弱点
心臓を、内臓を破壊しても死なない。生物の道理に反した、恐るべき存在。
「そんな、あれだけ体を焼いたのに、なんで……ギギャアッ!」
驚愕するルビーの隙をつき、シャロンは彼女に瞬時に接近すると、鮫肌の腕で殴り飛ばした。ドラゴン化していない彼女の頬や腕の肌が削がれ、甲板の木箱に叩きつけられる。
「ルビー……ああッ!」
仲間への攻撃を見ていることしかできないエルも、触手に弾き飛ばされ、マストに衝突した。死んではいないが、木のささくれが体の至る所に刺さっている。
聖伐隊の隊員は壊滅させたのに、シャロン一人にこのままでは全滅させられる。これ以上、高笑いするあの怪物の自由にさせてなるものかと、起き上がったハーミスはポーチをまさぐり、『多重連結魔導爆弾』を取り出した。
「こんにゃろ、だったら爆弾で吹っ飛ばしてやる! クレア!」
爆弾の先端、糸状のグリップをクレアに手渡す。クレアも何を狙っているのかを察してくれたようで、シャロンがこちらを向くよりも先に、一気に駆け出した。
「『多重連結魔導爆弾』……これなら、喰らいやがれッ!」
彼女がこちらの行動に気付き、触手を振り回すよりも先に、ハーミスとクレアは彼女の体に爆弾を巻き付けた。同時に、触手の一振りによって二人とも甲板に叩きつけられたが、爆弾はしっかりとその効力を発揮し、シャロンを巻き込んで大爆発を起こした。
内側からの衝撃に耐えられないデッキの一部に穴を開け、船にも大打撃を与える攻撃。装甲の一部をも剥がす紫色の爆発と煙が晴れた時、残っていたのはシャロンの首だけ。
ただ、彼女からすればそれだけでいいのだ。
「……うちの首以外を吹っ飛ばすなんて、驚いたじゃん。まあ、再生するじゃん」
ハーミス達が追撃をする余裕すらなく、シャロンはあっという間に人間の姿を取り戻した。そしてまた、肌を鱗と鮫肌で覆い、髪を振り乱し、翼と触手を有する怪物となる。
フォーバーでは動けなくなるほどの攻撃も、シャロン相手には無意味なのだ。
「嘘でしょ、胴体全部粉々にしてやったのに……!」
爆弾の直撃にすら耐えうる不老不死と再生を持ち、変化までする。悍ましい怪物を前に、クレアの顔にありありと恐怖が浮かび上がっている。
しかし、ハーミスは違った。口を伝う血を拭い、彼は言った。
「フォーバーよりもずっと速く再生するし、不老不死のおかげでどれだけ無茶をしても、そもそも死にやしねえ。文字通りの不死身ってわけだが――弱点は見つけたぜ」
シャロンの目が見開く。クレアも、傍で倒れるルビーも、エルも。
「……お前さ、復活している途中で止められたら、そのスキル、使えるのか?」
怪物の顔が険しくなる。ハーミスの推理が、当たっている可能性を示唆する。
「使えねえんだな。だってそうだろ、最初からそうできるなら人間の姿に戻る必要がねえ。お前は不老不死なんじゃねえ、死んでも一度リセットするだけだ。その過程で止めれば、お前はそのままの形で固定されるんじゃねえのか?」
ハーミスは観察していた。シャロンがどんな過程を経て再生するのかを。
首だけになり、人の体を取り戻して、変化する。その途中で――人に戻る、詰り命を復活させる途中で、何かしらの手段で再生を止めてやれば、能力も使えなくなるのでは。もしそうでないなら、最初からその姿で再生すればいいのだから。
不老不死だが怪我は負う。再生するが死ぬ。この矛盾のせいで、こんな予期しないデメリットを背負ってしまったのだろう。シャロンすら気づいていない、弱点を。
「……ノーコメントじゃん」
「だろうな、お前だって気づいてない弱点ってとこじゃねえのか? 攻め込んでやる価値があるじゃねえか、なあ、皆!」
よろよろと立ち上がり、グレネードランチャーを拾ったハーミスが叫ぶと、仲間達も体を起こした。誰も彼も相当なダメージを蓄積させているのに、絶望などしていない。
「……そうね、もう一度首だけにしてやって、確かめてやるわ」
「ルビーもやれるよ、あいつの首を引き千切ればいいんだよね!」
