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準備③


 あっという間に、戦いの前日――その夜がやってきた。

 ギャング達は屋敷で、街の男達は家族や親戚と思い思いの時間を過ごしていた。

 もしかすると、明日で最期の別れとなってしまうかもしれない。恐れはないと自負し、戦闘訓練を受けてきた彼らでも、聖伐隊という脅威との戦いを前にして、もしかしたらを考えないわけがなかった。

 お守りを作り、渡す妻がいた。父に必ず帰ってくるよう泣いて頼む娘がいた。父と共に戦場に立ち、必ず帰ってこようと杯を交わす親子がいた。

 こういったトラブルの前夜は一家揃って酒を飲み交わすギャング達もまた、自由な時間を過ごしていた。といっても、彼らの場合は苦楽を共にした仲間達と一緒に屋敷で酒を少しだけ煽り、必ず勝つと誓いあうばかりだった。


 そして、屋敷の屋根に上り月を眺める彼女――リヴィオも、街に思いを馳せていた。

 幼い頃から、心に靄がかかった時は何度もここに上って、本当に大切な物を見定めようと物思いに耽った。結局答えを得られない時が殆どだったが、今は違う。

 今ならば分かる。大事なことが、必要なことが。

 街の未来を思い浮かべ、右手に持った杯の酒をちびりと飲むと、誰かが屋根に上ってくる音が聞こえた。後ろを向かずとも、隣に座った彼の正体を、彼女は知っていた。


「……ニコか」


 少し落ち着かない様子のニコが、同じくここにやって来た。彼は小さなため息をついてから、リヴィオがいるのは想定内だが、隠すように言った。


「まさか先客がいたとはね。僕のお気に入りの場所だというのに」


「わしのお気に入りでもあるんじゃ……いや、わしらの、か」


「ずっと昔だけどね。まだ一緒に遊んでいた頃の話さ、本当にずっと昔さ」


 二人が子供の頃――ニコがまだ小さな小さな子供だった頃にまで遡れば、二人の仲は良かった。ニコを初めてここに連れてきたのも、リヴィオだった。


「おかしなもんじゃ。どんなことがあってもお前と手を組むなぞ有り得んと思っておったし、聖伐隊が来るとしてもまたいがみ合うと思ってたんじゃ」


 あの頃、笑い合ったあの頃からもう何年経っただろうか。その間に何度いがみ合い、憎しみ合い、殺そうとすら思っただろうか。もしもハーミスが止めてくれなければ、願望は現実となり、血で血を洗う悍ましい街の惨状が完成していた。

 もう、そんな気にはなれない。いや、きっともう二度とならない。


「僕もだよ。聖伐隊を倒してから、決着をつける気でいた。けど、今はそんな気になれない……いや、戦いが終わったとしても、もう街の中で戦おうなんて思わない。そんなことは、ギャングのやるべきことじゃないんだ」


 街の為に、必要な事柄。ニコは何としてでも戦い、勝つことだけを考えているようだが、リヴィオは違った。万が一を見据えられる彼女は、静かに言った。


「…………ニコ、獣人街は必ず守る。その上で聞いてくれ、もしわしが死んだら――」


「やめてくれ」


 何かを察したニコは言葉を遮ったが、リヴィオは構わず続けた。

 例えニコが、赤子のように泣きじゃくっても、続けただろう。それくらい、ニコに伝えておかなければならない約束と願い事があったからだ。


「いいや、年長者として話させてもらう。もしもわしか、お前が死んだとして、街の皆にまだ居てくれと頼まれたなら、生き残った方が二つのギャングを纏めようや」


 どちらかが死んだら、尚且つ街に許されたなら、ギャングを率いる。オリンポスを、ティターンをではなく、二つを率いて獣人街を守護する。それは、ニコが死んでも、リヴィオが死んでも同じ。必要なのは、どちらかがいるという点だけだ。

 とても、ニコは納得できなかった。


「縁起でもないことを言うな。僕は絶対に……」


「ニコ、約束せえ。じゃないと、わしは安心して戦えん」


 しかし、リヴィオの真摯な瞳に中てられれば、納得せざるを得なかった。

 ニコと同年代の子供がするには、余りにも大きな決意と覚悟だった。人の死を糧とした約束を、ましてや共に歩む希望が見えた相手からの言葉を、受け入れたくはなかった。

 だが、ニコはギャングだ。そしてボスだ。ならば、答えはもう決まっているのだ。


「……分かった。もしもどちらかが死んだなら、残った方が街を守る」


 涙を心の奥で堪えたニコの肩を、リヴィオが豪快にばん、と叩いた。


「その前に皆に袋叩きにされるかもしらんがな、がはは!」


「……言えてるね。その時は、そっちの方を甘んじて受け入れるさ」


 ようやく、ニコは笑った。リヴィオも大口を開けて笑い、酒を喉の奥に流し込んだ。

 そんな二人を照らす月をまた、獣人街の『鶏の歌亭』から眺める者がいた。


「いよいよ、明日だな」


 ハーミス達も、街に迫る聖伐隊との戦いを、人生に初めて迫る戦を想っていた。


「そんなに気負わなくても大丈夫よ。こっちにはあたしがいるんだから!」


「同感です。獣人達の味方には天才魔女がいますので」


「ルビーだって頑張るよ、ハーミスがくれた新しい力で、皆を守るんだ!」


 ただ、抱くのは絶望ではない。悲観でもない。心に秘めるのはただ一つ。


「そうだな――俺達は絶対に勝つ。そして街を、守り抜くんだ」


 勝利への意志、それだけだ。


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