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惜別


「……済まないな、ハーミス。最後まで頼み事ばかりだ」


 ニコはそう言うが、ハーミス達からすれば、これでも足りないくらいだ。

 モルディとカナディの助けがあって、街に入れた。ギャング達の助けがあって、街を守れた。そして獣人街の歴史を守り、獣人達の絆を守れた。だから、自分達だけが助けた安堵とは、そんなこと、決して思っていないのだ。


「俺達は何日もただ飯食わせてもらったんだ、これくらいはお礼として当然だ」


「貰った香辛料も衣服も足せば、こうしたって足りないくらいよ」


「お肉もいっぱい貰っちゃったしね!」


「まあ、目的地のない旅です。進む先が分かるだけでもありがたいでしょう」


 バイクのサイドカーに乗り込んだクレアとエル、翼をマントから現出させたルビーが、街の皆に聞こえるような声で言うと、門の内側から、惜別の声が漏れてきた。

 旅の無事を祈る声、涙を堪える声、耐えられず泣きじゃくる声。様々な声が混じる門の外にいるリヴィオは、ハーミスの肩を叩き、堪えた涙を拭い、歯を見せて笑った。


「……何かあったら、獣人街に戻って来い。わしらはいつでも、お前らを歓迎するぞ!」


 街を守るギャング、ゼウスの副頭領の言葉に、頭領のニコも頷いた。

 そして街の中からは、割れんばかりの、彼らとの再会を望む声が響いてきた。


「おうよ!」「きっと帰って来いよな!」「また飲み明かそうぜ!」


 ジュエイル村からの旅立ちを思い出しながら、ハーミスはバイクに跨る。


「……ありがとな、リヴィオ、ニコ、街の皆。じゃあ、行くよ」


 そして、それ以上は振り返らずに、バイクを走らせた。ルビーが空を飛んでついてくる後ろから、まだ獣人達の別れを惜しむ声が聞こえてきた。


「またな、ハーミス!」「クレアちゃん、ルビーちゃん、いつでも戻っといでよーっ!」


「「エルお姉ちゃん、またねー!」」


 四人とも、かけがえのない思い出ができた。単に数日居座っただけでなく、故郷であるかのような感情まで芽生えていた面々の中、クレアはハーミスに聞いた。


「……ハーミス、いつかまた戻ってくるわよね?」


 地図を広げながら聞くクレアを見ずに、ハーミスは答えた。


「好きな時に帰って来ればいい。お前らにはその自由があるさ」


 彼はいつもこうだ。


「ルビー、ハーミスと一緒に戻りたいな。ハーミスだけがいないのは嫌だよ?」


「自己犠牲を仄めかすような発言は、今くらいは控えてください」


 ハーミスがルビーを、エルを助けて仲間としたように、二人からしてもハーミスは仲間だ。いつか自分はいなくなるのだと言われれば、二人だっていい顔をしない。

 二人の、そして無言で見つめるクレアの意図に気付いて、やれやれといった調子で、ハーミスは首を横に振った。そして、仲間達の強情さを嬉しく思いながら、言った。


「――そうだな。いつか一緒に、獣人街に帰ろう」


 三人が笑顔を見せると、話は海に行ったか、見たことがあるかという話題になった。

 明けた夜の光が、四人の進む道を静かに照らしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 レギンリオル・聖女の塔。

 聖伐隊の隊員達が異例の事態に慌てふためく中、緑の髪の、ロングスカート風に改造した隊服を着る少女は、隊員からある報告を受けていた。


「――リオノーレが、死んだの」


 姉、リオノーレが死んだと聞いたのは、『選ばれし者達』の一人、サンだ。


「はい、攻撃部隊は全滅、戻ってこない日数を考えれば……聖女様には、ご報告を?」


「私が報告しておきます。下がってください」


 彼女が表情一つ変えず命令すると、隊員は頷いて走り去っていった。

 その後姿を眺めながら、サンは踵を返し、塔の中へと歩いてゆく。


(そっか。お姉ちゃん、ハーミスにやられちゃったんだ。やっぱり――)


 悲しみでもない。悼みでもない。


(――やっぱり、愚図のお姉ちゃんじゃ駄目だよね)


 失望と嘲笑だけが、無表情のサンの中で蠢いていた。

 いつまでも自分が受けた屈辱だけを糧に生き続けるリオノーレの姿は、サンからすれば惨めで、哀れで、同情にも値しなかった。とうの昔に、姉とも思っていなかった。


(ローラの役に立とうともせずに、復讐になんかばかり目を向けてるお姉ちゃんじゃ、仕方ないか。昔のことなんか忘れればいいのに、本当に間抜けだよ)


 サンは、憎しみなど忘れていた。もっと大事な、世界より大事な事柄がある。


(大事なのは、ローラの役に立つことだけ。ローラだけが全て)


 誰よりも愛する聖女、ローラの存在。

 性別も何もかも超越した、愛すべき存在。それに勝るものなど何もない。ハーミスを討つのも、彼女が望んだからで、他の理由など何もない。

 だから、サンはリオノーレの死に、感謝すらしていた。


(だからお姉ちゃん、死んでくれてありがとう。邪魔なお姉ちゃんの代わりに――私が、ローラの隣にいるからね)


 聖伐隊の中で最も狂った少女は、塔の闇の中に姿を消していった。

 その頬に、聖女を独占できる堪えきれない喜びが、悪魔のように漏れ出していた。


【読者の皆様へ】


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