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田中天狼のシリアスな煩悶  作者: 朽縄咲良
第一章 田中天狼のシリアスな煩悶・再開編
7/45

春夏秋冬水のシリアスな水泳

 「「「おおう……」」」


 まずは、春夏秋冬(ひととせ)の泳ぎのレベルがどのくらいなのか確認しようと、自由遊泳ゾーンで彼女の泳ぎを見た俺達は、思わず嘆きの声をハモらせた。

 ぶっちゃけた話、それは"泳ぎ"と呼べるシロモノでは無かった……。

 例えるならば、両手足をバタつかせてのたうち回るバッタの様……。手の動きも、バタ足もてんでバラバラで、春夏秋冬(ひととせ)本人は一生懸命、真剣に水を搔こうとしているのだが、その努力も虚しく、体は無情にも底へ向かって沈んでいく一方――。

 終いには、プール監視員達が、彼女を要救護者と早とちりして、慌てて浮き輪を掴んでプールに飛び込んでしまう程だった。


「――って、感じなのぉ! 助けて、アンディ先輩!」


 春夏秋冬(ひととせ)は、ゴーグルの奥の瞳にうっすら涙を浮かべて、プールサイドで腕を組んで仁王立ちする矢的先輩に訴えた。


「…………お、おう! 任せとけい!」


 ワンテンポ遅れて、矢的先輩が頼もしげに胸を叩く。――ただ、彼の顔の笑みは、若干引き攣っている様な気がする……。


「じゃあ、オレが手本を見せてやろう! 良く見てるんだぞ、アクア!」


 そう叫ぶや否や、矢的先輩はプールサイドを蹴り、派手な水飛沫を上げて飛び込み――、


 ぴーっ!


「コラァ、そこの高校生ィッ! プールサイドから飛び込むんじゃねえッー!」


 ブーメランブリーフで筋肉ムッキムキのプール監視員に、しこたま怒鳴られた。


「あ、さーせん」


 矢的先輩は、監視員からの叱責も、まるでそよ風が吹いただけかの様に軽く受け流し、「見てろよ〜」と一声かけてから、水に潜り、プールの壁を勢いよく蹴った。


「――速っ!」


 俺は、思わず叫んだ。


10メートル程潜行した後に浮上した矢的先輩は、スムーズに腕を交互に動かしながら、ヌルヌルと水面を滑るように泳ぐ。

 自由遊泳ゾーンで泳いだり歩いたりしている人達は、魚雷の如き勢いで突っ込んでくる矢的先輩を前に、まるで人食い鮫に遭遇した海水浴客の様に、慌てて逃げ惑ってコースを空けた。

 『カッパの矢的』の自称は伊達ではないという事か……。つか、これでは寧ろ『ジョーズの矢的』の異名の方が相応しい……。

 彼は、あっという間に向こう側の壁に到達し、クルリと身体を回転させて、そのままスピードを衰えさせる事もなく、精確なストロークを維持して戻ってきた。

 壁にタッチし、立ち上がった矢的先輩は、ニカリと笑ってサムズアップ。


「な! カンタンだろ?」

「「……て、できるかァッ!」」


 俺と春夏秋冬(ひととせ)のツッコミが、キレイにハモる。


「――何だよぉ。こんなモン、見てりゃすぐに解るだろ? 見て憶えるのが一番だって――」

「見ても分かんないよ! というか、速すぎて、何やってるのか全然見えなかったよぉ……」


 春夏秋冬(ひととせ)は、眉を八の字にして項垂れた。


「……そうですよ。ちゃんと分かるように、細かく教えてあげないと……」


 俺は、そこまで言うと、矢的先輩に近付いて、小声で付け足す。


「……春夏秋冬(ひととせ)の、さっきの泳ぎを見たでしょう……?」

「……まあ、確かにそうだなぁ……」


 矢的先輩が、不承不承といった感じで頷き、首を傾げながら腕を回して、水の掻き方を確認している春夏秋冬(ひととせ)を手招きする。


「いいかー、アクア。クロールなんてのは簡単なもんだよ! キミには、特別に俺の秘伝を教えて進ぜよう」

「うんうん! お願いします、アンディ師匠!」


 春夏秋冬(ひととせ)は、矢的先輩の言葉に、目を輝かせて頷いてみせる。

 矢的先輩は、ひと呼吸おいて、厳かに口を開く。


「クロールはな……まず、身体をビョーンって伸ばして、足をブンブンやりながら、腕をグルグル交互に回して、それに合わせて頭をグイーッと上げるんだ! 要は、その繰り返しよぉッ! ちょーカンタン!」

「…………」

「…………あの、全然分かりません。アンディ師匠……」


 語彙力ぅッ! ――圧倒的語彙力迷子ッ……!


「ええ〜ッ? 分からんかなぁ、この感じ? こう、ぶわ〜っと振りかぶって、シュバァッって感じで、指の先から水の中に突っ込む感じで〜」

「……矢的くん。それじゃ擬音だらけで、何を伝えたいのか全然分からないわよ……」


 尚も続こうとする、矢的先輩の超宇宙的スイミングアドバイスをシャットアウトしたのは、撫子先輩の冷め切った声だった。

 ――後輩にはなかなかツッコめない所を、的確に指摘して頂き、ありがとうございます、撫子先輩!

 もちろん、容赦ないダメ出しを受けた矢的先輩が面白かろう筈もない。


「何だよ〜! なら、お前が教えてやれよ〜ッ!」


 頬を膨らませて拗ねる矢的先輩。……つか、幼稚園児か、オノレは!

 ……一方、撫子先輩は、矢的先輩の負け惜しみに、困った様な顔をした。


「……ごめんなさい。私も、クロールはそんなに得意じゃないの。だから、アクアちゃんに教えられるコツとかは……分からないわね……。あ、でも、『天真鬼倒流水泳術・麒麟舞遊』なら免許状を頂いてるから、伝授(・・)できるけど……」

「……キリンブユー?」


 春夏秋冬(ひととせ)は、聞き慣れない単語を耳にして、首を傾げる。……俺も同じだった。

 

「麒麟舞遊は、まるで空を翔けて遊び回る麒麟の様に見えることから名付けられた、天真鬼倒流に古来から伝わる水泳術よ」


 そう言うと、撫子先輩は、優しい微笑を浮かべた。


「――見てて。こんな感じよ」


 そう言うと彼女は、その『麒麟が天を翔けて遊び回る様』と讃えられる古式水泳術を披露した――が、


「「おうふ……」」


 ――その泳法は、『麒麟が天を翔けて遊び回る様』と言うよりは、『ビールをたらふく飲んだ猫が、足を踏み外して井戸に落ちた際の断末魔』と評した方が相応しいと思える、無ざ……もとい、個性的な泳ぎ方だった……。


 俺と春夏秋冬(ひととせ)は、引き攣った薄笑みを浮かべた顔を見合わせ、(コリャダメだ……)と、共に首を振るのだった……。

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