防衛
「……だったら、正面からぶっ潰してやるわ! 投石部隊、準備!」
リオノーレの怒号と共に、車輪付きの巨大な投石機が五台、前に出てきた。
石は既に設置され、いつでも投げ出せる状態だ。周囲のざわつきに応じるように、エルが魔法で石を止めるべく、オーラを構える。
「ハーミス、止める準備をしておきますね」
放っておけば甚大な被害を齎す投石機を見ても、ハーミスは余裕の態度だ。
「だから昨日も言ったろ、そんな心配はしなくていいって。それよりもルビー、あの攻撃を防いだらお前の出番だ。準備しといてくれ」
「はーい!」
彼の関心は、この攻撃を確実に防いだ後の、ルビーの行動だ。
全身に黒い装甲を纏い、大きなバツ印の付いた同じく漆黒の箱を腹部に装備したルビーが、ハーミスの命令に従って宙を舞った。それを見たリオノーレは、彼が何かをしでかすよりも先に止めてやると言わんばかりに、部下に指示を下した。
「よし……石、放て!」
彼女の一声で、投石機は勢いよく跳ねて、抱えていた石を投げ飛ばした。人間五人分はある巨大な石は凄まじい速度で飛んでいくが、脅威はそれだけではない。
(ただの石じゃないわ、魔法師に作らせた爆破効果のあるエネルギーを内包した特殊な石よ! 混乱したところを一気に切り込んでやるわ!)
リオノーレの予測が現実になれば、敵は混乱に陥る。ギャングのボスもそうだが、ハーミスの仲間も死ねば、敵は確実に混乱に陥る。
その隙に全軍で突撃し、一気に制圧。何度も亜人共を皆殺しにしたパターンだ。
「さあ、何人死ぬかしら、ハーミスの仲間もこれで――」
だが、今回ばかりは、あらゆる常識が通用しない。
隕石のように投げ飛ばされた巨石は、ハーミス達獣人街軍に直撃するよりもずっと上空で、何かにぶつかったように削り取られた。
「――えっ?」
真っ二つになったとか、破壊されたとかではない。粉々に削り尽くされ、完全に消滅したと言える状態になってしまった。続く四つの石も、同じように消え去ってしまった。ものの数秒で、飛ばした石はなかったものとなってしまった。
敵が無傷である現状を疑うリオノーレの目に、とんでもない存在が飛び込んできた。
「な、何が起き……何なの、あれは!?」
それは、黒い巨人。門の真上にまで背が届く、巨人とした形容のできない構築物だった。ジュエイル村からの通信であった、巨人とやらがこれなのか。
ユーゴーを殴り潰した巨人にそっくりだが、彼女の知らない、違う点がある。
まず、頭がない。両腕が肥大化していて、常に前方に突き出している。その両掌から半透明のエネルギー波を発生させていて、これが獣人街の面々と街そのものを覆っているのだ。きっと、巨石を破壊したのもあのバリアーのような力だ。
さっきまでどこにもいなかったのに、いきなり姿を現したのは、この兵器が有する透明化の機能なのだが、リオノーレが知る由はない。知るのは、ハーミスの仲間だけだ。
「凄いのう、あんな大きな石を、跡形もなく粉々にする魔法の壁とは……!」
「『対大陸間防衛兵器試作型参号』通称ディフェンスウォール。前方からの遠距離攻撃なら確実に防ぎきる。今回は奮発してレンタルどころか、二基も購入したぜ」
「貯蓄から二千万ウルも消えていたのは、それが理由か」
「まあまあ、その分仕事はするぜ。それじゃあルビー、出番だ! 行け!」
驚くリヴィオやニコを他所に、ハーミスがルビーに命令した。
「行ってきまーすっ!」
すると、黒い装甲を纏った赤い竜は、空を切って聖伐隊へと突進した。
「リオノーレ様、ドラゴンが来ます!」
「撃ち落としなさい! 弓兵、構え……撃て!」
当然、聖伐隊も対応する。リオノーレの号令で、弓を構えた兵士達が一斉に矢を発射した。雨の如きこの矢なら、如何にドラゴンでも耐えきれないと踏んだが、それも甘い。
突進してくるルビーに直撃するはずの矢は、悉く弾かれた。攻撃が命中する直前に、黒い装甲が輝いて半透明のエネルギー波を前方に発生させるので、これもきっと、ハーミスが購入した防御兵装なのだろう。
「どういうこと、あいつも攻撃を弾いて……あれは!」
さて、リオノーレ達は突っ込んでくるルビーに目を丸くしている場合ではない。
「ハーミスが買ってくれた『投下爆撃弾』だよ、たっぷりくらえーっ!」
彼女は突撃して、肉弾戦などしなかった。
代わりに、腹部に装備した箱を開き、彼らの上空を舞ったのだ。それだけなら単にドラゴンが飛んでいるだけで済むのだが、箱から落とされた丸い球が問題だ。
球が重力に負けて地に落ち、触れた瞬間、とてつもない爆発を齎した。
「ぎゃあああああッ!」「熱い、あづいいいぃッ!」
人が溶け、燃え、弾けとんだ。
輪を描くように飛び続けるルビーが落としたのは、『投下爆撃弾』。地上の敵に向けて空から落とす爆弾は、一発で数多くの聖伐隊隊員を焼き殺し、爆散させる。それが十発、二十発も同時に落ちてくるのだから、たまったものではない。
「炎を投下した、炸裂する炎を……!?」
たちまち完成した地獄絵図に僅かな慄きを抱いたリオノーレに、兵士が提言する。
「あのドラゴンの自由にしては部隊が全滅します、リオノーレ様! 魔法を用いた防御壁を使ってください、早く!」
「くっ、分かってるわよ! 『勇者防盾』!」
ルビーがもう一度爆撃を繰り出すより先に、リオノーレが天に両手を掲げる。
すると、彼女の掌から青い魔力が放出された。魔力はまるでバリアーのように全ての兵士達と空の間に広がると、落下した爆弾の攻撃を防ぎ切った。
立ち込める煙が晴れても傷一つ負わない敵を見て、今度はルビーが目を丸くする。
「青色の透明な盾……ルビーの攻撃を全部防ぎきるなんて……!」
『ルビー、一旦戻って来い! 追撃されないうちにな!』
「うん、分かった!」
矢の追撃や、魔法の攻撃を懸念したハーミスの命令を受け、ルビーが戻ってくる。
その姿を眺めながら、ニコがゆっくりと、背負った槍の柄に手をかけた。
「……互いに遠くからの攻撃は効かないか。ならいよいよ白兵戦だな、ハーミス」
ハーミスもまた、ポーチの中に手を突っ込んだ。
「上等だ、奴らを逃がさないで済むからな」
青色の魔力防壁が消えるの見た彼は、直接のぶつかり合いを予期した。
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