作戦
村を坂の上から見下ろしても分かるくらい、相手は異質な存在だった。
縁を金と黒の糸で彩った、白いジャケットとズボンの制服を着た隊員が、合わせて十五人。男女混じっているが、どれもハーミスと同じくらいの歳で、使命感に満ちたような、何かに洗脳されたような厳めしい表情をしている。
あんな連中が攻め入って来れば、当然恐ろしいだろう。剣を抜いた相手を、二人が見下ろしていると、茶と黒色の混じったショートヘアの男が、苛立った様子で叫んだ。
「聞いているのか、村長! 早く出てこい、俺の隊長命令で村人を処罰するぞ!」
「あいつら、村の皆を人質に……って、クレア!?」
部隊を率いる隊長らしい男をハーミスが見ると、彼の足元には村人以外の人間がいる。
「ハーミスうぅーっ! だずげでーっ、がわいいあだじをだずげでーっ!」
クレアだ。地に這いつくばって泣き喚く彼女は、きっと嘔吐しているところを見つかって、村人か何かと勘違いされてしまったのだろう。ついてないとしか、言いようがない。
「……知り合いかの?」
「まあ、そんなとこだよ。とりあえず広場に行かないと、本当に殺されちまう」
ハーミスの言う通り、このまま家の前でもたついていると、本当に村人が殺されかねない。冗談の通じない危険性を前にした二人は顔を見合わせると、坂を下りて行った。
幸いにも、聖伐隊はそこまで短気ではなかった。二人が広場に着いた時には、まだ震える村人達の首は繋がっていたし、隊長もそこまで苛立ってはいなかった。
「遅いな、村長……と、まさか他にも村人がいたとはな」
「昨日は谷底にいたんだよ。それより、そいつは返してくれねえか、村人じゃねえんだ」
腕を組んで傲慢な態度を見せる隊長は、クレアを一瞥し、顎でハーミスを差した。
「いいだろう。村人でないなら、喧しい分、預かっているだけ損だ」
そう言って、尻を足で小突かれたクレアは、ようやく自分が動いていいのだと判断したのか、立ち上がってどたばたとハーミスに駆け寄った。口元からまだ吐瀉物の臭いがするのに、ハーミスも村長もあえて言及しなかった。
自分の臭いなどまるで気づかず、クレアは涙と鼻水を拭いながら喚く。
「はーっ! 死ぬかと思った、ほんとにヤバかったよハーミス! あいつらさ、ゲロ吐いてるあたしを後ろから掴んで、ここまで連れてきてさ……」
「はいはい。それよりお前ら、なんでここに?」
クレアを脇にどかしたハーミスを、隊長は汚物を見るような目で睨んだ。
「……村長、村人にきちんと伝えていないのか? 俺は言ったはずだぞ、あの翠色のドラゴン、ガーネットとやらの娘、赤い鱗のドラゴンだ。そいつを差し出せとな。そうしなければ、お前達は魔物を廃絶する聖なる使命を阻む逆賊と見做し、今度は皆殺しにするとも言った」
「聖なる使命だと? ただの虐殺じゃねえか、そんなもん通用するわけが……」
「通用するのだよ、聖伐隊の前ではな。聖女様の名において、全てが正義だ」
「この野郎……」
ハーミスは隊長を殴ってやりたかったが、村人を囲む隊員達の剣がこちらに向いているのに気付き、不用意に手を出せなかった。いくら『通販』のスキルがあるとしても、購入まで攻撃を回避しきる自信はない。
村長と同様に、ハーミスが隊長と向かい合っていると、クレアが口を挟んできた。
「……待って、ちょっと待って。話はだいたい分かったから、二人とも、こっち来て」
「なんだよ、クレア? どうしたんだよ、急に?」
クレアに言われるがまま、三人は円陣を組み、ごにょごにょと話し始める。
「……だから……こうして、こう…………」
「…………つまり、こっちに……」
「おい、いつまで話している! ドラゴンの娘の居場所を教えろと――」
会話の内容が聞こえない隊長の苛立ちが頂点に達し、剣を翳そうとした時。
「――はいはーいっ! あたし、今それを聞いたんで、教えまーすっ!」
なんと、いきなり二人から離れたクレアが笑顔で挙手し、とんでもないことを言った。
どうやら、ドラゴンの居場所をそこで話していたようだ。村長やハーミスどころか、村人達も驚愕で顔を染め上げてゆく。当のクレアだけが、してやったりと言いたげな顔だ。
「クレア!? お前、裏切るのか!?」
「裏切るも何もさあ、そっちが信用しすぎじゃない? まだ会って一日も経ってない相手にべらべらと色々話しちゃうのは良くないって、教わらなかったわけ?」
「な、なんて女じゃ! 恥知らずめ!」
「何とでも言いなさいよ、聖伐隊に手を貸した方が得するに決まってるんだし、真っ当な判断よ。ねえ、そこの隊長っぽい人さあ? 二万ウルでこの情報、買わない?」
二人はそう言うが、クレアには負け犬の遠吠えにしか聞こえない。隊長も、彼女の狡猾さを気に入ったのが、にやり、と笑ってズボンのポケットから革製の財布を取り出す。
「……正しい判断だな。その程度の額なら、俺のポケットマネーで出してやろう」
そして、紙幣二枚を近寄ってきたクレアに渡した。
「毎度あり! そんじゃ、ほら、そのうち一万ウルは……手切れ金ってことでね」
彼女はハーミスを見下すような表情で、紙幣一枚を地面に落とした。
「あたしについて来なよ! 隠れ家まで案内したげる!」
こうして完全に勝ち馬に乗った様子のクレアは、意気揚々と村から出て行った。聖伐隊の連中も、村人を嘲笑いながら、隊長を筆頭にしてジュエイル村を去り、森へ向かった。
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