大鋸
剣を投げ捨てたハーミスは、ポーチに手を突っ込み、両手で思い切り巨大な武器を引き抜いた。巨大な柄にグリップ、銀の刀身の周りには細かく小さな刃とチェーンが接続されている。デッキの上に切っ先を置くと、あまりの重さに木材が凹む。
そんな武器を背負いながら、ハーミスが吼えた。
「『超高速回転魔導刃鋸』、チェーンソーって言うらしいが! こいつでてめぇの首を斬り落としてやる……皆、あいつを抑え込んでくれ!」
どんな使い方をするのかはさっぱりだが、ハーミスがそう言うほどなのだ、隙を作れば確実に倒せるのだろう。もう、クレア達に躊躇う理由はなかった。
「あんた達、踏ん張りどころよ! ルビーもさっさとドラゴンになりなさい! エル、あいつの四肢を動けなくして! あたしは出来るだけ関節を撃ち抜いて動きを止める!」
誰も、返事をしなかった。
ただし、代わりに行動で示した。ルビーはドラゴンの姿を取り戻し、精悍な二足歩行の蜥蜴のような体で、シャロンの両腕をへし折るかの如く封じる。エルはオーラでシャロンを包み、折れたマストを突き刺す。クレアは正面から、拳銃で足を連射し、撃ち抜く。
それでも、セイレーンの犠牲は止まらない。触手で体を貫かれ、内臓をもぎ取られ、鮫の歯で頭を齧り潰される。二十匹いたセイレーンは、たちまち一桁にまで減る。
「ギャハッ!?」「アバ!」「グギョオォ!」
だが、死骸は離れて行かない。シャロンが触手や翼で払うまで、しがみついたままだ。
「こいつら、触手の動きを……邪魔じゃん、離れるじゃん!」
死を誉とする恐るべき突撃を理解できないシャロンが、セイレーンを始末して、早くハーミスの仲間を始末しなければと焦り始めた。
その焦りこそが、隙だった。
「今だ、喰らいやがれええぇッ!」
気づくと、彼女の背中に――首元に、ハーミスが乗っかっていた。
いつの間に、どうやって。そんな疑問を呈するより先に、ハーミスは柄に搭載されたグリップを思い切り引いた。それと柄を繋ぐ黒い糸が引っ張られ、巻き戻された時、刀身を覆う細かな刃と鎖のような部位が、けたたましい音を立てて唸り出した。
これがまともな武器ではない、加えて並の威力で済む武器ではない。シャロンと、彼女の動きを必死に制する面々が気づいた時、彼は轟音を鳴り響かせる武器を、鱗で堅牢に守られたシャロンの首目掛けて、思い切り振り下ろした。
「が、がぎ、ぎぎぎぎぎぎいいいいいぃぃぃぃ!?」
鱗など、鮫肌など、凡そ意味がなかった。
想像を絶する勢いで回転する刃は、噴水の如く噴き出す鮮血と共に、首に食い込んだ。
鱗も、肉も、何もかも関係ない。鋸に触れた部位は、ハーミスに血をぶちまけながら削り取られていく。シャロンも抵抗をするが、セイレーンの死骸やクレア達に邪魔をされ、思うように動けない。
「うおおおおおあああああぁぁぁッ!」
首の四割に切れ込みが入り、あまりに力を込め過ぎたからか、ハーミスの鼻からも血が零れる。青と赤の血液を浴びるエルも、ルビーも、クレアも、シャロンの好きにさせてなるものかと、あらん限りの力を込める。
触手に突き刺さり、最後のセイレーン力なく斃れる。亡骸が踏みつけられ、潰れる。もう、動きを制せるのは三人だけだが、その力も薄れてゆく。
だとしても、諦めない。倒せる可能性があるのなら、ハーミスは鋸の力を緩めない。
力みに力み、噛みしめた口から血が流れる。飛び散った鱗が頬を切る。
「この、さっさと、千切れろ、バケモンがあぁぁッ!」
遂に鋸の動きまでもが遅くなったのを感じたハーミスは、思い切りそれを振り上げ、大木をへし折る斧の如く、シャロンの太く青い首に向かって叩きつけた。
「じゃじゃじゃじゃじゃあああああああ――ッ!」
喉が張り裂けるほどの絶叫がシャロンの口から漏れ出し、遂に。
ハーミスは、鋸を振り抜いた。首と胴が、離れたのだ。
「……首が、斬れ、た、うっぐあぁ!」
勢いよく鋸を振り抜いた瞬間、気を抜いてしまったのだろうか。最後の悪あがきと言わんばかりに、残った胴体と触手が暴れ回り、四人は吹っ飛ばされてしまった。
「きゃああ!」
四人がそれぞれ違う方向に飛ばされ、エルとルビーは崩れた木材に突っ込んだ。クレアはシャロンの部屋に叩き込まれ、中から何かが崩れる音が聞こえてきた。
ハーミスはと言うと、どうにか甲板には残れた。重しを体に何個も載せられたかのような不自由さと、全身を駆け巡る痛みを堪える彼に、最も聞きたくない声が聞こえてきた。
「――御見事じゃん、ハーミス! でも見るじゃん、もう再生し始めてるじゃん!」
首だけになったはずのシャロンの切断面の下には、既に肉が形作られ始めていた。
元あった体は溶けて肉塊となる。代わりに青白い肌と鱗の合成品は、心臓や肺を構築し、たちまち再生していく。このチャンスを逃せば、ハーミスの仮説すら実証できない。
「ぐ、この……」
なんとかして、ポーチの中の円盤錠を投げつけなければ。
そう思うが、手に力が入らない。円盤錠を取り出しはしたが、投げつけるほどの力がない。仲間達に頼りたいが、いずれも四方に散って、協力は求められない。
勝ちを確信したシャロンの腕が動き出し、下半身が構築されかけた時。
「――これを、投げればいいのね」
円盤錠を、後ろから身を乗り出した誰かが掴んだ。
「任せて。何もできないけど、これくらいなら!」
そう言って、思い切り円盤錠をシャロン目掛けて投げつけたのは、どうにかここまで這ってきたクラリッサだった。自らの体も疲弊し、怪我人であるというのに、彼女はそれでも責務を果たそうと、円盤を投げつけた。
シャロンの足が生えてくる。もうじき変貌も始める。
生まれ出づる新たな再生を阻むべく、ディスクは飛んで行く。非力なクラリッサの投擲でも、意志を持っているかのようにシャロンに届く。
そして。かしゃん、と。
「……あ?」
シャロンの太腿まで再生した足に、『魔導拘束円盤錠』はしっかりと嵌った。
【読者の皆様へ】
広告の下側の評価欄に評価をいただけますと継続・連載への意欲が湧きます!
というかやる気がめっちゃ上がります!
ブックマークもぜひよろしくお願いいたします!