協力
「いらねえよ。島で篭ってろ」
すっぱりと断って背を向けたハーミスに、セイレーンは必死の様相で声をかけ続ける。
「そ、そんなこと言わないでよ、ね! アハ!」
「クラリッサをこの島に返さなくてもいいからさ、キャハ」
返さないでいい。そう聞いて、二つの意味でハーミスは振り返った。
一つは、彼女達が譲歩した点。もう一つは、この期に及んでまだ、自分達の下に返す可能性を示唆するような発言をした点だ。
クレアやルビーも、疑いに満ちた目を向けている。特にルビーは、ハーミスを彼女達が攫ったのを知っているからか、赤い目を細めて、半ば殺意に似た視線をぶつけている。
「……何だと?」
静かに問い返したハーミスに、セイレーン達は目線を泳がせながら、言った。
「わ、私達、色々やらかしたし……取り返しがつかないことをしたって、分かってるけど、それにクラリッサを巻き込むのは違うかなって、ハハ」
「どうやって信じろというのですか? 人魚を奪い、逃げようとしているのでは?」
「し、しないしない、そんなことしないって、ハハハ!」
些か信用に欠けるのは、行動だけでなく、語尾も理由だろう。どれだけ真剣な表情をしていても、一々けらけらと笑われては、信じられるものも信じられなくなる。
ただ、彼女達の気持ちはいたって本気のようで、今度はじっと、ハーミスの目を見た。
「私達はこれから多分、島でひっそりと死んでくよ。けど、せめてその前に、償いとかできたらなって思ったんだけど……ダメかな、ハハ」
冷たい瞳を少しだけ和らげたハーミスだったが、隣の三人は明らかに疑っている。同じ女性同士だからこそ察せる何かがあるのか、それともハーミスが攫われ、信頼を損なわれたことに、彼以上に怒っているのだろうか。
「ハーミス、あたしなら信用しないわね。ここでぶっ殺すのが正解だと思うわ」
「ルビーがやろっか? ハーミスを連れ去ったんだもん、ルビー、皆殺すよ」
少なくとも、ルビーは後者だった。
巨大な牙を見せつけ、指をバキバキと鳴らすドラゴンを前に、セイレーンが慄く。
「ひっ……!」
このまま彼女が一番手近な鳥の頭を掴み、かち割ってしまいかねないほどの空気を醸し出している中、ハーミスはようやく口を開いた。
「……約束しろ。クラリッサを自由にすると。二度と関わらないと」
彼の言い分こそ、真っ当だ。尤もセイレーンは、不服なようだが。
「わ、詫びの一言くらいは「約束しろ」……や、約束するよ、キャハ」
如何なる事情があろうとも、セイレーン達に選択の余地も、我儘をいう余地も存在しない。ここでハーミスの提案が呑めないようなら、詫びる機会も、許される機会もないまま島で死んでいってもらうだけだ。
渋々食い下がった彼女達を見て、ハーミスは小さく頷き、バイクに鍵を差し込んだ。
「それじゃあ、早速行くとするか。皆、バイクに乗ってくれ」
言われた通り、クレアとエルはサイドカーに乗り、ハーミスはバイクに跨る。加速装置を搭載したと言うだけあり、バイクから鳴り響く音はとてつもなく、周囲の砂を軽く吹き飛ばし、青白い炎のような魔力を、銀色の四本の筒から吐き出している。
この音だけで、セイレーン達はすっかり委縮してしまっているようだ。
「ルビーは飛んでついてきてほしいけど、できそうか?」
「うん、できるよ!」
「ありがとな。セイレーンはこのバイクを運べるのか、結構重いが」
赤く巨大な翼をマントの下から解き放ったルビーは、たちまち空に舞い上がる。一方でセイレーン達は、小馬鹿にされたと思って苛立ったのか、やや口を尖らせながら、鉤爪でバイクを掴み、持ち上げる。
「キャハハ、私達は人間を簡単に運ぶのよ、これくらい……ぐ、重……!」
余裕をかまして持ち上げようとした彼女達だったが、五匹が何とか持ち上げようとしても、なんとちっとも動かない。
