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怠惰


 もしかすると、それが真の目的なのか。港町を作るのも、他の大陸の魔物を倒すのも、世間向けの大義名分に過ぎないのでは。

 つまり、ローラには目的がある。魔物を廃滅する以外の、目的が。


(……いずれにしても、『不老不死の肉』なんかが連中に渡れば、厄介だな)


 ハーミスの考えのいずれもが仮説だとしても、シャロンが港にいて、聖伐隊が不老不死の力を狙っているのであれば、渡してやる理由はない。ひいては『選ばれし者達』全員が肉を食えばと考えると、ぞっとする。

 ならば、善は急げ。この海岸や洞窟から、人魚を逃がした方が良い。


「なあ、聖伐隊は危険な連中だ。あんたを捕まえて食うと決めたら、何としてでも実行する奴らだ……魔物を滅ぼすって目的の、ついでにな」


「魔物を滅ぼす……セイレーン達も確かに、そんな話をしてたわ。事実、彼女達の仲間が何匹も捕まっているし。ねえ、そんなに強いの、聖伐隊は?」


「言いたかねえが、確実に魔物を殺して回ってる。ここにも必ず来る」


 クラリッサは半ばそんな予想をしていたのか、悲嘆に顔を俯かせる。


「だからその前に、この洞窟を出た方が良い。何なら俺が外に連れてって――」


 洞窟から逃げる提案をハーミスがしようとした時、再び羽ばたきの音が聞こえた。


「その必要はないわよ、アハハ!」


 セイレーン達がまたも、彼とクラリッサを囲んだのだ。けたたましい鳴き声を奏で、にやにやと笑う魔物達は、二人を外に逃がさないと言わんばかりに威嚇する。

 なるべく魔物とは戦いたくないハーミスは、静かに言った。


「……お前らには関係ねえよ」


 この洞窟に住んでいるだけの間柄だと彼は思っていたが、どうやら違うらしい。


「そんなわけないでしょ、アハ! 私達がそこの人魚を人間から守っているのよ、アハ」


「セイレーンは代々、人魚を守る種族なのよ、ヒャハ! 守る代わりに食事をとってきたり、身の回りの世話をする契約なのよ、キャハハ!」


「そういうことか、共生ってやつだな。でもな、守るなら猶更――」


 共生と聞いて、ハーミスは眉を顰めた。


「……いや、おかしいだろ。守るつもりなら、どうして聖伐隊を煽るようなことをするんだ? 余計に危機に晒してるじゃねえか」


 もしも本気で守っているとするならば、行動に矛盾があるのだ。

 なるべく人間と接せず、できるならクラリッサを外に逃がしてやった方が良い。なのにそうしない理由は、けらけらと笑うセイレーンの言葉に詰まっていた。


「そんなのどうでもいいじゃない、アハハハ!」


 どうでもいい。ただそれだけだと、セイレーンは言い切った。


「貴方、この『霧の島』はね、海岸からずっと離れてるわ。それに、濃い霧と渦潮で囲まれてるのよ。人間がやって来ても、渦潮に呑まれて終わりよ、アハハ!」


 彼女が言う通り、この洞窟のある地域は海岸ではなく、島のようだ。そして言われるがまま辺りを見回してみると、セイレーンの言う通り、遠くの水面に渦が見える。その上には濃い霧が発生していて、確かに舟がこれを超えるのは困難だろう。

 つまり、セイレーン達は舐めてかかっているのだ。相手はどうせ来ないと、だとすれば人魚を守っているという名目で何でもやっていいとすら思いこんでいる。


「……放っといても大丈夫だから、好き勝手やってるってか。そんな態度で、よくクラリッサを守ってるだなんてのたまえるもんだな、てめぇらは」


「キャハハハハ! 人間はどうせ来ないんだもの、使命感なんてくだらないわ!」


 正しく、ハーミスの予想は当たっていた。

 きっと、この関係は永く続いていたのだろう。それがいつからか、人間が襲ってこなくなり――または対外的な敵がいなくなり、守護の役割は薄れた。今や護るという言葉は、セイレーンが暴れる大義名分と成り下がっている。


「クラリッサはしっかり守られていて、人間は来ない! だったら私達が何をしようが勝手なのよ! 好きに襲って、好きに殺して、好きに喰う! もしも人間がやってきたら、その時はしっかり守ってやるわよ、アハハハハ!」


 守れるものか。聖伐隊がどれだけの悪逆を尽くしてきたか、港町で反撃をされているのに知らないのかとハーミスは思ったが、直ぐに答えも出た。

 彼女達は、知らないのだ。捕まった同胞がどんな目に遭っているかを。シャロン達によってどんな末路を迎えているかを知らないのだ。生き残ったのは自分の実力、人間の脆弱さだと慢心し、死ぬまで悟らない。

 この連中は、完全なる怠慢者。愚か者、とさえ呼ばれかねない。こんな様子では、いざ聖伐隊や『選ばれし者達』が来た時に、狼狽えるのが落ちだろう。


「……怠惰な連中だ。言っとくが、聖伐隊は必ず来るぞ。あいつらは諦めたら最後の連中、どんなことをしてでも目当ての物を手に入れる狂った奴らだ」


 ハーミスの警告に、セイレーン達は警告で返した。


「ハハ、こっちこそ言っとくわ。クラリッサを連れて外に逃げようなんて考えないことね。私達にとって大事な大事な人魚様よ、キャハーっ!」


 そう言って、笑いながら飛び去って行った。ここが彼女達の言う通り島だとするのなら、どこかに集まる場所でもあるのだろう。

 その気になれば、ハーミスはクラリッサを連れてこの島を出る手段を『通販』(オーダー)で買える。だが、危険も同じくらい伴う。もしもその時に人魚を失い、人間に渡ったら。


「クラリッサ……」


 残されたハーミスがクラリッサを見ると、彼女はまたも、首を横に振った。


「……ごめんなさい。私は彼女達に見張られてるの」


 当然と言えば、当然だった。自分達が怠惰でいられる理由は、もう守るのではなく、監視して、何かしらの手段で逃げられないようにするのが合理的だ。


「渦潮で外にも出られない、そもそも人魚とセイレーンの共生は旧い盟約なのよ。私が終わらせるわけにはいかないわ」


 クラリッサは物悲しげに呟いて、海の中へと戻っていった。

 一度だけ波しぶきが起き、静かになった岩場で、海岸に変える手段すら忘れたハーミスは、ただクラリッサの在り方と、ローラの目的についてだけ考えていた。

 彼はこの島とも、セイレーンとも、ましてや人魚とも関係はない。

 それでも、どうしても見逃す気にはなれなかったのだ。


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