対空
「よーし、行くよー! ルビーに続けーっ!」
「「グオォォ――ッ!」」
翌日の朝、陽が昇った頃、ワイバーンの一団とハーミス一行は空を飛んでいた。
先頭は当然の如くルビーで、後ろにトパーズに乗ったハーミス、他のワイバーンに乗ったクレアとエルが続いている。
残りの飛竜達は、横に広がるように飛んでいる。緊張感の欠片もなく、ルビーの鬨の声に従って吼える彼らの声を聞きながら、クレアは呆れた様子で肩をすくめる。
「ワイバーン連中、昨日の静かな奴らと同じとは思えないわね……ハーミスの通信機がなかったら、互いに会話もできないじゃない」
彼女はそう言って、右耳に差し込んだ黒い装置を叩いた。
これはハーミスが先日購入した、『魔導電波通信機』だ。相当遠くまで離れていなければ、どれだけ周囲が喧しくても会話ができる。今回の作戦では必ず別れて行動する為、しっかりと声を聞けるルビーを除き、これを取り付けている。
「だな、『魔導電波通信機』の調子はどうだ? 俺の声は聞こえてるか?」
「聞こえてるわよ」「問題ありません」
二人の声が聞こえてきたのを確認しつつ、ハーミスは頷く。
「ならオッケーだ……それにしても、些か不用心過ぎねえか? 高度的に敵の攻撃は当たらねえだろうが、もしも相手に策があれば、こっちは格好の的だぜ」
大袈裟と言ってもいいくらい乱雑な飛び方をするワイバーン達を指揮しているのは、当然ルビーだ。いくらこちらに分があると言っても、無警戒にも程があるだろう。
ハーミス達の心配などどこ吹く風で、ルビーは呑気に飛んでいる。
「大丈夫だよ、こんな空高くに攻撃できる人間なんていないよ! 今日はルビーが判断するから、ハーミスは安心してね!」
「あんたが指揮するのが不安だって言ってるのよ、大体ねえ――」
だが、クレアが彼女を嗜めようとすると、表情が険しくなった。
「――ルビーがやるの。ワイバーンはクレアじゃなくて、ルビーに従ってるんだよ!」
そしてぴしゃりと、クレアに向かってきつい言葉を放った。
いつものルビーとは思えないほど辛辣な口調で、しかも明らかに怒りを伴っている。こんなルビーは誰も見たことがなく、思わずクレアどころか、他の二人も驚いた。
「……どうしちゃったのよ、あんた……?」
クレアが顔を顰める中、エルの声が聞こえた。
「怒鳴っているところすみませんが、バルバ鉱山が見えてきましたよ」
彼女が指差す先には、やはり奇怪な雰囲気を齎す、輪の付いた施設。
天に向かって細い光を放ち、ぐるぐると回る輪は、何度見ても不気味だ。
「ルビー、どうですか? 敵の姿は見えますか?」
「ううん、あの時と同じで、ぼろ切れを着た枝みたいなのしかいないよ! こっちを見てないし、今ならいける! 皆、攻撃を仕掛けよう!」
目を細めたルビーの言う通り、相変わらず鉱山の周りや坑道の入り口には、おかしな採掘者しかいない。吹けば飛ぶような見た目で、いかにも弱そうだが、ハーミスからすればそんな状態自体がおかしいとさえ思える。
なんせ、聖伐隊が必死に組み上げ、『選ばれし者達』が情報を共有するほどの施設だ。警備が薄いなど、ましてや防御策がないなど、どう考えてもあり得ないのだ。
「そりゃ何でも早すぎるぞ、ちょっと落ち着け……」
ハーミスはルビーに警告しようとしたが、いよいよ人間の目でも坑道の入り口が見えた時、彼は自分の目が、節穴でないことを祈った。
――見ていた。採掘者のうち一人が、こちらに顔を向けている。
赤い瞳。じっとワイバーンの群れを見つめているのに気付き、ハーミスは叫んだ。
「見てる。あいつら、俺達を見てるぞ! ルビー、一旦退け!」
「ハーミスの気のせいだよ。ルビーはちゃんと確かめたよ、あいつらは――」
何も見ていない、とルビーが言おうとするよりも先に、変化は起きた。
輪の中心から流れ出る細く赤い光が、急に止んだのだ。
それだけならば、ちょっとした故障か何かだと思うだろう。寧ろ好機だと、ハーミスでも突撃を命令したかもしれない。
ルビーの声を遮ったのは、その挙動が故障などではなく、『攻撃』だったからだ。
「――え?」
なんと、輪の中心に光が集まったかと思うと、細く鋭い光がワイバーンの群れに向かって放たれたからだ。まるで矢のように飛んできた光は、ルビーの左後ろを悠々と飛んでいたワイバーンの顔面を貫き、一瞬で絶命させた。
振り向き、墜ちゆく飛竜をただ眺めるルビー。呆然とする一行の中で、一番早く事態を呑み込み、命令を下したのは竜の王ではなく、ハーミスだった。
「――『輪』からだ、あのリングの中から魔力弾みたいなのが飛んできた! 皆、出来るだけばらばらに散れ! また撃ってきたら、的にしかならねえぞ!」
「た、たまたまだよ! 二度も「あの光が見えねえのか!?」」
慌てるルビーに向かって、ハーミスは怒鳴りながら輪を指差した。
彼の言う通り、その中心部には赤い光が波打って集まっていた。彼は決してあのような物体に対して博識ではなかったが、攻撃がこの一度で終わるとは思えなかった。
「……そんな」
攻撃が届くはずがない。ワイバーンが簡単にやられるはずがない。
あっという間に計画が瓦解して、顔中に焦りをありありと浮かばせるルビーを置いて、エルが坑道を指差しながら叫ぶ。
「まずい、ハーミス! 下を見てください、ぼろ切れの連中が!」
「何が、って!」
気が付くと、ぼろ切れを纏った何かが、わらわらと集まっていた。
一人、二人、十人どころではない。巣から這い出てきた蟻のように、彼らは凄まじい勢いで採掘場を埋め尽くしてゆく。しかも、いずれもこちらを見ているのだ。赤い瞳で、灰色のぼろの奥から。
ただ数が集まるならば、何もまずくはない。まずいのは、彼らが手にしたそれ。
細長い筒のような、銀色のそれ。
その先端がワイバーン達に向けられると、僅かな赤い瞬きの後に、輪から放たれたような光が一向に向かって撃ちこまれた。
今度は、油断していた他のワイバーンの頭が打ち抜かれ、墜ちる。あっという間に混乱が広がり、ルビーが指揮に戸惑う中、ハーミスは静かに呟いた。
「……こりゃあ、マズいな」
冷静さを保とうとしていたが、この状況はあまりにも危険すぎる。いつもは落ち着いているはずのエルですら、想定外にも程がある状況を前に、声が上ずっている。
「どういうわけですか、あの武器の射程距離は魔法のそれではありません。まるで――」
赤い光。銃身のような筒。まるで、これでは。
「――まるでハーミス、貴方が買った武器のようです!」
「俺もそう思ったよ! とにかく、こうなったら仕方ねえ……作戦開始だ!」
ルビーではなく、ハーミスの一言で、ワイバーン達は一斉に動き始めた。
言葉が通じなくとも、始まりの合図だけは通じていた。
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