暗殺
「……おい」
「いやあ、どうですか聖伐隊様の近頃の活動は? さぞ魔物をばったばったと……」
「おべっかはもういい! いつになったらその洞窟とやらに着くんだ!」
ぴたりと、クレアを含めた聖伐隊一行が足を止めたのは、森の真ん中だった。
彼らはクレアから、森を抜けた先の洞窟にドラゴンがいると聞いていたが、どうしても彼女が先導すると言ってきかなかったので、その通りに移動を始めた。ところがどうだ、くだらない話と道草ばかりで、ちっとも洞窟に到着しない。
それを指摘されたクレアは、滝のような汗を流しながら、しどろもどろで答える。
「……も、もうちょっとですよ、さっきも言ったじゃないですかあ。邪魔者はいないんですから、そう急かなくても、ねえ?」
あからさまに怪しい。聖伐隊の隊員からも、不審に思う声が上がる。
「隊長、もしかしてコイツ、場所を知らないのでは?」
「私もそう思います。村民共が逃げる為の時間稼ぎをしているのではないでしょうか」
「そんな、そんなわけないじゃないですかあ! 天下の聖伐隊様を騙そうなんて……」
どうにか身振り手振りを含めて誤魔化そうとするクレアだったが、隊長は非情だった。
「……手っ取り早くいこう」
「ひっ!」
ぎらり、と光る剣を鞘から抜くと、クレアに突き付けたのだ。
思わず彼女は大木を背にして飛び退くが、それ以上、逃げ道はない。喉元に剣の先端を当て、隊長とクレアを囲む隊員の視線が、彼女の首に集中する。
「女、今直ぐに洞窟の場所を教えるか、ここで死ぬか選べ。三つ数え終わるまでにな」
この場に於いて、助けはあり得ない。来るはずの男は、まだ来ない。
(あたしの『直感』が外れたことなんてなかったのに、ハーミスみたいな奴を信じたのが間違いだった……絶対大丈夫だなんて言いやがって、どこか大丈夫なのよ!)
「一つ……二つ……」
(くそう、死んだら化けて出てやる! 五千ウルどころか倍額返させてやる――)
二つ目を数え終わった。恨み言を頭の中でつらつらと吐き出すクレアに、隊長が思い切り剣を突き刺そうとした、その瞬間だった。
「――ぽごっ」
一番後ろに立っていた女性隊員の眼球を、黒い矢が貫いた。
「……え?」
クレアが、剣を持った隊長が、既に死亡した女性隊員に目をやった。
鏃が後頭部にまで達した女性隊員が斃れたのが、恐るべき奇襲の皮切りだった。
「な、どこからじゅぶっ?」
今度は他の隊員が、喉と心臓を射られた。
音も聞こえず、どこにいるかも分からない。なのに、どこからか放たれた矢が、喉を抉り取る。隊員は藻掻くように喉にべたべたと振れていたが、どうと斃れ、動かなくなる。
「どうした、どこから攻撃を仕掛けてんっ!?」
剣を抜いて対応しようとした男性隊員だが、反撃の余地すら与えられず、側頭部に矢を受けて即死した。まだ生きていると思われたのか、もう一発矢を突き刺され、奇怪なオブジェとなった隊員は、膝から崩れ落ちた。
弓矢を用いた襲撃。それなりに鍛えられた聖伐隊の隊員を一方的に殺す技術を用いて、明らかに、誰かが攻撃を仕掛けている。
「ぶびゅっ」「あっがぁ!」
仕掛けているが、どこからかが分からない。気配をまるで感じないまま、矢の一撃で確実に隊員が死んでいく。頭を、目を、心臓を、的確に急所を撃ち抜かれて死んでゆく。
たちまち、残るは隊長ともう一人だけだ。
「どうした、何が起きている!?」
「分かりません、どこからか矢の奇襲を――あんぎゃあっ!?」
たった今、最後の隊員は両眼を射抜かれて死に、隊長唯一人になった。
「クソ、まさかさっきのハーミスとかいう男が、追いかけてきて痛だあぁッ!?」
そして、隊長自身も、自分の油断に気付けていなかった。
少なくとも、クレアから目を逸らしたのは失敗だ。そのせいで、彼女が太腿のホルスターから引き抜いたナイフによって、足の腱を両方とも切られたのだから。
