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逃亡


「待ちやがれ、この……ぐ……!」


 ハーミスはどうにか起き上がろうとしたが、湧き出る血液に体力を根こそぎ持っていかれたかのように、ぐらりとつんのめり、砂浜に顔をぶつけてしまった。

 触手で何度も殴打を受け、鮫の歯であわや体を千切られかけた身だ。本来であれば長い養生が必要であるが、ハーミスはそんなつもりは毛頭ない。どうあってでも聖伐隊の目的を阻み、復讐せねば。その一心だけで動いているのだ。

 そんな彼を放っておけないと、仲間達は彼に駆け寄った。


「動いてはいけません、ハーミス。血の流し過ぎで死にますよ」


「俺なら大丈夫だ、それより洞窟に行ってくれ……人魚が、ぐ、う……」


 言っても聞かないとは知っていたが、相当頭に血が上っているようだ。何を探してほしいのかはさっぱりだとしても、洞窟とやらに何かがあるのは間違いないらしい。


「……エル、ルビー。海岸の方に先に行って、人魚とやらが無事か確かめてきて。あたしはこいつの治療を済ませてから、後で追いかけるわ」


 呆れた調子で振り向き、そう言ったクレアの顔を見たエルとルビーは、無言で頷いた。

 きっと、ここでぐずぐずしていても意味がないと判断したのだ。ハーミスの言い分をいつまでも聞いていれば、きっと彼は途中で死んでしまう。こんな形で死なれるのは、双方にとっても困る。

 ルビーが翼を翻し、エルがオーラで自らを浮かせて飛んでいくのを見届けながら、クレアはリュックを砂浜に下ろした。取り出したのは、いつぞやの『緊急医療キット』だ。


「サンキューな、クレア。俺も直ぐに……」


 それにも気づかずに立ち上がろうとするハーミスを、クレアは乱暴に座らせた。


「あんたは座ってなさい。死ぬわよ」


「死なねえよ、これくらいの傷じゃ。第一、復讐が終わるまで俺は――」


「死ぬかもしれないって思いながら心配してる、周りの顔も見えないわけ!?」


 いきなり怒鳴ったクレアの声に、思わずハーミスは目を見開いた。

 彼女はキットを開き、治療用のアイテムを取り出しながら声を張り上げていた。淡々と作業しているのに、クレアは顔を俯かせ、彼に表情を見せないように言った。


「一人で突っ込んで、理由も話さずにどっかに行って、死にかけてるときだって大丈夫の一点張り! あんた、あたし達を信用してないの!?」


 そこまで言ってようやく、クレアはハーミスに見えるように、顔を上げた。

 太く吊り上がった眉と大きな茶色い瞳に、ハーミスが映った。


「大丈夫、大丈夫じゃなくて、大人しく言うことを聞きなさい! あたし達がどんな気持ちであんたの傍に居続けてるのか、分からないなら蹴っ飛ばすわよ!」


 じっと、何秒か見つめ合った。クレアが伝えたいことくらいは理解できたが、同時にハーミスは、自分がどれほど理解できていなかったかを痛感した。

 怒りに任せて敵を追いかけ回し、傷を心配してくれる仲間に自分勝手な指示ばかり。今回は特に顕著だったが、もしかすると、前々から頻繁にしていたのかも。ついて来てくれる仲間への対応としては、最低の部類に入るだろう。


「……ごめん」


 クレアの隣で寝転がるしかないハーミスは、ぼそりと口から零した。


「……エルとルビーにも、後で謝っときなさい」


「そうするよ」


「分かればよろしい。じゃあ、治療していくわよ。言っとくけど、これは痛いからね」


 クレアの手に握られたのは、何かを挟み込むような器具。先端には、半透明のコの字型の針。ちょうど、裁縫で縫い付ける際に使いそうな針だ。

 青い瞳を隠し、ぎゅっと瞼を閉じた彼の傷口に、綴じ込むような音と痛みが走った。


 ◇◇◇◇◇◇


 暫くして、島の炎は少しずつ、自然に収まりつつあった。

 その周辺、岩場の隙間を縫うように、夕焼けが暗く染まる島をバイクが疾走した。

 搭乗しているのはハーミスとクレアで、ハーミスの方はシャツをまくり上げ、包帯が巻かれている。その奥には、半透明の素材で縫い合わされた傷がある。首や手足の継ぎ接ぎとは違う新しい傷跡を擦る彼に、クレアが聞いた。


