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幕間

 大学時代に印象に残っている出来事がある。当時、地方から上京した奴らの家がたまり場になっていた。夢子の家もその一つで、よく五人で発泡酒の缶を空けまくっていた。

 その日、バイトの終わる時間が伸びて、夢子の家に一時間ほど遅れて参加することになった。ドアを開けて部屋の中に入ると、

「遅えよ、バカ野郎」

 いきなり罵声が飛んできた。

「おいおい。ちゃんと連絡しただろう」

「うっせえ。オメエが来ねえから武美の重大ニュースを聞けなかったんだよ。待たせやがって」

 コイツは微妙に理不尽なことを言ってないかい。ってあれ。

「朋代と迅助は?」

「それぞれダーリン・ハニーたちとデートだってさ。クソ、リア充めが」

「羨ましい限りだぜ、リア充が」

「お。気があうな」

「珍しく!」

 そういって拳をぶつけ合ってハイタッチして無駄にアホに盛り上がった後、

「で、ニュースってなんだ?」

「ああそうだった。何だ何だ?」

 武美はシラーっとした目つきをしつつ、

「えっと。私にも恋人ができました」

 そしてしばしの沈黙。俺と夢子はなんとか言葉を考え、

「めでてえな!」

「良かったじゃん。おめでとう!」

「……ふたりとも。私だって人間不信になるよ、そんな態度取られると」

 冷たい目で俺らを見つつボソっとつぶやいた。夢子はぬるくなった缶ビールを手に取り、

「まあまあ。時代は刻一刻と変わっていくのさ。明日は明日の風が吹くのだよ。未来を見ようぜ」

 分かるような分からないようなフォローをしつつ、主賓のコップに注いだ。

「そんじゃ、武美の春を祝して乾杯」

「「乾杯!」」

 武美は仕方ないなという表情で笑いつつ、グラスを差し出した。夢子は調子に乗って、

「で、うちの娘のハートを奪ったのはどこのどいつだ? お父さんに話しなさい」

 細かい情報をほじくり出した。

「えー、どうしようかなあ?」

 武美は明後日の方向に目を向けて、髪をくるくるといじりだした。その表情には満更でもない色が明らかに混ざっていた。

「ほれほれ。吐いたら楽になるぞ。カツ丼でも食べるか」

 夢子も気づいているようで、追及の手を緩めなかった。武美もそろそろという頃に、

「えっと。バイトの先輩。私たちと同じ大学だって」

「なーる。顔は? イケメンか? イケメンか?」

 直球やな。

「うーん。かっこいいとまでは言わないけど、ブサイクというにははばかられる感じ」

「つまりややイケメンか」

 普通っていう意味じゃないんだ。

「で、性格は?」

 もはや夢子のワンマンショーになっていたので、俺は静観していた。

「ちょっと肉食系」

 おお意外。武美は草食系がタイプだと思ったわ。

「やっぱな。武美は肉食系がタイプたと思ったわ」

 まじか。女心わかんええな。

「で、なんて告られたんだ?」

「えっとね。『お前、俺のこと好きだろ? 付き合っちゃいなよ』だって。一回も遊びに行ってないのに、びっくりしちゃった」

 えっと、そんな簡単に付き合うもんなの?

「さすがにオメエ早くね」

 これについては夢子と同意見みたいだ。

「さすがに私もちょっと考えちゃったなあ。でも、何事も経験かなと思ってOKしちゃった。人間いつ死ぬかわからないしね」

「お、おう。そんなもんか」

「そうそう。『生年百に満たざる』だよ。楽しまなきゃ損だよ」

 なんか授業で聞いた気がするな。そう言えば武美って漢詩が好きだったっけ。俺は流れで、

「それも昔の詩か?」

「イエス。『生年不満百』って詩なんだ」

 そう言って、諳んじ始めた。


 生年百に満たざるに

 常に千載の憂いを懐く

 昼は短くして夜の長きに苦しむ

 何ぞ燭を秉りて遊ばざる

 楽しみを為すは当に時に及ぶべし

 何ぞ能く来茲を待たん

 愚者は費を愛惜して

 但だ後世の嗤いと為るのみ

 仙人王子喬

 与に期を等しうすべきこと難し


 ふう、と息を整え、

「要するに『人生百年もないんだから楽しもうゼ! 金もバンバン使おうゼ!』って感じかな」

 最後はフランクにまとめた。そして、ちょうどいいタイミングで武美のケータイが鳴り出した。そこで、武美の顔がぱあっと華やいだ。

「ふたりともごめん。ちょっと電話出るね」

「彼氏からだ」

「彼氏からだ」

 友人の顔に朱がさした。冷やかしから逃れるように玄関近くまで歩き、俺たちに聞こえないように小さな声で話していた。それでも浮足立ったトーンは嫌でも耳に入った。

 にしても、後悔しない人生を送る、か。さっきの詩と武美の表情を見ていると、妙に心がささくれだった。ったく、なに楽しそうな声を出してるんだよ。男に興味なさそうな風を出してたのに。

 完全な八つ当たりだと自覚しつつも、心の中でつぶやかずにはいられなかった。憂さを晴らすように酒を書き込んだ。

「中、ちと遅かったな」

「あ?」

 夢子を見ると武美をイジってたときと同じ種類の笑みを浮かべおり、なんかイラッとさせた。

「なに。こんなのは縁だ」

「縁?」

「そうそう。なるようにしかならないってことだ。変なこと考えずに今までと同じ距離感を保ち続けろ」

 そして親指をグッと上げた。

「どういう意味だ?」

 同級生はニンマリと笑って、

「おしえなーい」

 と口にした。ムカつくなコイツ。そんなこんなでダベっていると、いつのまにか武美が戻ってきた。俺らは更にビールの缶を空けて、無駄話をしていた。お互い飽きたのか、その後は武美の彼氏の話は出なかった。

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