「盗賊相手に隙を見せちゃあダメでしょ、聖伐隊の隊長サマ?」
びくびくと気味悪く痙攣する腱から、草木を赤く染める血が噴き出した。たちまち立てなくなり、その場で魚のようにのたうち回る隊長を見下すクレアの真上から音がした。
そして、弓を片手に持ったハーミスが、彼女の隣に下りてきた。
「……そいつで最後、だな」
クレアは驚かなかった。自分の直感からして、彼が来ると都合よく察せていたからだ。
「あんた、職業が『弓手』だなんて聞いてなかったわよ。それに完全に気配を消してたし、『隠密』のスキルもあるみたいね」
「正確には職業じゃねえんだけど、まあ、そうだ。『隠密』スキルは気配を一時的に消せるって聞いてたけど、まさかここまで奇襲に有効だとはな」
「ふふーん、あたしの『直感』を信じて正解だったわね……で、こいつはどうする?」
目の前に転がる隊長は、二人の殺気じみた視線に気付き、慌てて説得を始めた。
「うぐ、よ、よせ、お前ら! 俺を殺したらどうなるか、ここに来る予定の聖伐隊幹部が黙っちゃいないぞ! 本隊もじきにやってくる、そうすればお前達は終わりだ!」
そして、その説得はまあまあ有効だった。少なくとも、クレアが目を見開くくらいは。
「聖伐隊の幹部って……ハーミス、それはヤバいわよ!」
「そうなのか?」
「下っ端もたいがい手段を択ばないけど、幹部連中は逆らえば町や村諸共焼き払うような奴らよ! しかも聞くところじゃ、十人いる幹部はどれも一国の英雄と同等に強いとか……あたし達じゃ、どう考えても相手にならないし、逃げた方が良いわよ!」
クレアの言葉が正しければ、ただでさえ残虐な聖伐隊の悪い所を更に煮詰めて、おまけにとてつもなく強い輩が来るらしい。わざわざドラゴン一匹の為に、難儀な連中だ。
「そ、そうだぞ! 俺を助ければ幹部に、お前達は見逃すように進言して……」
ここぞとばかりに隊長も同意してくるが、ハーミスにしてみれば些末な問題だった。
いつ来るかはともかく、村人は逃げる準備をしている。間に合えばいいが、間に合わないくらい早急に来るなら、ここから戻っても意味がないし、何より。
「でも、こいつを生かしても殺しても、来るもんは来るぞ。こいつの生き死には関係ねえし、殺されそうになったなら仕返しくらいはしといてもいいんじゃねえか」
ハーミスの正論で、クレアの恐怖が、納得へと変わった。
「……それもそうね」
隊長を見逃す理由にはならない。
いつの間にかフードを脱いだハーミスとクレアは、木の棒を構えていた。
「えっ? お、おい、何だお前ら! その木の棒で何をするんだ!?」
何に使うかなど、明白だ。
「当ててみなさいよ、南国へご招待してやるわ……よッ!」
「ばっ、ばが、おばえら、やっやべ、やべで、ごべ、ごべんなざぶぎょごぼッ」
抵抗できない隊長の顔や体、手足目掛けて、木の棒がこれでもかと振り下ろされた。やめろと彼が叫んでも、その口の歯をへし折る鈍痛が返ってくるだけだ。
約五十、六十発の殴打の末、隊長は生きているか死んでいるかの中間の状態となった。
顔、腹は倍近く腫れあがり、股間の玉はどちらかが潰れている。手足は骨が折れているか、砕けているかのどちらか。いずれにせよ、生きて帰っても五体満足とはいかない。
痙攣するだけとなった隊長を見下ろし、二人は満足した様子で言った。
「……行くか、ドラゴンの洞窟に」
「行くわよ、ここまでやっちゃったんだし」
そして、木の棒を捨てて、村長に教えてもらった方角へと歩き出した。
クレアが聖伐隊に案内していたのと同じ方角に。
【読者の皆様へ】
広告の下側の評価欄に評価をいただけますと継続・連載への意欲が湧きます!
というかやる気がめっちゃ上がります!!
ブックマークもぜひよろしくお願いいたします!