「――どう、痛まない?」


「『鎮痛剤』のおかげで大丈夫だが、まさか腹を綴じ込まれるとは思わなかったぜ。でも、さっきよりはずっと動ける。ありがとな、クレア」


 感謝を込めてハーミスがクレアの頭を軽く叩くと、茶色のアホ毛がぽんぽんと揺れ、彼女は腕を組みながらもまんざらでもない表情を見せる。


「あんただけの命じゃないんだから、もう少し自愛しなさいよ……あれね、洞窟って」


 彼女が指差した先には、ハーミスがずっと言っていた海岸と洞窟。水に入り口が半分沈んだそこには、砲撃や蹂躙の痕跡は見られない。


「ああ、ルビーとエルは中にいるみたいだな。さっき、治療してもらった時に説明した通り、あいつらは人魚の肉が目当てだ。それを奪われてなけりゃいいがな」


 聖伐隊が撤退していった以上、望みとしては薄いだろう。

 それでも諦めきれず、岩場の手前にバイクを停めたハーミスは、クレアと共に岩場を駆け抜け、洞窟の中へと向かった。

 靴とサンダル、互いのズボンの裾を濡らしながら、二人は洞窟に入り、叫んだ。


「クラリッサ、無事か!? セイレーン達は……」


 ルビー達を除いて、全員が死んでいる。その可能性は考慮していた。

 しかし、そこにいたのは、セイレーン達とルビー、エル。つまり、クラリッサ以外の、恐らくこの島に住んでいる亜人だ。薄暗く広い洞窟の中で、事情を知っているらしいルビー達は顔を顰め、セイレーン達からは笑顔が消えている。


「……どうなってんだ?」


 ばつの悪そうな顔をするセイレーンを目の当たりにして、クレアが身を乗り出す。


「ハーミス、あんたの説明通りなら、セイレーンってのは人魚を守るんでしょ? どうして人魚だけいなくて、セイレーンが無傷で存命してるのよ?」


 クレアの問いにまず答えたのは、腕を組み、指を叩くエルだ。


「その答えなら、彼女達から聞いた方が早いでしょう。ほら、話してください」


 彼女達は話すのを渋ったが、ルビーの赤い瞳にぎろりと睨まれ、観念して言った。


「…………クラリッサなら、あいつらに渡したよ、ハハ」


「あいつら、あんなに強いって知らなかったし、私達は先に逃げたの、キャハ」


 詫びのようだった。ようだった、と言ったのは、まだ語尾が笑っているからだ。


「……あ?」


 ただし、ハーミスの顔は、たちまち怒りに染まっていった。

 彼女達の使命と盟約は、人魚の守護ではなかったのか。仮初とはいえ、その約束があったからこそクラリッサはここに留まって、飼い殺しにも耐えたのではないか。

 なのに、いざ襲撃されれば、我先にと逃げ出し、あまつさえ人魚を差し出したのか。そう思うと、ハーミスは怒りのあまり、瞳孔が開きかけていた。


「お前ら、クラリッサを守るのが使命だったろ。そう言ってたろ」


 これまでの人を舐め腐った笑いをいまだに残しながら、彼女達は答えた。


「い、命あっての物種だし、アハハ。守るってのも、ねえ?」


「そ、そうだよねえ、アハ」


 互いに互いを慰め合い、納得しようとするセイレーン達。

 だが、ハーミスには通用しなかった。


「――飼い殺しにしといて、その言い訳が通じると思ってんのか、てめぇら」


 銀髪をぼりぼりと掻く彼の仕草は、目は、紛れもなく激怒していた。


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