それもそのはず、このバイクの総重量は、追加装備によって三倍近く重くなっている。エルが持ち上げようとしても少し難儀するほどの重量を、五匹程度のセイレーンが持ち上げようとすること自体が、思い上がっているとも言える。
「無理ならいいが「やってやるわよ、アハハハーっ!」」
しかし、ハーミスが煽ると、彼女達も黙ってはいなかった。
五匹で足りないならばと、十匹、十五匹が群がってバイクを掴み、ばたばたと翼をはためかせると、ようやくふわふわとバイクが持ち上がった。
「わ、すご、浮いてる浮いてる!」
クレアがはしゃいでいる隣では、セイレーンは必死の形相で翼を動かしている。
そのままゆっくりと前進し始めたバイクは、海の上を飛び、渦潮の辺りまで近づいてきた。既に霧の中には入っていて、前方は見えないが、真下で音を立てて、何かを喰い散らかすかのように大声を上げる渦潮は視認できた。
間近でそれを見た経験はなかったが、確かにこの上を舟で通れば命はないな、とハーミスが納得できるほど、海の中に轟轟と潮が渦巻いていた。
もしかしたら落とされてしまう、若しくは力尽きて落ちてしまうのではないかと半ば心配していた一行だが、悠々と通り過ぎていくのを見て、杞憂だったと一安心する。
そうしてようやく霧を抜け、やや陽が暮れかかった海に、セイレーン達はゆっくりとハーミス一行が乗ったバイクを着水させた。
「ふう、ふう、ひい……よい、しょっとぉ!」
水陸両用にしたと言っただけあり、バイクは海に沈まない。
ルビーも後ろからついてきたのを確認して、ハーミスはアクセルを回す。バイクを操縦する時の彼の顔は、これ以上ないくらい楽しそうだ。今回は、特にそうだろう。
「よし、着水! 今からかっ飛ばすぞ、しがみ付け!」
アクセルを全開にした刹那、体をその場に置いていくほどの圧力が三人を襲った。
かと思うと、これまでのバイクの速度を遥か過去に置いて行ってしまうほど速く、それは水飛沫と青白い魔力を後部から爆発的に解き放ちながら発進した。
「え、ちょ、いつもよりずっと速いいいいぃぃぃぃッ!?」
サイドカーのクレアとエルの顔が歪むほどのスピード。恐らく、海の上を渡れる魔物――海の中に住む魔物でも、今のハーミスとバイクよりは速く進めないだろう。それこそ、セイレーン達はバイクが遠く、遠くに猛進していくまで、動いたのにも気づかなかった。
「……ぼ、ぼさっとしてると置いて行かれるわよ、ついて行かなきゃ、キャハハ!」
彼女達が慌ててついて行く後ろから、ルビーが飛んでいく。セイレーンと違ってあっさりと追いついたドラゴンは、赤い髪を風に靡かせ、ハーミスと並走する。
「凄いね、ハーミス! ルビーもすっごく速く飛んでるつもりなのに!」
ルビーにそう言われ、ハーミスは微笑む。それから、バイクに搭載された回転速度計の隣にある、追加したディスプレイに目を向ける。
中心に青く点滅する光、前方には赤い光。恐らくこれが、ハーミスの言う探知器だ。これがあれば、前方に今は映らなくても、いずれ船には追いつける。
「なるべく早く船に追いつかないといけねえからな。探知器には既にでけえエネルギーが遠くに反応してるから、ここから真っ直ぐ進めば問題……ん?」
ところが、問題もある。
「うぼろろろ……」「おぼろろろ……」
速さに耐え切れず、サイドカーの外に仲良く嘔吐する、クレアとエルだ。
船と接敵する前に戦力外となられては困ると、彼は少しだけ速度を落とした。
「……ちょっとだけ速度落としてやるから、バイクには吐かないでくれよな」
セイレーンを従え、コートと開襟シャツを風に任せ、ハーミスは進む。
この調子なら、船とはそう遠からず接触するだろうと思いながら、彼は夕焼け色と闇色に染まる海を掻き分け、奔っていった。
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