「私はまだダメージをそう受けていませんので。誰よりも動けるつもりです」
四人が足に力を込め、立ち上がる。シャロンを囲み、それぞれが最も得意とする武器を、力を構える。ハーミスも、ポーチから円盤型の錠を覗かせる。
「この『魔導拘束円盤錠』が役に立ちそうだ……怪物狩りにはな!」
「怪物とはお言葉じゃん、うちは捕食者だっつってんだろうがあぁッ!」
ぎょろりと白目を剥いたシャロンの絶叫が、第二ラウンドの幕開けとなった。
ハーミスの砲撃とクレアの銃撃を、シャロンは翼で全身を覆って防御する。背後からルビーが接近して肉弾戦に持ち込もうとするが、触手に阻まれ、投げ飛ばされる。エルがオーラで動きを制御しようとするも、それより先に殴り飛ばされる。
爆撃により、銃撃により、マストが折れる。船が大きく揺らぎ、みしみしと嫌な音を立てる。どうやら強固な船の限界が、内側からの破壊によってやって来たようだ。
凄まじい音と唸りを上げながら、船は沈む準備をしていた。ハーミス達はどうにかしてシャロンを倒そうと必死で、少しずつ船が海に呑まれているのに気付いていない。
血を吐き、服が破けるのも構わずに戦う彼らを、セイレーン達はただ眺めていた。
「……あんなの、勝ち目ないでしょ、アハ」
「あいつら気付いてるか知らないけど、船だって沈みそうだよ、ハハ」
クラリッサを囲むように甲板に立つ彼女達が、戦いの行く先がバッドエンドだと気づいて顔を見合わせていると、気を失っていたクラリッサが目を覚ましたようだ。
「う、うう……ハーミス、皆は無事なの……?」
首をどうにかして動かし、敵との死闘を繰り広げるハーミス達を見て、クラリッサはどうにか言葉を紡ぐ。セイレーン達はと言うと、どこかばつが悪そうだ。
「え? え、まあ、弱点を見つけたとか言って、今襲い掛かってるよ、ハハ」
「クラリッサ……あ、あのさ、私達の提案、聞いてくれない?」
ばつの悪さの理由は、クラリッサの願いを無視した、彼女達の提案だ。
「提案よりも、皆を助けてあげて……ハーミス達、不利みたい……」
包帯を巻かれ、ブロンドの髪を血で汚した人魚の目から見ても劣勢な状況――ハーミスはグレネードランチャーを撃ち尽くし、クレアも弾切れ、ルビーもエルも肩で息をしている現状を見て、セイレーンは上辺だけの笑顔を作って告げた。
「――だからさ、クラリッサだけ連れて、逃げよっかって話してたの、キャハ」
自分の周りを飛ぶセイレーンの、とんでもない発言に、クラリッサは目を丸くした。
ハーミスはまだ戦っている。武器を剣に変え、ライセンスを割り、剣士になってまで。クレアはハーミスから魔導拳銃を受け取り、鮫肌を擦られながらも発砲する。とうとう爆発まで起きる船の上で、ルビーは炎を吐き、エルが折れたマストを敵に突き刺す。
それでもシャロンの優勢は変わらない。瞬時に再生し、首を徹底的に守り、触手を敵に叩きつける。翼で殴り、無数の鱗で攻撃を防ぐ。歌は無意味だと気づいたのか、もう謳わないが、その分攻撃に時間を充てられる。
こんな怪物に勝ち目などないと、セイレーンは判断したのだ。ならば、彼らが望んだ通り、クラリッサを聖伐隊から遠ざけてやればいい。『霧の島』に連れ戻すのは約束の範囲外だが、死んだ相手はどうせ難癖などつけて来ない。
だからセイレーン達は、クラリッサを連れて逃げる算段をつけていた。いや、きっと敵がこんなに強くなくても、さっさと逃げ出すつもりだったのだろう。
「あんな奴らに勝てるわけないし、ほら、逃げて自由になろうよ、アハハ」
「あいつら人間が時間を稼いでくれるよ、ハハハ」
自由を求めるクラリッサが、提案を拒むことはないと思っていた。
死よりも、安寧を求めると思っていた。
「――ふざけないでッ!」
違った。セイレーンをきっと睨みつけたクラリッサは、彼女達の鉤爪を手で払った。
爆炎が船の中からも発生し始め、もう沈没は時間の問題だった。
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