歌声
逃げ惑う人々の悲鳴の中に、絶叫が混じる。セイレーン達が港まで飛んできて、逃げ遅れた人間達を足で掴んで引き裂く様を目の当たりにして、エルが叫んだ。
「どうしますか、ハーミス!?」
「ここでスキルや能力を使えば聖伐隊に正体がばれちまう、ひとまず様子見だ! ここまで来て『選ばれし者』を見ないで帰るわけにはいかねえよ!」
「様子見はいいけど、あいつら、こっちにも来てるわよ!」
クレアの言う通り、彼女達は一人、二人程度の獲物では満足していないらしい。
町の上空までやってきた、十匹は下らないセイレーン達は、とうとうハーミス達がいる辺りまで降下してきた。当然、そのまま人間を掴み、尖った歯で食い散らかしていく。
「キャハハハハ!」「アハハハハ!」
「だ、誰か助けてええ!」「ぎゃああああッ!」
男女問わず周囲に血しぶきが舞い、肉が転がる。彼女達から逃げるように奔り出したハーミスを視線で捉えた一匹が、にやりと笑い、吐き出すように声を響かせた。
『アアア、アア、ア――……』
それを歌、と呼んでも良いのだろうか。
セイレーン達は一斉に口を開き、同じ音――彼女達の言うところの歌を奏でた。
ただし、まるで歌には聞こえない。少なくともクレア達には、金切り声を空気に乗せているだけの声にしか聞こえないのだが、仲間に男性がいることをはっきりと覚えていたらしいルビーは、反射的に彼の耳を塞いだ。
「ハーミス、聞いちゃ駄目!」
ルビーの耳塞ぎは彼の脳を少し揺さぶる威力だったが、効果はあったようだ。
ハーミスが周囲を見てみると、女性は普通に逃げているが、一部の男性は急に立ち止まり、まるで誘惑されるかのように踵を返した。
そして、ふらふらとセイレーン達に向かって歩き出している。彼らが逃げる気力も意思も失ったと気づいた彼女達は一層恐ろしい笑みを浮かべて、歌うのをやめた。そして、翼を大きく広げて、無抵抗の男達に襲いかかった。
「あ、お、俺はがあああッ!?」
「誰か、だれがあああ!」
人間を食い殺すことが趣味であるかのようなセイレーンは、紛れもなく狩りを愉しんでいる。餌の一部にならなかったことを、耳から手を離してもらったハーミスは感謝した。
「……ありがとな、ルビー。そんでもってなるほど、これが歌ってわけか。そりゃあ、厄介な相手扱いされるわけだ」
住民達と一緒に町から少し離れたハーミス一行の目に、武器を持って、海岸の東側から聖伐隊の隊員がやってきたのが映った。
それもパトロール程度ではなく、二十人ほど。間違いなく、来た方角が拠点だ。
その聖伐隊を見て、ハーミスの心が、微かにざわついた。
さっきは何ともなかった彼の心境だったが、今回ばかりは違う理由があった。その二十人の奥に、明らかに他とは違う二人が混じっているからだ。
一人は上半身が裸の、太った坊主。もう一人はもじゃもじゃ髪の、小さな女性。
ハーミスは知っていた。二人が『選ばれし者達』と称され、彼を殺して谷底へと突き落とした者達の一人、フォーバーとシャロン兄妹だと。まるで血流が沸騰したかのように、ハーミスは自分の体が熱くなるのを、確かに感じ取った。
「ちょっと、あの聖伐隊の後ろの奴ら、あれって……」
「『選ばれし者達』、ですね。新聞に載っていた兄妹と思われます」
「兄妹っつっても、似ても似つかないわね。ハーミス、あれって本当に血が繋がってるわけ……ハーミス?」
坂の岩場に隠れて様子を眺めていたクレアが、ハーミスの異変に気付いた。
表情は憤怒に染まっておらず、しかし穏やかでもなかった。たった今何人も人間を殺してきて、まだ感情が収まらないかのような、それでいて感情を殺しているかのような、据わった眼をしていた。
視線の先には、当然兄妹がいる。ポーチから拳銃を引き抜いて、ハーミスは言った。
「俺は『選ばれし者』をぶっ殺す。お前らはバイクの傍で待っててくれ」
仲間に協力を頼むわけでもなく、一人で突っ込む。明らかに危険だ。
「一人で行くつもりですか? はっきり言って無謀です」
「エルの言う通りよ、今は聖伐隊の数が多いわ。ちょっとだけ様子を見て……」
クレア達は制したつもりだったが、ハーミスの心は、思考は、過去へと飛んでいた。彼は誰の声も聞こえないようになっていたが、昔の思い出が作る声だけは聞こえていた。
『なあ、ハーミス! お前が怪我を治してやった魔物、美味かったじゃん!』
『もっと、シャロンに、めし、よこせ』
彼の知らないところで、復讐心とは肥大するものなのかもしれない。
『今度はもっと愛情を込めて育てるじゃん、その方が美味いじゃん』
どれだけ隠して魔物を治しても、生き物をペットにしても、二人は探し、食った。
自分が死ぬまでに、何匹食べられただろうか。目の前で、何匹殺されたか。
『選ばれし者』にしてハーミスを殺した者のうち二人――フォーバーとシャロンの兄妹に対してもまた、まともな思い出がなかった。
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