ、物凄い高温で待ち構える黄金の液体。そして開いた大きな口は紛れもなく、双方どちらでも、簡単に落とせるほどの大きさだ。

 だとしても、落ちると言った方を落とすとは。落ちると言った方を助ける、ならば悪党のやり口として理解できるが、そんな言い方をすれば、どちらも何も言わなければ、いつまでもどちらも落ちないではないか。

 そんなはずはないのだが、ルビーは言葉を鵜呑みにした。


「……お前、絶対に殺してやる。ルビーが首を引き裂いて、心臓を抉り出してやる。それが嫌なら、ルビーもトパーズも解放しろ――」


 カルロの口元が歪むのを、ワイバーンは見逃さなかった。当然、自分が落ちると言うまで落とさないと思い込んでいるルビーは気づいていない。

 このままでは、どちらも、いずれも。ならば、

 またも激情に駆られつつある王を前に、しもべの選択肢は、一つしかなかった。


「――私が落ちよう」


 カルロは少し、残念そうな顔をしているようにも見えた。

 トパーズの言葉を聞いて――自死の決意を聞いて、ルビーの声は途切れた。


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